第23話 イケメン幼なじみの苦悩
説明部分◇◇◇は読み飛ばしても大丈夫です。
さて、ここでユーリについて、もう少し話さなければならない。
先に、端的に言うと、ユーリは生物学上、男である。ただ、今、目の前にいるのは、シャルネのように「女装」した男ではない。服を脱がして隅々まで調べても、ユーリを女子生徒であることは否定できないはずだ。
察しの良い諸君には、もうお分かりだろうが、「彼」は、性別を完全に偽る魔法の使い手なのだ。
さて、もっと詳しく言うとこうなる。
◇◇◇
ユーリの母アイリスの実家、モルフォーズ伯爵家の得意魔法は、幻覚魔法の上位魔法の一つ、変身魔法であった。これは、その名の通り、別の動物や人に変身したり、透明になったり同化したりする魔法の総称である。そんでこの一族は、特に、別の動物に完全に変身する魔法を使う者を多く輩出してきた家系だ。
だから、鳥やら狼に変身することで、かつて起きた100年戦争では多くの功績を残したという。そんなこんなで、取り潰しになるまでは伯爵家のなかでは頭一つ抜けた存在だったらしい。
第5代国王リルフの治世において、現在の5つの属性の分類がなされた後の約100年、各属性の魔法をより高めるため、強制的な結婚、というか妊娠が、国の管理のもと、どの家でも主流となっていた。ただ、人権の発想が外国から持ち込まれ、浸透するにつれて、国も方針を転換し、各家もそれにならった。
しかし、モルフォーズ伯爵家は、そうした強制が禁止されて以降も、密かに見込みのある人材を誘拐したり買ったりして囲い、才能に恵まれた女性の多くは、その存在を外に知られることなく、強制的に子を産む道具として使われていたらしい。ユーリの母アイリスは、当主の本妻の娘であったため、なんとか学園には通わせてもらっていたようだが、卒業後は他の一族の女性と同様に閉じ込められ、年の離れた兄である当主との間に、子をもうけさせられた。そうしてできた子がユーリなわけだ。(なお、この話は、ユーリ自身から聞かされた。もし、学園や社交界で他者から面白おかしく話されるのは嫌だからって言ってたけど、たぶん、私たち姉妹がそんな話を聞いたら傷つくだろうとか心配してくれたんだと思う。そう、ユーリは、少なくとも私たちにとっては、ものすごく優しいのだ。)
ただ、こんなえぐいやり方をしながらも、一族の改良はあまり進んでいなかったようだ。基本、始めて変身した1種類の動物にしかなれず、それも十分に能力を発揮するには、その生物についてとことん術者が知っておく必要がある。そのため、伯爵家にしては広い領地の大半では様々な動物が飼われ、これまた違法な売買や品種改良も進められていたようだ。
でもって、ユーリは、そんな一族において、先々代当主と当時の当主だけしかできなかった2種使いとして生まれた。そのうえ、生まれる直前にお家が取り潰された結果、一族や国のためではなく、我が家のために、一種目を選んだ。それが、異性。ちなみに、もう一種は鷲である。ただし、学園には女性として届け出ているし(ちゃんと王様には、事情を説明して、許可も得ている)、1種類しか使えないフリをしている。つまり、我が一族と国王様以外は、ユーリを「女」と認識しているわけだし、実際にも入学して以降、ユーリは一度も男性の姿には戻っていない。男と知っている私からすれば、外でのユーリの言動にはわりとハラハラさせられるが、そんなイケメン王子様的な部分も、キャラとして既に学園では受け入れられているようだ。
ま、やっぱイケメンに対して世界は優しいんだね。
以上、説明終わりっ!
◇◇◇
ひとまず、めちゃくちゃ時間をかけて紅茶を飲み、めちゃくちゃお上品にソーサーとカップをテーブルに戻す。
その間も、ユーリは、まっすぐこちらを見つめてくる。
ふーっ。困ったもんだ。
「アイネ」
「それで?」
「は?」
ユーリがどうやって異性に変身する魔法を身につけたのかは知らない。だって、魔法の塔に行って帰ってきたら、いつの間にか男だったはずの幼なじみが、女性用の恰好をしてお姉様の横にいたんだから。私は私のことでいっぱいいっぱいだったし、結局、その後もなんとなく聞けなかった。
鷲を卵から育てたり、飼ったり、狩ったり、殺したり、解剖したりしている姿は、実家に帰ってきてから見ていた。だけど、人間相手にそんなことはできないだろうし(だよね?)。まあ、正直、好奇心より怖さが勝つから、今後もその方法について聞くつもりはない。
それでも、きっと「女性」という生き物の生物学的な特徴について、恐ろしく詳しいのだろう。そうであれば、第二次性徴前でも、魔道具を使ってさえいない変装は、見破って当然か。
「ユーリ様は、シャルネ様が男だと思われたわけですよね。だけど、シャルネ様は女子生徒として学園に通っている」
「……」
「お前、男じゃないのかって本人に直接聞くんですか?性別を偽るんじゃないってお説教するの?『彼』にどんな事情があるかもわかんないのに!」
だいたい、性別詐称してるのは、あんたも同じでしょーが。って言いかけたが、それはすんでのところでとどまった。
普段、男っぽい言動をしているのは、きっと、ほんとは男のままでいたいって思いが、ユーリのどこかにあるからだと思うから。それに、「彼」に女の恰好を強制させたのは、お父様かもしれないから。
それなのに、頑なに公爵家に対する文句は口にしない、この幼なじみへの日ごろのもやもやも相まって、少し口調がきつくなる。ユーリが言っていることは、事実だし、もし、それを少なくともお姉様やお父様、国王様に知らせるべきだと言うならば、それも正しいことだけど。
ああ、もう、これじゃ単なる八つ当たりだ。
「……別に」
「……」
「別に、あの子に直接問いただすつもりはない。きっといい子なんだろうし、それにたぶん……」
「……たぶん?」
「あの子も、自分の意思であの恰好をしているわけじゃなさそうだし」
……。さっきまでイライラ半分説教モード半分だったのに。そんな歪な笑顔、見たくない。
「だけど、俺は、幼なじみとして、お前らに害あるやつを近づけるわけにはいかない」
うつむいたときに下がっていた前髪が、さらっと横に流れ、銀の瞳とぶつかる。
その目は、ただただ、私を心配する色で溢れていた。
「……でも、ユーリは、私がルーウェンと一緒にいるよりも、シャルネ様と一緒にいるほうがいいんじゃないの?」
ユーリは、お姉様と同じく、ルーウェンによそよそしい。嫌っているというよりかは、ほんとにいないものとして扱っている節がある。そんでもって、私に会うたびに、あんまり近づくなよ、お前が近づき過ぎたら、次期当主様が立派に育たなくなるっていう、説教なのか私の悪口なのかよくわかんないことを言ってくる。そこらへん、聞きただしたいが、ユーリは基本お姉様と一緒に行動しているので、ここ2年、なかなか捕まえられない。とはいえ、今はそっちより、こっちの問題が優先だ。
「あー、んー、まあ」
髪の毛をくしゃくしゃするその動作だけでもイケメンだ。女子校の王子様ってたぶんこんな感じなんだろう。実物を見たことはないけど。
「はぁー。あー、もういいわ」
さっきまでのちょっと影のある笑顔が演技に思えるくらい、表情と雰囲気ががらりと変わる。
へいへい、わかったわかった、かわいい妹分の思い、くみとってやるよ。
そんなちゃかした声が聞こえてきそうなテンションで、ユーリは足を組み替えた。
「お前は、あの子がたとえ女の子じゃなくても、あの子と一緒にいたいんだな?」
「ええ」
「わかった。なら、私は、これ以上詮索しない」
「お姉様には?」
「ん、言わない」
「ほんとに??」
ちょっと、だから、笑顔がイケメンすぎるんだって。こぼれる笑み。イケメンかよ!
「ほーんーと」
弾みをつけてユーリが立ち上がった。
「だけど、さっきお前も気づいてるって気づいたのは、お前がいちいち女の子って単語に反応してたからだからな」
な、ぬ!
「あの子のこと、大切にしたいんだったら、お前ももうちょっと貴族らしく表情管理できるようにしろよ」
ソファにかけていたロープを片手でつかみ、もう片方の手をひらひらさせると、イケメンは颯爽と出て行った。
口を開けたまま固まった私を置いてって。
《もしや、シャルネの正体がばれる原因って、私なの?》
シャルネ攻略においては、シャルネが学園に来なくなったことを「親友」から聞くところから話が始まる。「親友」は、去年、性別を偽っていたことがばれ、停学処分が下された後も学園にあらわれないことをヒロインに教える。そのうえでヒロインが、シャルネを攻略したいならば、シャルネの自宅突撃を選択することになる。そんで最終的には家族とシャルネのなかにある母親への思いを昇華させ、彼を解き放つ。母が彼のために残していた名前を見つけることができれば、攻略は成功。髪を切り、新しい名前で登校した彼は、門まで迎えに来た彼女に告白する(ヒロインちゃんは、ハーレムルートでも5枠までしか攻略対象を保持できないので、断ることも可能)。
でもそれってつまり、ヒロインちゃんが、そもそもこのルートを攻略し始めなかったら、シャルネはただの引きこもりのままに終わってしまう。その原因が、自分だとしたら。この世界をヒロインのための物語と割り切れていないアンネからすると、それは頭と心が痛くなる話だった。だけど、自分は何もできない。
ヒロインちゃんが全ルートを攻略するのは非現実的。それでも、最後、選ばなくてもよいから、どうかあの子を救ってほしい。
寮へと帰る馬車の中で、アンネの頭にあるのは、そんな願いだけであった。
お読みくださりありがとうございます。
次回も日曜日更新予定です。




