第30話 ブラコンという病
*24/4/20 表現を修正しました。
「……」
「……」
ハンナが去り、直後に給仕さん(というか、いつもの執事風のおじさま)が登場し、ハンナの使っていたカップを下げ、ラウルのカップを用意し、コーヒーを淹れ、うやうやしくお辞儀をして去る、という一連の流れが、本当に一瞬で終わってしまった(体感というより、客観的にみて神業に近い高速だった)。
ええ、今度こそ本当に我々二人きりですわ。
「……とりあえず」
お互いカップに手をつけないまま。…というか、そもそも二人ともまだ立ったままである。
「座ろうか?」
「……はい」
ラウルの提案をここは素直に受け入れる。が、生徒会云々は……
「先に、生徒会の話をしても?」
まあ、一応そう言ってセッティングされてるんですもんね、そっから始まりますよね。
それに、「先に」ということは、「次に」別の話も始まりそうですが、ここはお父様との約束を盾に、大変申し訳ないが、さっさと退席させていただこう!
「あの」
「いいよ」
「え?」
いけないいけない、目を合わせないように、鼻辺りを見ていたのに、予想外の返事に、がっつり目を見てしまった。いや、一応、あなた、シスコンばりばりキャラでしょ?いい機会だと思って、わりと熱心に勧誘しようとするんじゃないの??
「ハンナも、君が本当に生徒会に入ってくれるとは思っていないだろうし」
ざわざわ。
ん?なんでだろう。なんか、心がざわめく。
「それに、私としても、優秀な君が入ってくれるのは嬉しいけれど、純粋な家格や成績でみるならば、先に勧誘しないといけない子が他にもいるからね」
ざわざわ。
あー。そうか。さっきから、ラウルがずっと綺麗すぎる笑顔で、一人称「私」、二人称「君」で話し続けているからだ。
私、それに、壁を感じて、勝手にざわめいてるんだ。
ああ、よくない。ちょっと泣きそう。
だめじゃん、私。もうあんまり関わらないようにしよう、って決めたの、私なのに。冷たくされた方が、お父様との約束的にはいいのに。なのに。
「アンネヘルゼ嬢?」
ちょっとだけ、目線を上に外す。そんで、下唇の端をちょっと噛んで、机の下で拳を握り直す。
泣いちゃダメ。そんなのわがまますぎる。自分から突き放そうとしたのに、離れられたら泣くなんて。
できる限り、いつも通り、社交界デビューに向けて仕込まれたとおり、口角を上げて、目尻を下げて。(本当は扇子を出したいところだが、学園内では、高等部以降しか扇子は使ってはならないことになっているので、特に生徒会長相手には使い難いのだ。なお、去年、王太子の前で使った後には、お姉様からやんわりと注意する手紙が来た。でも、だめなら校則で書いておいてほしい。そんな制服の形から察せとか、無理でしょ!)
「いえ、ありがとうございます。安心いたしま」ざざざっ
話している途中、いきなり周りに、目に見えない魔法のカーテンが下ろされたのを感じた。
完璧な認識阻害魔法。おそらく、姿に加えて、声を遮断するタイプのものが、我々二人だけを覆うサイズで展開されたのが「見える」。それも、たぶん、高度なやつが。つまり、外から覗き見・盗み聞きする者がいても、普通に座って世間話やらなんやらをしているように見える・聞こえるタイプの。
私も、認識阻害魔法が使えるけれど、この高度versionは使えない。
そんなのがいきなり下ろされたから、びっくりして、半泣きで止めていた涙が一粒、落っこちてしまった。
「……アンネ」
「!」
状況把握に費やした一瞬の間に、ラウル兄さまが、ものすごく近い距離にいた。
そんでもって、さっきまでとはちがい、塔で一緒にお茶していたときのような、やわらかい、心底私を心配し、甘やかすような空気感をまとっている。
「ラウル様、だめ、です」
プチパニック状態のせいで、なんだかアブノーマルな雰囲気ただような言葉を、これまたかすれ声で出してしまった。
だめだ、今日は。これは、速攻帰っていったん立て直さないと!
「何が?」
甘々雰囲気がさらに増幅する。ス〇バのキャラメルフラペチーノにキャラメルソースとチョコレートソースを追加したうえ、クリームを増量したような激アマさだ。そんでもって15歳とは思えない、ちょっと危険な香りのする雰囲気である。ううう、中身、一旦成人済みでも、うっとりきちまいそうだよ!
と、久々の甘々雰囲気の衝撃で停止しているうちに、すっと手が伸ばされる。
思わず身構える。
その手は私の右頬をすっぽり包み込んで、親指がそっと私の目尻をなでた。
ああ、4年前と比べて、その手はすごく大きくなったのに、相変わらず、その手は冷たくて。
だけど、触れているところだけ、徐々にじんわりと温かくなって。
「ごめん」
その手を振り払うことができなくて、その困ったような、それでいて喜びに溢れたラウル兄さまの目をじっと見つめる形になった。
いやいや、私もちょっと、Web小説みたいな展開くるんじゃね、とかどっか期待してました、すんません、って心のなかで茶化してみる。が、うまくいかない。
頭の中では、9歳になる前日に、ラウル兄さまと交わした会話がまるで昨日のことのように再生される。あれから私の周りには、優しい両親、姉、弟、ユーリやシャネルをはじめとする使用人たちがいつもそばにいてくれた。学園に入ってからも、シャルネやフラン、フラメという仲間に恵まれた。
だけど、ラウル兄さまは?
四大公爵家の次男でありながら、精神魔法の数百年に一度の使い手としても知られ、その美貌と相まって少し遠くから眺められるだけの存在であることは、学園入学後、たまに聞こえてくる周りの心の声からも察された。
去年は、副会長を務め、今年も、初等部最高学年に公爵家以上の者がいないために、慣例に従い、高等部1年生でありながら、生徒会長に就任している。去年も副会長をしていたし、生徒会に自分の居場所を見つけたんじゃないか、って願ってはいたけれど。でも、役員同士で会話しているときも、あの綺麗な笑顔でいるところしか今まで見たことはなかった。
だから。
私は、あんなに塔でラウル兄さまに助けてもらったのに。私が、ラウル兄さまをまた一人にしちゃったんじゃないかって。それって、すごいむごいことなんじゃないかって。
うん。そう、だから、……いつも私はラウル兄さまを目で探していたし、ラウル兄さまに関する事柄についてだけは、無意識に周囲の心の声を聞いていた。
「アンネ、泣かないで」
いつの間にか、片膝をついたラウル兄さまが、もう片方の手も私の頬に添えて、そんでもって、困ったなぁ、とでもいうような苦笑を浮かべながら、私を見つめている。
自分が、勝手すぎて、嫌になる。
この涙は、完全な自己嫌悪だ。
止めたいのに、止まらない。隠したいのに、隠せない。
認識阻害魔法を発動させるたびに、ラウル兄さまに上書きでキャンセルされる。
ああ、ひどい兄だ。
「ラウル、兄さま」
「うん」
頭の中には、師匠の言葉がずっとある。それでも、もう、止められなかった。
偽善かもしれない。すっごい悪手かもしれない。それでも。
もうこれ以上、自分の心に、嘘は、つけない。
「ごべんな、さい」
泣きすぎて、噛んだ。
それでも、ラウル兄さまは、昔の、まぶしい笑顔でほほ笑んで、私をそっと包み込んだ。
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次も来週更新予定です。
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