第25話 さーさー、1年が終わります
いよいよ、第1学年が終わります。
*名前の誤記を訂正しました(24/6/2)。
「アンネ、……何か心配事でもあるの?」
席に着くなりつっぷすと、先に戻って来ていたシャルネがかわいらしい顔で心配してくれる。
「シャルネ様、心配しなくていいと思いますよ、どうせいつものやつです」
さらっと、ディスられている気がするが、気にしない。
確か、春学期はわりと本気でこいつらも心配してくれたし、夏学期もそこそこは気づかってくれた。確かに、自分でも大げさな気はする。でも、繊細な私は、心配で眠れなかったんだよ。
「お嬢なら何にも心配することないでしょうに、どうしていちいちそう……」
「はいはい、フラム、そんくらいにしときましょーよ。お嬢も、ほら、顔上げて」
くんくん。おっ、この匂いは……。
「わあ、マカロンですか」
シャルネが答えるのとほぼ同時に、がばっと顔をあげる。なんだか、さもお菓子につられた感じがして公爵令嬢としてどうなのか、とも思うけど。食べ損ねるのはもっと嫌だ。
「昨日、領地から手紙と一緒に届いたんです。それで、これはお嬢にって」
基本的に前世にあった食べ物は、この世界にもある。だけど、なぜかマカロンは、国内であまり見ない。王宮にはあるみたいだし、実際、王太子とのお茶会にはあった。だが、悔しいことに、我が家の料理人も食堂のスタッフもマカロンは作れないようだ。
理由は知らないし、もちろん作り方なんて知らない。私は、前世も今世も食べるの専門だ。だからこそ、久々にこの夏(といってももう半年も前だが)に帰ったとき、この国初出店だというマカロンのお店を見つけて、ちょっと泣いた(その後、はしゃぎすぎたことについて、ルーウェンから控えめなお小言を小1時間聞かされた)。領地でもはやっているみたいだから、きっともうじき王都にも広がるはず!
ま、砂糖は国内ではほとんど生産されていない高級品だし、そんなしょっちゅう食べるのは贅沢な気がするから、ひとまずは期末のご褒美としてだけ食べることにする、って私がそのとき一緒にいた彼らに宣言したわけですが。
「ありがとう」
わざわざ寮ではなく、教室で直接渡してくることに関しては、ちょっと言いたいことがあるけれども、シャルネの分までちゃっかり持ってきてくれているし、さすがフラメ。仕事ができる。
ちゃんとすぐ食べる用と、持ち帰り用(1ダース入り)を分けて持ってきてくれるところも、あー、わかってるわー、という感じである。うん、いただきます。
「お嬢、どうせまた4番とかでしょ」
《どうして、あいつに負けるのか、意味わかんないけど》
「お嬢なら、頑張れば次席だってとれますよ」
《王子には勝てとは言わないけど、せめて正統な本家の人間としてもう少し頑張ってはほしいなー》
慰めているのか、煽っているのか微妙なラインである。
とりあえず、マカロンがうまいから、幸せ。
先に説教モードに入りかけたのが、フラムール・リヴァロット。マカロンで釣ってきたのが、フラメール・リヴァロット。名前からも察される通り、正真正銘の双子である。朱色寄りの金髪と朱色寄りの赤目の濃さもそっくり。ただし、兄のフラムが左目を、弟のフラメが右目を長い前髪で隠しているから、一度覚えれば、まあ区別はつく。
物語上、一卵性の双子ってたいてい、髪型を変えっこして、どっちがどっちでしょー的なクイズをやる時期があるが、この双子も昔はそれをよくやっていた。間違える度に、フラムはぎゃーぎゃーうるさいし、フラメはじとじと突っ込んでくるから、正直ちょっとめんどくさかった。ただ、諸事情あって、フラメは今、見えなくなった右目にモノクル(片眼鏡ともいう)をつけているから、髪型以外でも見分けがつく。そうなってみると、そういう思い出が、ちょっと懐かしく大切に思えてきてしまう。ま、将来的に、ヒロインに攻略されたら、右目も回復するんだけどね。
そう、この双子とは、入学前から面識がある。というか、彼ら、従兄弟なのだ。リヴァロット侯爵家は、我がリヴァルウェン公爵家の筆頭の分家であり、双子の父は、お父様の弟にあたる。
我が家は、お父様の仕事の都合上、基本的に王都で生活しているが、毎年夏は領地に帰っている。そのとき、いつも私の遊び相手になってくれた、というか、私が遊び相手にさせられたのが、隣接する侯爵家の、この双子だったのである。
で、この「お嬢」という呼び名。正直、入学式翌日の初回授業前、そう呼ばれたときは全力で無視をした。だってさ、われわれこれでも一応貴族でっせ?なんだよ、お嬢って。
とはいえ、席に着いて思い返してみれば、最後に会った5歳の夏、確かに彼らは私を「お嬢」と呼んでいた。奴らの母方の従兄弟が騎士団に入隊したとかで、騎士ごっこをしたくてたまらなかった双子(というか主にフラム)は、同い年の従妹(つまり私)を主人に見立て、その夏、ひたすら騎士に扮した。そんでもって、フラメ発案のもと、私の呼び名は「お嬢」となった。当時、まだ「サ行」が苦手だったフラムへの配慮の結果なんだろうけど、さすがに12歳になってそれはない。
かくなるうえは、「お嬢」呼び断固拒否&お父様との約束その3「ルーウェン以外の男性には近づかない」を盾に、こいつらとは他人として接しよう、と決意したんですけどね……。
その日の夜、お姉様から手紙が届いた。あの双子は家族みたいなものなのだから、OKってさ。むしろ、ルーウェンは王子たちと過ごすだろうから、学園では2人に助けてもらいなさいってさ。
「きちんとお父様にも許可はもらったので、安心してね」という文字を見たときの私の叫びよ。
まあね、確かに演習系の授業とかだと4人か5人でグループ組まなきゃいけないこと、けっこうありましたからね。ルーウェン以外の男性との接触禁止令を守るとなると、私、シャルネ以外と組めないことになるし、ルーウェンと組むことになると、王子様+側近と必然的に同じ組になるわけで、それはもっと嫌だったし……。
あー、それにしてもこのマカロン、おいしいわ。ショコラ×マカロン、さいこう。
「お嬢、もしかして実技試験手を抜いてるんですか?」
すかさず温かい飲み物を差し出しながら、フラメが、フラムの言葉を即否定する。
「いや、無属性の魔法で手を抜くも何もないだろ」
無言で、ありがたく飲み物は受け取る。ミルクたっぷりの紅茶のようだ。うまうま。
うん、確かにね。確かに、学年が上がると、自分の魔法を秘匿するために、学園では最低限の魔法しか見せないって人、結構います。王太子とかまさにそれだろうし。そういや、王太子も一年生のときはトップだったのかしら。あとで誰かに聞いてみよう。
「じゃあ、お嬢のほうがルーウェン様より魔力量少ないんですか?」
ぐぼっ。フラムが、いつもとちがって、単刀直入に聞いてくるから、せっかくの紅茶が変なところに入った。やめれ、その純粋な瞳。
「そんなわけないだろ。お嬢は、一応『操炎術』も使えるんだし」
横から、シャルネが心配そうにかわいいハンカチを差し出してくれる。いや、いいんだ、そんな綺麗なハンカチを私が汚すわけには。……え?この刺繍、手作りなの?え、私にくれるの?
「そうだ、こうしましょうよ、お嬢」
「ん?」
なんだ、女子トークの邪魔をするのか。
「お嬢が、学年で2位をとったら、『お嬢』呼びはやめます」
「お、いいな、それ」
「は?」
いや、ちっともよくねえし。そもそも、あんたらが勝手にルーウェンを敵視して、同じような呼び方をしたくないとか言い張った結果、いまだにこのこっぱずかしい呼び方が続いてるんでしょーが。
まあね、ルーウェンがうちに養子としてもらわれてこなければ、君らのどっちかが婿入りしてきて、将来、公爵家当主になったんだろうけどさ。にしても、いちいち、張り合うことなくないか。というか、せめて張り合うなら自分らで戦いなよ。
今日は、今年の最後の学期である冬学期の終業式。さっき、初等部の終業式で、各学年の首席は表彰されたばかりだが、それ以外の個人の成績は、この後、発表される予定になっている。
このクラスは、高位貴族ばかりだし、Sクラスにいること自体が一種のステータスだから、別に上位じゃなくても、自分の全力を尽くした結果ならばそれでいい、むしろ目立たないほうが、今後のことを考えると良い、とはお父様にこの前言われた。
だけどさ、ま、せっかくなら一回くらい高い順位がほしい。首席の金のバッジまでは求めないけど、次席の銀のバッジをひとつくらいはつけてみたい。
「アンネ様ならきっとできます!いつも筆記では次席ですし!」
おお、シャルネよ、そんなきらきらした目で見ないで。
フラムはにやにや笑ってるし。けっ。ええ、ええ、そうですよ、紙のお勉強はできますし、魔力量も高いですし、我が一族の必殺技ともいえる「操炎術」も一応、使えますよ、わたし!
《ま、運動神経がないから、無理だろな》
《もう少し、運動神経があれば、よいんですがね》
ちっ。言葉にされてもないけど、反論できない。
「お前ら、全員戻ってきてるかー、ほら、そこ、さっさと座れー」
カイル先生の、いつも通りのだるそうな声で、双子も定位置である私たちの前に着席した。フラメはきっちり飲み物とごみも回収してくれている。
「じゃ、お前らお待ちかね、成績発表だ」
秋学期は、首席がリファリオ王子、次席がルーウェン、3位がルイス、4位が私だった。ちなみに、5位がフラメ、7位がシャルネ、筆記が苦手なフラムは10位だった。
成績が貼り出されるのは、学年上位5位までだから、ひとまず5位には入っておきたい。いや、本音をいえば、とれるものなら首席とりたい。これでも、前世ではわりと成績よかったんだから!
「ほーらよっと」
さすが風属性のルーゼンベルク家直系である。一瞬で、13枚の通知書が各生徒の前に風でふんわり運ばれる。簡単なようで、けっこう難しいんだよこれ。まあ、私、風魔法使えないから、想像だけど。
はあ、名前順とかでゆっくり配ってほしかったな、とか思いつつ、恐る恐る「成績表」を開く。科目別の成績は、S、A~Fの評価しか書かれていないから、そんなに緊張感はない。よしよし、「S」評価ばっかだ。技能の一部科目は「A」だけど、まあ、許容範囲。
ふー。よし、いよいよ総合評価だ。
一行ずつ、ゆっくり視線を下にずらす
『筆記 S 2/125』
うっし。
『技能 S 8/125』
……魔力測定のとき、魔力量は、王子に次いで多いって言われたんだけどな。そうですか、運動神経って、こんな魔法に満ち溢れた世界でも、そんなに重要なのね。
さて、お待ちかね。総合成績。初等部1年は、筆記の比率が大きいから、まだ希望は……。
……。
「ま、さすがSクラス、と言いたいところではあるが、……いいか、お前らの学生生活は、まだ始まったばかりだ」
カイル先生は珍しく、ちょっと真面目な顔をして、成績表をまだ見つめたまま、一喜一憂している生徒たちに語りかけた。
「才能にあぐらをかくな。お前らはまだまだ成長する。だから、悩んだり、迷ったりする前に、今はとにかく突っ走れ。……来月、また会おう。以上!」
日直の号令で礼をして、今年度のカリキュラムが終わった。
はぁ……。きっと今頃、学年の掲示板に上位5名の名前が貼りだされていることだろう。
「どうだったの、お二人さん?」
「あ、私は、ひとつ、下がっちゃいました」
律儀にシャネルは答える。私は、表情で答える。
「アン姉様」
普段は、教室では声をかけてこない弟が、気がつけば後ろにいた。
「成績、上がられたのですか?」
……。うちの弟は結構負けず嫌いである。ただ、人を煽るようなタイプではない。そう今まで認識していたんだが、それは改める必要があるようね。
「ん」
指で総合順位を示す。春学期の3位から、秋学期ひとつダウンし、そのまま変動しなかった、憎い数字である。
「ルーウェン様は、今回も次席ですか。ご優秀ですね、分家のひとりとして鼻が高いです」
フラムがむすっと無言で見つめる、というか睨みつける横で、フラメが思ってもないお世辞を、いかにもお世辞です!というテンションで伝える。ほんとイイ性格してるわ。
「……いえ、私は3位でした」
ふぉっ?じゃあ、何、ルイスが次席なのか?え、なんか悔しい。
「では、ルイス様が?」
「いえ、ルイス様は、その……」
「私は、5位でした」
シャルネの質問に、答えをためらう弟の後ろから、本人が登場した。にこやか王子様まで付いてきてる。やめてやめて、解散して。
「え、じゃあ、次席は誰だよ」
フラムから思わず漏れた疑問に、われわれ仲良し4人組(笑)の他の3人もうなずく。
「……ハンナ・バルネア」
「「「え?」」」
斜め前の席から、つぶやくようにもたらされた答えに、思わず数人ではもる。
ほぼ話したことのない、塩顔、細目の少年が、ためらいがちに振り返る。
「Aクラスの、ハンナ・バルネア、だと思い、ます」
「そのとおりのようです」
さっき姿が見えなかったカミルが王子の後ろにすっと現れた。どうやら、掲示板を確認してきたようだ。それにしては、ちょっと戻ってくるのが早すぎる気もするけれど。
……ということは、私、今回は、ルイスには負けてないってこと?よっしゃ。(小さくガッツポーズ)
ん?でも待てよ。すっと指輪に手をあて、索引ページと、クラス紹介のページを確認する。
《……「ハンナ」?「バルネア」?って……誰?》
「次の学年から、こちらに転入してくるようです。貼り紙がされていました」
ひゅっ。
声にならない息が出る。ルーウェンがすかさず、心配そうな目でこっちを見る。
Sクラスに転入?ハンナって女の子だよね?
もしや、ストーリー、変わってない……?いや、そんなまだわかんないし……。
アンネは突如湧いた不安の種に、ひとまず全力で蓋をした。
お読みくださり、ありがとうございました。




