第34話 黒の忍者のち白衣の天使
*前話で、カイル先生をカール先生と誤記していた部分を修正しました(24/5/11)。
*タイトルを変更しました(24/5/18)。
*表現を修正しました(24/5/19)。
「……」
「……えっと、ありがとう」
すっと、差し出されたカードには、お姉様の字体。初日の見学は、件の朱雀倶楽部なるものに来るように、とのこと。
イエッサー、お姉様。
軽くうなずくと、カードが消える。黒いオーラの魔法の跡が見えた。
魔法の理屈はよくわからないが、王家の守り人たる黒の一族にしか使えない、特殊な闇魔法的何かを使ったんだろう。ちょっと興味はあるが、一応お手洗いの名目で出てきているので、そろそろ帰らねば。
ま、その魔法って何?どういう原理?って聞いたところで、答えてくれないだろうけど。
「……ひとつ」
話は済んだのかと思いきや、スファンが口を開いた。
「ご忠告を」
口がほとんど動いていないのに、落ち着いた温度のない低い声がはっきり耳に届く。
「学園に通い続けたいのであれば、ラウル・ファリオットにこれ以上近づくな」
「……それは」
お姉様からの忠告か。
「昨日と今日のことは報告していない」
今日?……ああ、朝のことか。
「人間らしく生きたいのであれば、公爵との約束を守れ」
……大変物騒な忠告である。それに、気になるのは……。
「さもなければ、あなたのようになるということ?」
「……忠告は、した」
否定も肯定もしない。それが答えだろう。
心臓がばくばくと音を立てる。
朝の甘さも、さっきの恥ずかしさも、一瞬で冷えた。
忠告している間、彼の手と背、胸あたりに、見たことのある魔法の気配があらわれた。
あれは、縛りだ。主人の意に反する行動をしたとき、被術者を苦しめる呪い付きの。
苦しむそぶりは全く見せなかったが、あの黒い装束の下で、何かが刻まれるのが見えた。
……というか、1年前もそうだったが、私、もしかしてずっと監視されてる?
それで、ラウル兄さまやルーウェンと親密になれば、私にもあの縛りがかけられる?
「おい、そろそろ授業始まるぞ……どうした?」
どのくらいその場で停止していたのかは分からない。
だけど、カイル先生が来たということは、10分近くもここにいたのか。
「……すみません、すぐ入ります」
「いや、保健室に行け」
「いえ、大丈夫です」
じろり。《そんな真っ青な顔して、何が大丈夫なんだ》
心を読まなくても、読める。
答えることなく、カイル先生は教室の扉を開く。あわてて、入り口に向かう。
「おい、日直」
「はい」
「アンネヘルゼを医務室に連れて行け」
いや、だから私はだいじょうぶ……はい。
カイル先生のひと睨みをみて、ここは素直に従うこととする。確かに今、授業を受けても頭になんも入ってこない気がするし。
「でしたら僕が」
「日直」
「はい」
ルーウェンの声、カイル先生の声の後、短く返事をしたイェンスが近づいてくる気配がする。
カイル先生が邪魔で教室の中はまったく見えないが。
カイル先生がどいて、イェンスがあらわれる。大変申し訳ない。
「では、行きましょうか」
何も事情を聞くことなく、いつもの柔和な笑みを浮かべながら、すっと手を差し出される。
聖職者だけあって、心がいつも凪いでいる彼にエスコートしてもらえるのは大変ありがたい。
だけど、ちょっと手まで出されると恥ずかしい。行先は医務室なので。
ということで、手は固辞する。完全なるマナー違反だが。これ以上、変に自分の心臓を刺激したくないので許してほしい。
「ふふっ。わかりました」
こういう押しつけがましくないところも素敵だ。13歳とは思えない大人な対応である。
「少しだけ魔法を使わせてください」
「え」
止める間もなく人差し指が軽く振られ、意識が飛んだ。
◆◆◆
ふわっと目が覚める。真っ白な天井が目に入る。
「気がつかれ、ましたか?」
なんだかすごく幸せな夢を見ていた気がする。
してやられたり。イェンスのキャッチフレーズは、「あなたと幸せな夢を見たい」。得意魔法は、眠り魔法と幻覚魔法に分類される夢の創造魔法(かっこいい名前があったはずだが、忘れた)。
とはいえ、おかげさまで心がだいぶ落ち着きを取り戻せている。こういう使い方をしてもらえるならば、幸せに生きる上で、最高のパートナーになりそう。
「睡眠不足とストレス、のよう、ですね」
ささやくような、ふわふわとした声に視線を右にずらす。
医務室に来たのは初めてだが、攻略本知識でその声の主の正体は分かっている。ストレスなくすっと耳に入るやわらかな声は、イェンスとどこか似ていて、さすが兄弟、という感じだ。
「……今、何時でしょうか?」
「14時半、です」
「!」
思わず、がばっと起き上がる。確かに睡眠不足だったけど、私、6時間近くも寝てたの??うわぁ、お姉様との約束の時間が。
「急に、動かないで」
怯えた声。そうだ、彼は。
「ローゼリア・リヴァルウェンとの、約束を、気にしているの、でしたら、今日は、十分、休むように、と先程、この、手紙が」
その手には、薔薇のかおりのするカード。お姉様が郵便屋さん(例の妖精さん)を使って出したのだろう。そりゃそうか、スファンがずっと私のことを見ているなら、当然私が保健室に行ったことも伝わっているはず。
「驚かせてしまい、すみませんでした。先生」
「……いえ、こちらこそ、弟が、手荒な、真似を、した、ようで、申し訳、ない」
言葉は途切れ途切れだし、ずっと真顔のままだが、その声はすっと耳に入るのだから不思議だ。
医務室の先生にして、高等部で薬学の授業を担当している教師、正規の攻略対象者5人の一人、ヨハネス・マリオット。まさかの、このタイミングでの初対面である。
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