第21話 弟は拗ねているくらいが、ちょうどいい
「シャネルぅぅぅぅううううう」
はしたないことは分かっている。いや、まだ12歳なら、きっと許される!
スペシャル・ラウンジを退出し(お姉様からのランチのお誘いは、お隣の冷たい視線をきちんと察して、丁重にお断りした)、学園の正門に配置された2人用馬車に乗り込み、寮に帰ってきたのが、5分ほど前。下まで出迎えに来てくれていたシャネルを見て、すぐさま抱きつきたくなったけど、自室まで耐えた私、えらくないか。ねえ?
「お嬢様?どうされたんですか?」
上で少しおろおろしている気配は感じるが、許してくれ。怖いものを見たから、癒されたいんだ。
すー、はー、すー、はー。ああ、シャネルに昔あげたバニラのハンドクリームの香りがする。まだ同じものを使ってくれてるんだな。うれしい。
客観的にみるとなかなかに変態な行為である。だが、優しいシャネルはとりあえず、そのままにさせてくれている。ありがてえ。《久々のご乱心だわ……》って思ってるの、伝わってるけどね!ごめん、でも許して!
あ、ってか、早くルーに帰ったこと知らせないと。
「……ありがとう」
「……いえ、どういたしまして?」
ちょっと恥ずかしくなって、声が小さくなる。
仕方がない主ですね、って声が聞こえてきそうな微笑み。ああ、好き。弟が反抗期に入った今、私の唯一の天使である。
「えーっと、ルーウェンから、何か届いてる?」
「はい、お嬢様が帰宅し次第、まず連絡してほしいとのことでした」
「……わかった、きっと部屋にいるだろうから、今、書くわ」
寮内の各部屋には、手紙を入れる管が配置されている。そこに宛名を書いた手紙を入れたら、あとはその先で処理してくれる。要は、簡易的な郵便システムである。
便箋を閉まっている書き物机の方へ向かおうと立ち上がりかけたとき、部屋のチャイムが鳴った。
戻ってきたシャネルの手には1通の手紙。今日は、ほんとよく手紙を見る日だ。
「お嬢様、ディオル様がこれを。すぐにお返事をいただきたいとのことです」
「そう、わかったわ」
ディオルとは、わが公爵家の分家筋の子爵家の長男で、お父様が去年連れてきたルーウェンの侍従候補である。
本人も魔力があり、学園への入学資格がある(ちなみにシャネルは、それほど魔力がないため、この学園には通わず、代わりに低位の貴族と中流階級の一部が通う、3年制の侍女・侍従養成専門学校「チェンバレン・エコル」を卒業している)。ただ、彼は私たちの2つ下なので、今は、侍従としての仕事に専念している。本人が入学するまでの間の仕事ぶりを見て、最終的に侍従となるかが決まるらしい。
持ってきた手紙は、先に帰宅したことの謝罪(いや、私がお願いしたんだけど)から始まり、2つの予定を今日入れたことが書かれていた。うん、まてよ。
心を落ち着けようと、シャネルがさっき持ってきてくれたハチミツたっぷりのホットミルクを飲む。
「お昼がまだでしたら、先に談話室をひとつ押さえておりますので、ご一緒したい、とのことです。どうされますか?」
いずれにせよ、既に決まったこの2つの予定はもう調整済みだから、動かせないだろう。
よし、文句はさっさと言いに行こう。
「ディオルに、是非ご一緒させていただくわ、と伝えて頂戴。それと、これも承知いたしましたわ、と」
「よいのですね?」《ほんとは、行きたくないのでしょうに》
「ええ」
ここにはシャネルしかいないから、ふてくされた顔のまま、答える。
シャネルが、返事を伝えに玄関に行っている間に、手紙を読み返す。
現在の時刻は、13時ちょいすぎ。つまり、今からの予定はこうだ。
1.遅めの昼食をルーウェンと食べる。
2.15時から同じクラスのシャルネ様とお茶会(シャルネ様のすぐ上のお兄様から、ルーウェンに、妹をよろしく、という手紙が来たらしく、ならば、と設定したらしい)
3.18時から第二王子「たち」と夕食(なお、「たち」に誰が含まれるかは書かれていない)
はぁ。昨日から、ずっとため息をつき続けている気がする。あーあ、幸せが逃げちゃうわ。
「お嬢様、ディオル様がこのまま案内してくださるとのことです」
「そう」
シャネルが無言で私の全身を見てから、さっと水と熱と風を出し、髪を整え、さっと紅筆を出し、口に塗る。魔法のようだが、これは魔法ではない。我が家は財力にあふれているから、魔道具が豊富なのである。ただ、個人的には、シャネルのテクニックはマジシャン並みだと思っている。
ものの1分もかからず、服のしわまで直してもらってしまった。さすがだ。
扉の前で待つ、侍従の衣装(学園指定)を身にまとう金茶の髪の少年に、ご苦労様、の意味を含め微笑みかける。
10歳にしては、丁寧な仕事をすると評判であるが、12歳にしては、ひねくれたところのあるあの弟に仕えるのはきっと大変だろう。
一瞬顔を赤らめたものの、すぐにきりっとした表情になるところも、弟が10歳だったころよりかわいい。ふっ、ま、この子も攻略対象なんだけどね(遠い目)。
ディオルに続いて、女子寮から男女共用のエリアに移る。この寮は「ロ」の形になっていて、東側に女子寮、西側に男子寮、北側には食堂やいくつかの談話室、書斎、図書室などがある。談話室は本来ちょっとしたお茶をしながら、学生同士が交流するところのはずなんだけど、軽食も食べれるようだ。
2階の渡り廊下から、さらに1階分上った先、実質3階であるが、この棟では2階になる階(1階にある食堂の天井が高い結果、そうなっている)。一応、昨日ラウル兄さまにも案内してもらったので、特に新鮮な驚きはないが、やはりどこもかしこも豪華である。
ディオルにつづいて、いくつかある個室の1つに入ると、ふかふかなソファに背筋を伸ばして座る弟がすぐさま振り返った。温かそうな暖炉の前のローテーブルには、既に色とりどりのサンドウィッチが用意されている。
「アン姉様!」
珍しく、少し焦った顔でルーウェンが近づいてくる。
「えっと、ごめんなさいね、ルー」
「いえ」
「……そんな心配しなくていいわ、少しお話ししただけだから」
カイル先生の件は知らなさそうだし、いったん伏せておこう。
どうやら、お姉様から別に手紙を受け取ったらしい。手のなかで握りつぶされかけている手紙から、お姉様の静かな怒りの気配を感じる(これは魔法じゃなくて、単なる勘だが)。
「……お姉様は、なんて?」
ひとまずせっかく食事が用意されているのだから、食べましょう。と席についたのは良いものの、ルーウェンは黙ったまま、膝の上で固く手を握りしめたままだ。沈黙に耐え切れず、勝手に食べ始めたのはいいものの、せっかく美味しいご飯を食べるならば、ある程度雰囲気も穏やかなものであってほしい。そう思って、口を開いてはみたものの、ルーウェンはまだだんまり。
どうやら何か話す前に、心の中の気持ちに蓋をしようとしているようだ。私としても、読まれたくないと全身で言っている弟の気持ちを無視するつもりはない。ただ、どす黒いもやもやした感情は、隠しきれずにこぼれ出ている。
「あー、この卵のサンドイッチ、とっても美味しいわよ、ほら、ルーも好きだったわよね」
「……知りたければ、読めばいいじゃないですか、これつけててもアン姉様なら読めるんでしたよね」
いや、全身で拒否ってるじゃん、あなた。確かに、それがあっても軽く魔力を使えば読めますけどね。ええ。
ちなみに、当初、なぜか我が家で唯一、ルーウェンだけは、私の魔力を防ぐ魔道具を与えられていなかった。それがどういう意味か。ちょっと邪推したくなるところもあったが、こっそり師匠に話をして、2度目の一時帰宅のときにプレゼントと称して押しつけた。ほんとは1年ごとに買い替えなきゃだめなもんなんだけど、聞き分けのいい少年が、そのときばかりは、これが良いと言って離さないので、私が1年ごとに魔力を込め直すことになった。私の魔力を防ぐための魔道具なのに、私にやらせていいのか、と思わなくもないが、身近にいる精神魔法使いが私しかいないんだから仕方ない。
さてと、とりあえず、ルーウェンの小皿に卵のサンドイッチを分けてあげる、私もこれ、好きなんだけどね。久々に年相応に落ち込んでいる、というか拗ねている?弟に、姉らしく振舞ってあげましょう、ええ。
なおも動かぬルーウェンを横目に、自分は何か美味しいお肉の入ったサンドウィッチを口にする。うまうま。
ぐーっ。
私ではない。これまた珍しく、ルーウェンの顔が少し赤くなっている。
「……すみません」
「いんや、いいのよ。私が帰ってくるまで、待っていてくれたんでしょ?」
高位貴族のお作法ガン無視で、ほれほれ食え食えと手で示す。
お行儀が悪いですよ、と力なくつぶやきつつも、ようやくのろのろと手を伸ばす、ルーウェン。よしよし、目の前の皿からサンドウィッチが消えるにつれて、彼の黒いもやもやも収まってきている。うん、腹が減ってたら、余計にストレスって大きくなるからね。食事は大切。
「それで?」
「……ローゼリア様に」
お父様のお言いつけにより、第三者がいる場所ではローゼリア「お姉様」と呼ぶようになっているが、今は身内だけ(ディオルはちょっと微妙だが)の場。お姉様と弟の関係性がどうなるかは、まあ、きっとヒロイン次第なんだろう。知らないけれど。
「うん」
「アン姉様の邪魔をあまりするな、お前は第二王子のご機嫌でもとっておけ、と」
「んん??」
いや、待て、お姉様?!
「直接そう書かれているわけではありませんが、そういう趣旨でした」
「ほう……って、ちょい待て」
姉の制止にためらうことなく、ルーウェンの手の中の手紙が一瞬で燃え上がった。彼の得意魔法、何でも消す炎である(正式名称はもうちょっとかっこよかったはずだが、忘れた)。いったい、何が書かれていたのか。聞いた内容だけで判断すると、なんというか、うーん、あー、身内だからこそ率直なご意見を書かれた、ともいえるのか?
「……お父様から、学園内ではローゼリア様のお言いつけには従うようにと言われています」
それは初耳である。
「ですので、シャルネ様とのお茶会には、アン姉様だけが出るということで」
「え゛」
「夕食会は予定通りの面子でしますけど、明日以降は、あまりアン姉様に話しかけないようにしますね」
「……」
「なので、お姉様は、日中はシャルネ様と行動をともにしてください。それが、ローゼリア様のご意向のようなので」
ルーウェンは、なんだかふっきれた顔をして淡々と一方的に言い切った。
だが、待て、いや、うん、いつかはそうなるんだろうとは思っていたし、今日みたいな感じでこのまま過ごすと、ちょっとルーウェンがシスコン、ないしは私がブラコンと見られそうで、ちょっと嫌だなあ、とは、うん、思っていたよ。でもさ、でもさ、ちがうくない?その完全に見放す感じはさ、ちょっと?
「……しすこん?ぶらこん?とは何ですか?」
「おっと、失礼、いいのよ、忘れて」
いけねぇ、恨みつらみが口から出てたわ。
うん、それにそうよね、どうせいつかは姉離れしなきゃいけなかっただろうし、うんうん、今がそのタイミングって思おう。
「お嬢様、そろそろ」
ああ、もう14時か。でも、どうせ今みたいな制服姿でどっかの談話室に行くんじゃないの?
「せっかくですので、お茶会の場は、スペシャル・ラウンジの火の間で設定しました」
おいおい、なんでだよ。今や怖い記憶で満たされたあそこにまだ戻らなきゃならないのかい。というか、それならあのまま学園に残ってたのに。あそこ、遠いんだよ。
「寮からラウンジ棟までは直通のルートがあるらしいですし、既に馬車は手配してあります。まあ、私はアンネお姉様と違って、まだ行ったことがないのでどこにあるかさえ知りませんが」
わあ、よく分からないところで拗ねてる。今は、私の方が地団太踏みたい気持ちなのに!
「そういうことですので、夕食の30分前には戻ってきてくださいね。健闘を祈ります」
ああ、弟よ、少しは姉の身にもなってくれよ。さっきまで、王太子と会わされて、今からほぼ初対面のクラスメイトと、その後さらに初めましての王子様とご飯食べなきゃいけないなんて、ほぼ引きこもりだった人間にはきついんだよぉおお!
……ふぅ。いや、ここで駄々をこねてもどうしようもない。行こう。
「いろいろと設定してくれてありがとう、ルーウェン。行ってくるわ」
嫌味であることが伝わるように、いつもよりも人工的な、とびっきりの笑顔をルーウェンに向ける。
「うん、気を付けて」《やらかさないようにね》
おいおい、そこのキラキラ天使、心の声、がっつり届いてるからな。
弟の通常モード復帰への嬉しさ半分、今からの予定への憂鬱半分、談話室を少し重い足取りのまま後にした。
お読みくださりありがとうございました。
次回も日曜日更新予定です。




