第32話 人は動揺すると時として思いもよらぬ行動をとるものである
「おはようございます、アン姉様」
「お、おはよう」
今日は珍しくルーウェンと一緒の登校だ。私はいつもは始業8時半の5分前くらいに教室に着くが、彼は、8時過ぎに着くようにしているらしい。そんな早く行ってもやることなくない?って聞いたら、図書館に寄ってから、王子殿下が登校される前に教室に入るには、その時間がベストらしい。
が、今日は一緒に登校中。それも、高速馬車(5分で着く。ただし、私は酔う)ではなく、低速馬車(18分かかる。快適さを重視しているから、私でも酔わない。)で、だ。
なお、現在の時刻は7時50分。いつもの私であれば、身支度途中の時間である(なお、私の起床は、7時半)。
なぜ、わざわざ今日は仲良く登校しているのか、と言いますと……。
「よく眠れなかったのですか?」
「ん?あー、いや?大丈夫よ」
嘘である。昨日はあれからちょっといろいろと興奮してもだえていたため、4時間くらいしか寝ていない。ただ、若さってすごい。いつもの半分しか寝てなくても、目の下にクマとかできないんだわ。
玄関に止められた馬車まで、お互い無言である。見た目には出なくても、やっぱり眠い。
「……では、時間もないので、さっそく本題に移っても?」
「……はい」
ルーウェンの目が、気持ちじっとりしているので、自然と背筋を伸ばしてしまう。
さあ、こい!
「昨日、ハンナさんとラウンジで話されたとか?」
「はい」
「生徒会の勧誘を受けられたんですよね?」
「……はい」
「受けたんですか?」
「え?」
時間がないから、ラウル兄さまと二人きりで話したことをただただ責められるのかと思ったのだが?
ん?いや、今からその話が始まるのか?
「……受けたんですか」
「いやいやいや、受けてない、受けてないです!」
じっとルーウェンがこっちを見つめてくる。
ここに関しては隠さなきゃならないことはないはず。うっす、その視線、受けて立つ!
昨日、ラウル兄さまが去った後、ラウンジで待っていてくれたらしいハンナがもう一度登場した。そんで、「で、結局、どうする?受けてくれるん?まあ、受けてくれへんよな?じゃ、うちが先走ったって弟君には説明したって。まあ、弟君が断ったら、また勧誘しに来るわ!ってことで、お疲れ!また明日!」と一方的にしゃべった挙句、お帰りになられました。
昨夜、ルーウェンから、「今日の放課後の件で聞きたいことがあります。明日、7時50分に迎えに行きます。」って来たときにゃあ、あー、終わった(白目)と思いましたが。
……そうか、ハンナがうまく立ち回ってくれたのか。そうだよね、スペシャル・ラウンジは、誰が使ってるかって情報、非公開のはずだし。来客同士がすれ違わないよう、細心の注意が払われているって聞いた気がするから、誰かが話していなければ、これ、いけるわ!
ぷいっと、先にルーウェンが視線を外す。よし、勝った。
「じゃあ、質問を変えます」
「はーい?」
「私が断れば、生徒会に入るんですか?」
「ん?」
いや、当然君が書記として入るんでしょ?王子殿下、きっと副会長を引き受けているんだろうし。
そもそも本来、春休み中に生徒会メンバーの引継ぎがあるもんだと思ってたんだけど。
「新しい会長と、元から知り合いだったんですよね?」
そのまま視線をずらしたまま、さも何も気にしてませんよ、みたいな雰囲気でルーウェンは言葉を継いだ。
「イヤ、入学シタトキガ、初対面ダヨ」
「嘘だ」
おっと、珍しい。タメ口ルーウェン。
「初対面で、あんな目で見つめてくるなら、異常者です」
ふと、初対面を思い出す。うん、ラウル兄さま、一回ルーウェンが間に入ってからは、きらきらモードだったと思うんだけど、その前に私に抱きついてるもんね。確かに、単に従兄妹ってだけでその態度だと、やべえやつよね。お互い四大貴族直系としての教育を受けているわけだし。
「それに、アン姉様だって!」
「ん?」
「いつも、……あの人のこと、見てる」
「……そんなこと」
「アン姉様にとって、僕は、なんなんですか?」
視界の隅で、ルーウェンの手が握りこまれているのが見える。
不思議だな。血は繋がってないのに、なぜか我慢するときの癖が私たちは同じだ。
「ルー」
馬車の窓の景色的に、もうすぐ学園に着いてしまう。でも、この状態のまま弟を放っておいたら、きっと事態はもっと悪くなる。
「ルーは、私にとってたった一人の弟、大切な家族よ」
昨日のラウル兄さまが私にしてくれたように、そっと手を伸ばし、彼の手を包み込む。
ルーウェンが私に向けている感情は、少なくとも今は恋愛的なものじゃない。でも、普通の家族に向ける愛情としては、ちょっと後ろ向きで、ちょっと歪んでいる。
これを放置すべきなのか、あるいは距離をとるべきなのか。「攻略本」は何も教えてくれない。
「家族はね、ずーっとずっと一緒なの。だから、ルーが私と、もう一緒にいたくないって思うようになるまでは」
「そんなこと、一生、思わない」
「ふふっ。なら、ずーっと、一緒」
包み込んだ手が、小さく震えている。
ルーウェンが、実の家族を失ったとき、何があったのか。それにお姉様が、あるいは我が家がどう関係しているのか、私は今も何も知らない。
それでも、声も出さずに涙を流した8歳の彼を、弟として大切にしたいと思った4年半前から、この子は、大切な、可愛くて、優秀で、紳士な、自慢の家族だから。
「あら?泣いてもいいのよ?」
ちょっと冗談めかして、うつむいてしまった弟の顔を下からのぞき込む。
ばっちり目があった。おっと、いけねえ、いくら毎日見てきた家族でも、こやつも攻略対象。イケメン様だった。
「……泣きません」
ちょっと、照れたように赤くなりながら、どこか拗ねたような声で、ルーウェンが答える。
「……ずっと、一緒。約束、ですからね」
「うん、約束!」
素晴らしいタイムマネージメントである。限られた時間で、あの雰囲気から、なんとかここまで……。
キーッ!!
「「!」」
デジャヴである。めちゃくちゃデジャヴである。
いや、デジャヴじゃなくて、昨日実際に起きたことの焼き直し?焼き増し?
「ごめーん!大丈夫ー??」
馬車引きの妖精さん(正確には、馬車を魔法で操る妖精さん)が、外から声をかけてくれるが、こちら両名現在声を出せません。
は、鼻と、鼻が……!いや、えっと、キスしたわけじゃないけど、えっと!
「もーう、いきなり目の前に飛び出てきたら、危ないでしょー!」
外で妖精さんが、誰か?何か?に話しかけている。今のうちに再起動せねば。
おい、弟よ、赤くなるな、こっちまで赤くなるだろうが!
「ごーめんねー、見習い妖精がー、急にー、飛び出てきたのー」
馬車の外から妖精さんが声をかけてくれる。
「うーん?大丈夫ー?着いたよー!」
これ以上、応答しないと、いろいろと不審がられる。いや、妖精に不審がるっていう感情があるのかは分かんないけど。
そろそろと体勢を動かす。おーい、ルーウェン?再起動してー!あなた、外では冷静無表情優等生キャラでやってるんでしょー?
「大丈夫よ、降りるわ!」
よし、声、裏返ってない、大丈夫。
一瞬、ちょっと、顔の一部が触れただけ。大丈夫、海外とかだとそういう挨拶もあったはず。ええ。ちょっと美しい顔を近すぎる距離で見ちゃって、心臓がばくばくしているだけ。そう、これは美の暴力による衝撃であって、別に今から少女漫画、始まりませんから。私、ヒロインじゃないんで!
「ルーウェン?行くわよ」
ぎぎぎぎ、と音が鳴りそうなぎこちなさで、首が縦に振られる。だめだ、まだ首が赤い。仕方ない。
「ほら、認識阻害、かけてあげるから、しっかりして」
色を変えるくらいの認識阻害魔法は、徐々に使えるようになっている。まさか、こんなとこで約に立つとは思わなかったが。そっと、ルーウェンの頭の上に手のひらをかざす。よし、おっけー。いい出来。
「ほら、立って」
徐々に色が回復していっているものの、なんというか、表情がフリーズしている。やばい、もうあと10分くらいで授業が始まってしまう。私の足の長さで、貴族らしく、廊下を優雅に歩いたら、教室まで8分くらいはかかるのに。もう出ないと、まずい。新学期早々、貴族様、緩んでんなーとか言われてしまうう!
「ルーウェン!」
ぐいっと顔を近づけ、両手でそのほっぺをにゅいーっと引っ張る。跡がついても、認識阻害でたぶん消せる!たぶん!
「あんねえさま」
「何?」
「結婚しましょう」
「は?」
授業開始まで残り8分。弟に告白された。
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