第20話 悪役王子とのご対面
「着いた!ここが、スペシャル・ラウンジだよ!」
「……ありがとう」
手紙に書かれた場所は、「テール・ルーム」(土の間)。Sクラスの生徒のみが使用できる、スペシャル・ラウンジにある個室の1つだ。正直、攻略本には、学園内の大まかな地図も含まれていたから、一人で行けなくもない気はした。が、入学初日の新入生が、ひとりでそこまで行けるのはちょっと不自然な気もする。
ということで、郵便屋さんに、案内専門の妖精(案内屋さんというらしい。白い帽子にマリン服を着ている)を呼んでもらい、ここまで案内してもらったのだ。
一般の生徒が使えるサロンは、入学式も行われた講堂の2階にあるが、スペシャル・ラウンジは、そこから渡り廊下をわたった先、別棟に存在する。初等部の校舎からいったん出て、講堂の入り口横の階段を上る。2階の一番奥に、一般サロンの受付とは別の受付があって、執事のような服装をした青年(おそらく人間)が立っていた。
妖精さんの案内はここまでのようだ。お礼のチップ(お金ではなく、魔石を渡すことになっているようで、お姉様の手紙にいくつか同封されていた)を、ほくほく顔で受け取ると、案内屋さんはすぐに消えてしまった。……なんだか、ちょっと寂しい。
「アンネヘルゼ様でございますね?」
よくみると顔は整っているが、不思議と派手さはない青年が、口を開く。
「はい」
「お待ちしておりました。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
どういう仕組みなのかは分からないが(まさか全校生徒の顔を判別できるのだろうか)、説明は得意ではないので、ありがたい。
その指し示す先には、ふかふかの真っ赤な絨毯が、エレベーターのドアのような見た目の扉の前まで続いている。
「足元、お気をつけくださいませ」
扉の横のどこかに執事さんが手をかざすと、自動ドアのように扉が両側に開いた。
うん、完全にエレベーターだな。
「あちらに係のものがございます。どうぞ良いお時間を」
きれいな一礼。なんだか、アトラクションに乗る気分だ。
ドアに向かって一応一礼。
中には高級馬車に設置されているのと似たようなふかふかのソファが向かい合わせで1対設置されている。地図上でも、スペシャル・ラウンジは、少し講堂のある棟から離れていた気がするから、これは、ロープウェイのようなものなのだろう。左右には円状の窓があって、左側に初等部の校舎、右側に高等部の校舎が見える。
ひとまず座ろうか。おおー、ふかふか。
座ると出発する仕組みになっているようだ。何で動かしているのかは分からない(少なくともこの国では、電気は普及していない)が、斜め上に進んでいるようだ。揺れも感じないし、めちゃくちゃ快適。ああ、このシステム、我が家の馬車にも是非、応用していただきたい。てか、これを作る技術があるなら、自動車も作れそうなのになあ。
……なんてことを考えているうちに、校舎は見えなくなり、演習場の上も通過し、予想外に遠いところまで来た。どうやら、攻略本の付録地図は、距離をきちんと反映していないようだ。
出発してから体感時間で2、3分。籠は完全に止まった。
チリンっと軽快な音がした。
座ったまま待つべきなのか、立つべきなのか、ちょっと迷ったが、さっき座ってから開いたことを考えると、立たなきゃ開かない気もする。
……うん、立とう。
「ようこそ、お越しくださいました。アンネヘルゼ様」
結局、立つだけでは開かなかった。ドア前まで自分で行く必要があるらしい。またもや自動ドアのように開くドアの後ろでは、ふかふかのカーペットと、さっきよりもダンディで、The・執事な、おじ様が待ってらっしゃった。声も渋い。好き。
「どうぞこちらへ」
おじ様執事さんの後につづいて、一歩踏み出す。
「うわあ」
思わず。声が漏れる。
高級ホテルのロビーといえばいいだろうか。高い吹き抜け、中央に見たことがない豪華なシャンデリア、その周りは透明なガラスになっていて、日の光が優しく差し込んでいる。
執事さんの後につづいて、正面の広い階段を上る。校舎や講堂の廊下とは異なり、青と白を基調とした空間は、洗練されつつも、押しつけがましくない、なんというかお上品な雰囲気でみたされている。
階段を上り切ると、半円形の空間が広がり、均等に5つの扉が並んでいる。左から、「木」、「火」、「土」、「金」、「水」の間なのだろう。それぞれを象徴するとされる動物が扉に掘られ、その目にはそれぞれを象徴する色の宝石がはめ込まれている。
「こちらが、テール・ルームでございます」
中央の扉の前で執事さんが静かに立ち止まる。
さっきまでの、観光モードから、一瞬で現実に引き戻された。
執事さんが扉を開くと、そこからさらに黄色の絨毯が敷かれた廊下がつづいている。
その先にも、高い天井まで続く、白い両開きの扉が1つ。
執事さんが、ドアをノックすると、昨日聞いたばかりのお姉様の声がした。
心の準備をする前に、扉が開かれる。すっと、お辞儀する執事さん。進みたくないが、進むしかない。
背筋を伸ばし、表情を整える。
王太子様に好かれたいわけではないが、嫌われたくないし、ましてやお姉様の妹にふさわしくないとか思われたら、排除されかねない気がする。もしもを思うと緊張で手が震えるが、それも気合で止める。
えーっと、確か、目上の方には自分から話しかけてはならないから、まずはお姉様に挨拶して……。
扉の先も、高い天井とこれまた広い空間が広がっていた。
必要だったか覚えてないけど、一応、まず入り口で「失礼します」と一礼して、お姉様と婚約者殿の位置を確認する。
中央には半円状のソファと1人用のソファが2つ、低めのテーブルの上に、2つのティーカップ。
「お姉様、遅くなってしまい申し訳ございません。高等部へのご入学、おめでとうございますわ」
身内に対するものなので、いくぶん簡略化したお辞儀をする。
「ふふふ、ありがとう、アンネ。そんなにかしこまらなくていいのよ」
微笑むお姉様の手には、新緑を基調に金の刺繍がほどこされた扇子。いかにもな金髪に、新緑色の瞳をもつ王太子カラーである。その横には、12歳の乙女が見れば赤面まちがいなしな雰囲気でお姉様を見つめる王太子が、至近距離かつ、もう片方のお姉様の手を握っているという状況である。
だが、高貴な方のことをじろじろ見るのはマナー違反。みないみない。うん、でも、視界に入るんだよぉ、なんでお姉様はそんな通常モードでいれるんだよぉ。
「リオネル様、こちらがわたくしの妹、アンネヘルゼですわ」
「お初にお目にかかります。アンネヘルゼ・リヴァルウェンでございます」
最も深い礼の形をとる。
「そうかしこまるな、ロゼの妹よ」
「はっ」
思わず軍人のような返事をしてしまう。
お姉様がまた扇子の後ろでふふふと笑った気配がした。
「ほら、アンネ、早く座ってちょうだい。ミルクたっぷりの紅茶でよかったわよね?」
「はい、お姉様!ありがとうございます」
「ロゼ、君は、家族にはそんな表情を向けるんだね」
「リオネル様、妹の前ですのよ、……少し恥ずかしゅうございますわ……」
ひぇー。おいおい、なんでそんな近くにいるのにいちいち耳もとにささやきかけるように話すんだよ。てか、お姉様、ほんと表情かわんないな。一応、困ったように眉毛が若干下がってるけど、まったくもって顔の色は変わらない。
金髪縦ロールツインテールの大人っぽい美人と、金髪碧眼(正確には新緑色)の美少年が甘ったるいどころか、ちょっといけない空気を漂わせながら密着している。なんとも強い絵面である。あー、帰りたい!
音もなく、さっきの執事さんが現れ、ミルクたっぷりの紅茶を音もなくサーブする。
あー、良いかおりだなー。わぁ、マカロンまであるー、うれしいなー。
「もう、リオ様……おふざけが過ぎますわ」
ほっぺを膨らますお姉様。あ、2人のときはお互い愛称で呼び合ってるんですねー、へー。ま、私、まだお二人の目の前にいるんですけどねー。
「ごめん、ごめん。ちょっと嫉妬しちゃった」
うん、これは溺愛ですな。砂糖甘々というか、むわんむわんって感じっす。今んところ、主従関係(ご主人側はお姉様)にはなさそうだ。ひと安心。うんうん。
頭ぽんぽんとかいう、これまたべたなことをして、お姉様に猫目で懇願されるような表情をしてもらってから、ようやく王太子殿下がこちらを向いた。
あー、正直、この人をお義兄様とか絶対呼びたくない。いや、仲がよろしいのはいいことだけどさ、初対面の婚約者の妹、それもまだ12歳の子の前で、こんないやらしい雰囲気かもしだしたまま、放置するとか、周りをみえてなさすぎっしょ。TPOって言葉、知ってるかい!
「はじめまして、アンネヘルゼ嬢、私も、アンネと呼んでもいいかな?」
「もちろんです、王太子殿下」
「そんな他人行儀な呼び方もよしてくれ、遠くない未来には家族になるのだから」
「……では、なんとお呼びすれば?」
後半のセリフは、もはやこっちを見ていない。いちいちお姉様を見るな。
おそらくここで軽々しくリオ様とか呼んだら殺される。つか、言葉だけ見れば優しそうだけど、さっきとは別人みたいに、こっちに向けてくる目は冷たい。だが、手はしっかりお姉様の腰に回されたままだ。
「ロゼはどう思う?」
はい、表情あまあま~。二重人格かっ!
「そうですわね……?」
ほら、お姉様も困ってるじゃないか。
「お義兄さま、とかはいかがでしょう?」
(え、まってまって、むりむりむり)
「そうか、ロゼがそういうなら」
(いや、まってまって、2人で完結しないで)
「それでいいな?」
わざわざお姉様に話を振り、お姉様のほっぺをなぜかなでなでしている姿に背筋がぞくっとした。15歳は確かにこの国で成人だけどさ。きもちわ……。
「返事は?」
「はい!よろこんで!」
ひっ、こわっ。
「あー、それと」
王太子の新緑の瞳が、金色に光った。あ、まずい。
「《ロゼのことを傷つけたら、いくら妹でも、許さぬからな》」
さっきまで不自然なくらいおさえられていた心の声と魔力が王太子を中心にあふれ出た。
低いささやき声が、ご親切にも耳もとまで運ばれる。風魔法の1つだ。
見えた色は、風魔法の水色と、お姉様がつけているブレスレットにまとわりついていた碧と金のグラデーション。反射的に目を細めてしまうくらい、その輝きは強い。
悪役令嬢の手足となってヒロインの邪魔をする悪役王子様、複数魔法の使い手ってだけでなく、まさかの精神魔法の使い手だってよ。ああ、誰か、嘘だと言ってくれ。
お読みくださりありがとうございました。
次回も日曜日更新です。




