第35話 早すぎる、全員集合
「目が、覚めたら、連絡するよう、言われています。連絡しても?」
ヨハネス先生は、何やら自作の栄養ドリンク(青汁のような色をしている)を作って戻ってくると、また、おそるおそる話しかけてきた。
連絡したら、誰かが迎えに来てくれる、ということだろう。だが、人によっては心より辞退申し上げる。
ひとまず、透明なコップになみなみと注がれた液体を一口飲んでみる。見た目と異なり、まさかの無味無臭である。だが、なぜか体がぽかぽかしてくる。不思議!……じゃなくて
「誰からでしょうか?」
「いっぱい、います」
ゆっくり何やら手紙の束を見ながらヨハネス先生が答える。
フラム、フラメ、シャルネは、まだわかる。ここまで目覚めないとは彼らも予想してなかっただろうが。
お姉様とルーウェンは予想通り。まあ、ルーウェンには帰宅後に連絡しよう。構内で待っててくれていそうだけど、ごめん。お姉様に連絡したら、誰か(おそらくユーリ)をお迎え要員として送ってくれそう。
カイル先生には、既に報告したとのこと。それは仕方ない。というか、むしろ感謝。
そんでもって……ラウル兄さま。……なんで私が医務室に行ったこと知ってるんだ。……おそらくハンナだな。彼に関しては、下手に手紙を送るわけにも行かないので、……ごめんなさい。
てなわけで、ひとまず今はお姉様にだけ自分で手紙を書き、既に待機していた郵便屋さんに預ける。
誰かが鞄も持ってきてくれていたようだし、寝不足とメンタル的な不調だけなので、ひとりで十分帰れる。というか、正直、今はひとりにしてほしい。
気持ちのいい夢と充分な睡眠と、ヨハネス先生の謎の栄養ドリンクのおかげで、朝のパニックはもう治まっている。覗き込んだら落っこちそうな、深い暗い不安はまだあるけれど、そこから一歩離れて客観視する余裕がでてきた気もする。
君子危うきに近寄らず。ルーウェンにせよ、ラウル兄さまにせよ、彼らは将来、ヒロインが幸せにしてくれるはず。いや、ストーリーは操作できないけれどさ、ほら、二人とも攻略対象者のなかでビジュアルも身分もトップレベルだし、ヒロインちゃんもきっと二人を好きになるはず!頼んだ、将来の義妹(弟の嫁)よ!
そもそもさー、なんでもかんでも男女の関係性を恋愛面でしか捉えられないのってよくないよね。……いやまてよ、むしろさっさと私に婚約者をつけてもらえば、お父様やお姉様の心配事もなくなって、二人とも純粋に家族として接することができるようにならないかね?二人きりってのは無理だけど、従兄とか弟とかっていえば、婚約者的にもある程度仲良くするのは許してくれそうだし!
「……あの」
おっと、またもや前に人がいるのに、思索に耽ってしまった。
青汁見つめている格好になっちゃったけど、別に先生がなんか変なもの飲ませてんじゃないか、的なこと思ってたわけではないんで!
「カイル先生、が、今日は、このまま、帰って、いいって」
先生同士では、手紙以外の連絡手段があるのだろうか。私が起きてからまだ5分もたってないのに。
ちらっとヨハネス先生に目を向けると、さっきよりも怯える色合いが強まっている。なんでだ、私が無言だったからか?
「それと、お客、様……」
「え?」
「起きてすぐのところ、ごめんね?」
成人男性にしては小柄なヨハネス先生の後ろから、既にほぼ同じ身長のキラキラ王子がひょこっと顔を出す。申し訳なさそうな顔をしつつ、身支度を整える時間さえくれないらしい。さすが、見た目は完璧、中身は腹黒、人間不信大魔王様。
《ルーウェン様が向かっている。あと10秒で着く》
後ろをさっとスファンの気配が通り過ぎた。やはりいたか、スファン。
……じゃなくて、待って、ルーウェンまで来るの?
え、10秒?もうどうしようもないじゃん。
「アン姉様!」
誰だよ、ルーウェンに伝えたやつ!
「あれ、伝えてなかったの?」
おめえかぁあああ。
「そうだ。これ、カイル先生から。早退届を一応書いてほしいって」
「……ありがとうございます」
まだ肩で息をしているルーウェンのことを気にすることなく、リファリオ殿下が書類を取り出した。
「ふふっ、今年もまだ敬語なの?」
「えっと」
「アンネが敬語のままだったら、ルーもずーっと敬語を使う気がするんだよね」
そうだった。あんまり去年も話してないから忘れてたけど、私、この人にアンネ呼びOKしたんだった。
「いえっ、姉は関係ないですし、姉は誰にでも敬語なので、逆に敬語ではないと不自然と言いますか」
「うーん、でも双子君たちには敬語使ってないよね?」
「彼らは従兄なので」
おいおい、なんでそこで変なこと言い始めんだよ、ルーウェン。あなたが敬語をやめれば一瞬で終わる話でしょ。これ以上お姉ちゃんまで巻き込まないでー。それにみなさん、ここ、医務室ですから。私、一応病人?ですから、用事が終わった人から早く帰ってくださーい。
「そういえば、会長も君たちの従兄なんだってね?」
「……そうですけど」
「じゃあ、アンネも生徒会に入らない?」
「「は?」」
ルーウェンとかぶった。
「あ、の、……」
後ろから、めちゃくちゃ控え目な声でヨハネス先生が声を出す。
「……なんでしょうか?」
ほんの一瞬リファリオ王子の顔が能面のようになった、気がした。
……そうだ、確か、このメインヒーローともいえる王子の乙女ゲーム的悲しき過去には、ヨハネス先生が大きくかかわってるんだった。そっか、だから、さっき先生の恐怖の色が強まったのか?いや、でも、……
「その、……ほかに、寝ている生徒、が、います、ので」
「それは失礼いたしました。じゃあ、アンネ、ちょっと場所を変えていい?」
細かい事情は分からないが、これ以上彼らを同じ空間に置くのは危険だ(ヨハネス先生の手が震えているのが見てわかる)。
とはいえ、王子の呼び出しに応じるのも、いろいろと問題があるような……。
《行けばいい》
今日のスファンはおしゃべりだ。でもさ、報告しなかったら、あなたが呪いに苦しめられるんじゃないの?
《王子の呼び出しに応じるのは、臣下として当然の行為だ》
そりゃそうか。さすがっす、王家の守り人。
《それに、この件は報告する》
さいですか。まあ、ならばいっか。それなら、きっと、またすぐにお姉様が手紙やらなんやらで呼び出してくれそう。
「承知いたしました」
無駄かもしれないが手櫛でさっと髪を整える。
「姉様!」
しっ。今、大きな声出すなってヨハネス先生に言われたところでしょうが。
「ったく、うっせーなー」
向かいの濃緑のカーテンが揺れる。衣擦れの音。
そこそこ広い円形の医務室には、等間隔で三台のベッドが置かれていて、それぞれが天蓋ベッドのような形をしている。つまり、プライバシーは一応確保されているわけなんだけど、今、私のとこのカーテンの一面は開かれているし、ちょっと騒がしかったのも事実だ。
と納得したのも一瞬。
「え゛?」「これは失礼いたしました。」
思わず出た驚きの声は、リファリオ王子の声と重なって、当人には届かなかったはず。
《なんで、ここに》
長身に黒めの肌、切れ長の緑の目と濃い青の髪をした少年は、片手で髪をかきあげつつ、けだるげな表情でこっちを軽く睨んでいる。
初等部の制服をこんなにも気崩せるのか(上半身の露出度が、もはや淑女は見ちゃダメなレベルである)、という驚きもあるが、それよりなにより、その中身が問題だ。
《まじか》
ここにハンナがいなくてよかった。もしいたならば、彼女のことだ、気にせず叫んでいたことだろう。
なんてったって、正規攻略対象者5人が、物語開始2年前にして一堂に会してしまったのだから。
お読みくださりありがとうございます。




