第42話 猫派ですが、白猫はお断りです
*タイトル追加+数か所、表現を訂正しました(24/7/14)。
「うううううう、まずいいいいいいい」
「お嬢様、いちいち叫んでも飲まないことには減りませんよ?」
眼の前には、大きなグラスが一杯。なみなみと注がれた紫色の液体は、見るからにおどろおどろしい。
魔力枯渇で倒れた場合、多くの医者は、寝てれば治る、とだけ言って治療を終える。回復薬はあるものの、それらはめちゃくちゃ希少らしく、正規品は国がすべて管理していて、貴族でさえ、気軽には入手できないのだ。
だが、魔力の自然回復スピードは、全体量に比例するのではなく、絶対値だとされている。例えば、魔力量がフルで100のひとでも500のひとでも、一日の回復量は同じ10。つまり、私のようにある程度魔力量が多いと、ある程度いつも通り魔力を使える状態にまで戻すには時間が多くかかる。
特に、今までルーの魔力を借りて、さも火魔法が得意魔法です、って顔で授業に臨んでいた私としては、いつもどおりの成績をとるために、8割くらいは回復させる必要がある。というのも、昨日、ペナルティとして、例の補助具を師匠に一時禁止されてしまったのだ。かといって、10日間以上も休むとなると、いろいろと支障がある。
ということで、泣きついた私に師匠が送りつけてきた回復アイテムが、この怪しげな液体だ。昔は、なんだかもっと見た目も綺麗な液体をもらった気がするんだけど。……うん、これもペナルティの一環なんだろうね。
コレを一日3回、特製のメガグラス1杯分飲み続ければ3日で回復する……らしい。ただ、ほんっとうに
味がまずい、まじ、まずい。私の語彙力じゃ表現しがたい味。そのうえ、臭いもやばい。生乾きの臭いに汗と加齢臭が混じったような感じ?そんでもって、飲むと嘔吐と下痢が……。いや、これ以上は語るまい。
昨日、ルーウェンがお迎えに来てくれた後、部屋に帰ってまず1杯。いろいろと苦しみ、ようやくおさまったと思えば朝。そうして、今、二杯目と格闘中。これがあと、7回続くんでしょ?死なない?ほんとに大丈夫?
ちらりとシャネルを見る。笑顔で首を振られる。ええ、ええ、飲みます、飲みますよ……。
昨夜、部屋に帰ると、鬼がいた。いや、シャネルさんのことなんですけどね。
魔力枯渇で倒れたと伺いましたが?お嬢様は聡明かつ博識でいらっしゃるのに、魔力枯渇の身体への影響をご存知ないんですか?いえ、私のような単なる従者がお嬢様たちに何を申し上げても、きっと意味はないのでしょうね?云々。
……師匠が何か良くない伝え方をしたんだろう。でも、魔力枯渇での死亡事故が、今でも年に2、3件あるのは事実だし(魔法を使うのに必要な魔力量を100とするリアス基準によると、50を下回ると意識を失って眠りにつき、30を下回ると後遺症の危険が高まり、10を下回ると脳が死に、0を下回ると死亡する、とされている。)。私を心配して怒ってくれている相手に、大げさだ、なんて言えない。
おかげさまで、魔力の供給源たるルーウェンは、しばらく我が部屋出禁になりそうです。(ルーウェン様は、ご自身で供給を止めることはできたはずですよね?なのに、お嬢様が倒れるまで使うのをただただ黙認されたと?あの方の、お嬢様を労わる姿勢はそんなに薄っぺらいものだったのですね。byシャネル)
はぁ……。とりあえず、飲むか……。うぐっ。
◆◆◆
さて、汚い場面は、省略いたしまして。
どうにかひと段落したので、机に向かう。
はぁ、本当にどうしよう。私が解決しなきゃ、ラウル兄さま、ほぼ虐待を受け続ける状態ってことでしょ?あのとき、できないって言わなかった私も悪いし……。
あ、もちろん、今日は学校、お休みしてます。こんな状態では登校できないので。
「にゃーおん」
「ん?おー、よしよし」
机に飛びのってきたかわいい影。反射的になでてしまうのは仕方ない。だって、かわいんだもの!
金の瞳にふわふわなグレーの毛、かわいさ限界突破、お猫さまである。
《まーだ?まーだ?》
ただし、普通のお猫さまではない。
昨夜、ようやく吐き気がおさまって、ようやくひと眠りつけそうになったとき、鈴の音とともに、窓を「開けて」入って来たこの子、名を「スノウ」という。……いかにも白猫に似合いそうな名前だが。
登場早々、二本足で立ち、口で咥えていた手紙を差し出してきたものだから、最初は、あ、これ、夢かって思った。猫の○返しでこういう場面なかったっけ?
でもね、あらこわい、現実でしたー。いや、本人(本猫?)はめっちゃかわいいんですけどねー。
《すーちゃん、やること、なーい?すーちゃん、できる子、すーちゃん、すごい子》
ご覧のとおり、喋るんですよね。いや、喋ってはないんだけど、心の声で会話できちゃうんです。
私、人間以外の心の声、聞こえたことないんで、正直、この子、人間なんじゃね?ってか、師匠がばけてるだけなんじゃね?って今もちょっと疑ってます。はい。でも、師匠が、これは僕のつくった使い魔だっておっしゃるもんだから(あと、確かに、人の感情の色みたいなものは全く見えないから)、今のところは、使い魔だ、ということにしておきます。
師匠曰く、スノウはまだ見習い期間中だから仕事の質は保証しない、ただ、指示したらできる限りのことはしてくれる、この子が見たもの、聞いたものは、見せて、といえば見せてくれる、らしい。試しにやってみたら、師匠がこの子に話しかける映像(私が見ることを見越して、この子の取説を話していた)を確かに見れた。理屈はよくわからん。
《ねーねー、すーちゃん、何するー?》
きらきらした目でこちらを見ながら、すりついてくる姿。かわいすぎかっ。
「んー、そうねー」
《なーに!なーにっ!》
なでなでしながら考える。そうだなー、んーっと。
そういえば、師匠の取説によると、この子の目と記憶を通じて、いつもの私の魔法(心と感情を読む)を使うこともできるらしい。それならば……。
ちらり。うっ!きゃわっ。
こんなかわいい子をひとりで歩かせるのは不安だけども、やる気は溢れてるみたいだし。……うん、任せてみるか!
「スノウ」
「にゃーっ!」《すーちゃん!》
「あ、うん、スーちゃん」
「にゃっ!」《はい!》
「お願い、してもいい?」
「にゃん!」《もちろん!》
「危険なことはしちゃだめよ?」
「にゃっ!」
あー、いちいちかわいい。世の中の人間、みーんな猫になればいいのに。……じゃなくて
「1年生の教室を中心に、初等部の教室を回って、昨日の事件についての噂話を集めてきてほしいんだけど……できる?」
説明が大変難しい。そもそもスーちゃんの知能レベルもなぞ。
「にゃにゃっ!」《任せてっ!》
二足立ちして、敬礼ポーズをするにゃんこ。尊い。
思わず拍手をしてしまう。
「あ、でも、校内でその立ち方だめだからね。ふつうの猫のふりをちゃんとするのよ?」
「にゃ?」
待てよ。この子、普通の猫がどういうものか、知ってる?
「にゃーにゃっ」《じゃ、行ってきまーす!》
「あ、スーちゃん、ちょっと」
とんとんとん。
「お嬢様、そろそろお薬の時間です」
スノウにいったん待つよう告げる前に、扉が開く。その隙間をスノウがするりと抜けていく。
「スーちゃん!」
「お嬢様」《逃がしませんよ?》
「ひぇっ」
紫のどろどろ液体とメガグラスを乗せたワゴンを中に入れると、シャネルは後ろ手でドアを閉めた。
どうやら、また地獄タイムがスタートするようだ。
スーちゃん、健闘を、祈る……。私は、シャネルに強張った笑みを向けた。
お読みくださりありがとうございました。




