第43話 使い魔は見た
*一日遅れになってしまいました。すみません。
*細かな表現を訂正しました(24/7/21)。
◆◆◆
門を通り抜ける。
早朝なだけあって、生徒の姿はまばらだ。
ちらっと広場中央の時計が視界の隅にうつる。午前8時ちょっと前。
とりあえず、しばらくは門の近くにいることにしたようだ。
視界が固定される。酔いかけていたので、ありがたい。
馬車が入れるのは、学園の門の前までとされているから、門の前の広場で馬車から降りた生徒が、友人ないし知人の生徒を見つけて駆け寄る、なんて場面があちこちでみられる。
侯爵家や伯爵家の子女が登校するタイミングで人が多くなるのは、ちょっとおもしろい。私の場合、登校時間がぎりぎりすぎて人が多いんだと思っていたけど、あの集団のなかにも、出待ちの人もいたのかも。
ひときわ大きな波が来た。リボンを見る限り、1年生はちらほら、2年生と3年生が同じくらい。その中心にいるのは、よく見慣れた金髪。うっすら微笑みの無表情を一応は作っているが、不機嫌であることは遠目からでも分かる。いつものことなのか、挨拶する者は多いが、その隣を歩こうとする者は見当たらない。
弟よ、それで社交界、やっていけるのか……。
視界が揺れる。ああ、そうだ、本来の目的を忘れてはならない。
人の足の間を器用に通っていく。誰もこちらには気づかないようだ。もしかすると、この子、認識阻害的な魔法を使っているのかも(使い魔は一般的に主の魔法の一部を使える)。
足元とはいえ、かなり近づいたおかげで、生徒たちのひそひそ話を聞き取れるようになった。
「聞きました?昨日の茶話会でアンネヘルゼ様がお倒れになったとか」
「ええ、お身体が弱い、とは聞いてましたけど、本当に心配ですわね」
「ですけど、、昨日のアンネヘルゼ様の魔法、それはそれは素晴らしかったらしいですわよ。今年入学した従妹が、昨日、熱く語っておりましたの」
やはり、今日の人々の話題筆頭になれたようだ。わーい(棒)
ルーウェンの少し後ろを歩く3年生の侯爵令嬢の周りに、ひとつの集団ができつつある。
取り巻き女子5人のうち3人(確か、伯爵令嬢と子爵令嬢)は、主の顔色をちらちら見ながら、ぴーちくぱーちくさえずっている。
「そうなると、やはり、アンネヘルゼ様はどこにも嫁がれないのでしょうか?」
話が変な方向に行っているような気がしないでもないが、スノウは、この集団に狙いを定めたようだ。
「ですけど、ルーウェン様とあまり仲がよろしくない、とも聞きますし、どなたかの後妻に入られたりするのでは?」
「あー、大公様とか?年齢は少し離れておりますけど、」
その瞬間、場の空気が凍る。
輪の中心の侯爵令嬢、ルチアーナ・パミキュールから、憎悪の黒がぶわっと噴き出した。
あまり使いたくはないが、読むしかない。6人を対象にゆるく魔法を発動させる。
《どうして朝からルチアーナ様の地雷を踏むのよ!》
《誰よ、この子を連れて来たのは》
《はぁっ、めんどくさいことになりそー》
《……え、私、今、何かまずいことを言った??》
すみません、私もよくわかりません。
取り巻き3が、取り巻き5をぎろりと見る。
《もしかしてこの子、大公様の奥様がルチアーナ様の従姉君だったこと、知らないわけ?》
理解。あー、彼女もルイスと同じなのね。そういや、大公ルートに出てきたっけ、ルチアーナ。
パミキュール侯爵家は、新興侯爵家のひとつで、パーライト侯爵家から派生した一族だ。両家は血縁関係も深く、今のパミキュール侯爵家当主の奥方は、パーライト侯爵家当主の姉だったはず。
つまり、彼女とルイスは従姉弟であり、大公の亡くなられた妻は、彼女の従姉にあたる、ということ。
攻略本によると、ルイスは、良き理解者であり、大好きだった姉を放置し、ひとり死なせた大公のことをものすごく恨んでいるらしいのだが、どうやら、ルチアーナ様も同様の恨みを、大公に対してもっているようだ。
「……ルチアーナ様!申s」「ミリア」
失言をした少女が謝罪を口にする前に、ルチアーナが別の少女の名を呼んだ。
「おーけー。ルチア」《あとできっちり教育しておくわ》
ルチアーナ様のすぐ隣にいた背の高い少女が、軽く手を挙げる。他の3人からは恐怖の色が立ち上ったが、やらかした当の本人はまだ事態を呑み込めていないようだ。
「おはよう、ミリア!ルチアーナ様も、ごきげんよう」
赤色の刺しゅうが施されたリボンをつけた少女たちの集団に、金色刺しゅうのリボンをつけた少年が加わった。リボンの色(紺色系だが、若干色がちがう)は学年の色を、刺しゅうの色はクラスの色を示しているから、その少年が、3年Sクラスだということは、この学園の生徒なら、誰もがすぐに分かる。
顔もわりと整っているから、数人の少女たちの頬が赤味を帯びたのも納得だ。
「あら、フイ、今日は早いのね」
「まあね。みなさんも、おはよう」《今日も麗しのルチアーナ嬢はご機嫌ななめか》
「「「ごきげんよう、フィルディール様」」」
ルチアーナは、ちらっとフィルディールを見て、軽くうなづくと、また貴族の「スン」顔に戻った。
口に笑みを浮かべたまま、その様子をちらりと見るこの少年。エメラルドグリーンを思わせる美しい髪がさやさやと揺れている。Sクラスの数少ない先輩であるから、その名前はきちんと覚えている。フィルディール・ローゼル。ローゼル伯爵家次男。王太子の側近のひとりだ。
「ねえ、ルチア、そんな怖い顔したら、せっかくの美しい顔が台無しだよ?」
「ほっといて」
フィルディールは当然のように、ルチアーナの隣に並んだ。ローゼル伯爵家は、旧四大侯爵家のひとつだし、Sクラス相当の実力者を多く輩出する名家だからこそ、侯爵令嬢に対してもこの態度がとれるのだろう。
ミリアことミリアーナ・ドリアル伯爵令嬢は、確かフィルディールの婚約者のはずだが、何も言わず、すっと半歩下がった。
イケメン(もちろん攻略対象者のひとり)に朝から特別扱いされ、まんざらでもないお顔のルチアーナさん。いいのかい?婚約者、横にいますけど??
「昨日の、茶話会、大変だったらしいねー?」
「先ほど、わたくしたちもその話をしていたんです!」
「へぇー」
取り巻き5が後ろから、会話に入る。
「君、見ない顔だね。Aに入ったばっかの子?」
「は、はい!ハニリアと申します!」
「ふーん」
取り巻き2~4がひやひや、ハラハラしているのに、まだ新米の少女は気づいていない。ルチアーナとミリアーナは無言。クラスの一軍集団に迷い込んでしまった二軍女子という感じか。イヤな雰囲気である。
「ミリア」
「……はいはい。ちょっと用事思い出したから、先行くね」
ひとりだけ、だるーって感じの雰囲気を隠しもせず、ミリアーナが取り巻き2~4とアイコンタクトをとる。取り巻き2~4はコクコクとうなずくと、取り巻き5を両脇から挟み、離脱した。
「で、ルチア」
「何?」
「どこまで知ってるの?」
「?」
ようやくルチアーナがフィルディールの顔を見る。
その距離感、あんたらが婚約者みたいだわ。
「……アンネヘルゼ様がお倒れになったって話なら聞いているわ」
「それ以上は?」
「……知らないわ」
「あれ、フリーダと君って仲良くなかったっけ?」
「何、厭味?」
「じょーだん、じょーだん」
きっとフィルディールを睨みつけるルチアーナ。1学年Sクラスのフリーダ嬢と、どんな因縁があるのかは知らんけど、目がこわい。
「……飾りの風船が割れた、それに何か入っていて、アンネヘルゼ様が火を付けた」
「知ってるじゃん」
「その火がSクラスのテーブルに落ちかけてあわや大惨事になりそうだったらしいわね」
「誰情報?」
「いとこ」
「ふーん」
「……アンネヘルゼ様が第二王子の婚約者をねらっているって本当なの?」
嘘です。デマです。
「かわいいなー、そんな噂話信じてたの?ローゼリア様(王太子殿下の婚約者)の妹だよ?あの子」
「わかってるわよ。だから、知らないって言ったの!」
ルチアーナに対する評価が、私の中で急激に上昇した。うわさ好きの貴族子女あるあるとはちがう、ちゃんと自分の頭で考えてから喋るタイプのようだ。
「はいはい、よしよし」
「……やめなさい。また、私がミリアの婚約者をとろうとしてるとか言われちゃうじゃない!」
「ごめんごめん」
おおー。ルチアーナ様、良識ある。そんでもって、フィルディール様、クズ男っぽい!
「……で?」
「ん?なーに?ルチアーナ様?」
「あなたは何を知ってるわけ?」
「えー?」《ほんっと、かしこいのに、ばかだよなー、ルチアって》
クズ男っぽい、じゃなくって、クズ男だな。
「そうだなー、ほんとかどうかは知らないけどー」
クズ男、わざわざレディ・ルチアーナの耳に顔を近づける。周囲を歩く生徒にざわめきが広がる。
「ハンナさんらしいよ?」
「……何が?」
「あの風船を用意したのは」
「……?」
「あの風船の中に何が入ってたかって知ってる?」
「……いいえ」
「皇国がアヌアーレ進攻で使った植物兵器だって」
「……なんでそんなものが?」
「さあねー。でも、今のとこ、第二王子の婚約者候補の筆頭ってハンナちゃんでしょ?」
「……例の3人から選ばれるものだと思っていたわ」
「あれー、でもでもー、ハンナちゃん、君の妹になるかもしれないんでしょ?」
3学年の教室は、もう少し。しかし、この一言でルチアーナの足が完全に止まった。
頭ひとつ分くらいの身長差があるものの、まっすぐ見上げたその瞳にはきっと怒りの炎がともっているのだろう。
「聞いたよ?君が今年中にSクラスに上がれなさそうだったら、ハンナちゃんを君の家の養子に迎えるって」
「誰から?」
「君の母親から」
「……どうして」
「だから、君の家庭教師をしてほしいって頼まれたんだけど。あれ?僕に、知られたくなかった?」
「……」
何も答えず、また、ルチアーナは歩き始める。
「そしたらさー、わりとハンナちゃん、圧勝じゃない?それでもやっぱり、純Sの生まれながらの侯爵令嬢たちには、引け目とかあったのかなー?それで、こーゆーことするしかないって考えちゃったのかもー、なーんて?」
「……親切に教えてくれて、ドウモアリガトウ」
「いえいえー。将来、君の妹になるかもしれない子でしょ?僕も王太子の側近の末席として、第二王子の婚約者とは仲良くしたいからさ」
「……どういう意味?」
「別に?」
にっこりと笑うフィルディール。ルチアーナの綺麗な爪が、彼女の掌にどんどん食い込んでいる。
「でもさ、未来のお姉さんとして、ちょっと教育したほうがいいんじゃない?」
「……」
「じゃーねっ、ルチア。家庭教師の件は、また連絡するよ」
そうして、クズ男は颯爽と去っていった。
《ハンナ・バルモア……。あんたなんかに、絶対、負けない》
残されたルチアーナ嬢からは、憎悪・怒り・嫉妬が織り交じった感情が立ち上っていた。
◆◆◆
……スノウ、有能すぎ。
ちょうど朝食(液体)を飲み終わり、(汚い場面が終わって)休憩していると、スノウが誇らしげな顔して戻って来た。
それで、早速”スノウが見たもの”を見たところ、これだけ役立ちそうな情報を持って帰ってきてくれたもんだから、びっくりである。それも、私がてきとーに出した、1学年の教室で噂を集めてくる、ってのに対して、門前から、それっぽい話をしそうな集団を追跡して、きちんとお目当ての噂と、きな臭い会話を収穫してきたんだから。
……いや、ほんとうに、天才じゃない?
ただ、噂がどこまで回っているかは未知数だ。そこら辺は、友人たちに聴いた方が早いのかもしれない。とにかく、次の休み時間も、この子を自由に歩かせて、今日中に方針を決めよう。
昨年の誕生日に新機能「書き込み」を追加してもらった指輪に、手をかざす。攻略本をめくり、「野心家黒幕」フィルディール・ロゼールのページを開く。
ふむ。ここは、端的に書いておこう。『要注意・クズ男』、と。
お読みくださりありがとうございました。




