第19話 一難去らずしてまた一難
「ほい、これ」
どうも、早速担任からお呼び出しをくらいました、公爵令嬢です。
これで、王子様とのご挨拶まで、さらに猶予ができたね、いえーい(棒)
「……これは?」
なんの説明もなくネックレスとか渡さないでほしい。
新手のナンパかと思うじゃないですかー、せんせーい。
「ん?魔道具だけど」
「……はあ」
オリエンテーション的なものが終わるや否や、このお方、まさかの心の声だけで呼び出してきたのである。
《アンネヘルゼ、お前の事情は聞いてるから、終わったら俺の部屋に来い》とかいう、わりとデカボイスで(特定の術者に向けられた心の声は、原則、その伝える意思の強さに応じて、大きく聞こえるのだ)。
あー、今頃ルーウェン、絶対怒ってるわ。
かといって、《あ、何声出してほしいの?そしたら変に注目されるし、弟ついてきちゃうんじゃね?》とか言われたら、こっちも目で分かりましたって伝えるくらいしかできないじゃん。
一応、ルーウェンには、お花摘みに行ってきますわ、とだけ伝えたが、心の中が《???》で溢れていたから、たぶん分かってない。ただ、その一瞬の隙をついて、速足で教室を出たから、いい感じに誤解してくれていたらいいなあ。
「お前、ほんとに心の声が読めるんだな」
「!……近いです」
「お、すまんすまん」
気がついたら、新緑の色をした瞳がわりと近くにあった。
全然すまないって思ってなさそう。
おもしれーって声、聞こえてますからね。読めるんで!
「んで、さっきも説明したけど」
「いえ、まだ説明されていません」
「あ、ばれた?」
にやり。
《ぼーっと別のこと考えてたから、だまされてくれるかと思ったわ(笑)》
……(笑)じゃねえんだよ。……おっと、いけないいけない。
「お前さ、3年のラウルと違って、制御ブレスレットつけてねえだろ」
「……はい」
「お前ん家の事情は聞いてるが、だからってもしもばれたときに、学園が野放しにしてたってなると困るわけよ、お前ん家、公爵家だし、特別扱いしたとか言われそうじゃん?」
「……はい」
制御ブレスレットというと、一般には、子どもが魔法の暴走をとめる目的でつけさせられる、魔法量を調整する魔道具だ。ただ、ここで言っているものは、おそらく読心術の使い手が一般的に一定の場所でつけることが義務付けられる、読む力を弱めることに特化した魔道具だ。これをつけると聞こえてくる声にノイズが混じり、流す魔力を上げれば上げるほどその騒音もでかくなる、というもの。
学園のルールとして、読心術の素養がある学生には、原則として学園指定の制御ブレスレットをつけなければならないらしい(一応、学園内にいるとき、という時間設定はされているようだ)。ただ、それは師匠の診断書的なもので免除してもらっている。
ってのも、碧の塔を出る前の最後から2番目の授業のとき、師匠立会いのもと、一度これをつけたとき、3秒くらいで気絶しましてね……、制御が下手なくせに魔力と適正だけはあるせいで、結果、複雑かつ大音量の騒音にさらされたんですよ。結果、その後、1週間、頭のなかで音がやまなくて、熱がでてるのに眠れない、地獄を味わいました。なぜか聴力までやられて、しばらくは補聴器(これもわりと高級な魔道具。ただし、チートな師匠が、自作のものを貸してくれた)生活でした。
回復した私(ただし、4キロ体重が減って、ちょっとやつれた)をみて、いつもちゃらちゃら、へらへらしている師匠も、珍しく真剣な顔で、心配してくれた。そんでもって、その事情を聞いた公爵家としても、娘に(妹に)そんなものを強制されてたまるものか!となって、国王陛下と学園に掛け合ってくれたらしい。
ちなみに、3、4歳あたりで既に読心術を使えたラウル兄さまは、そのことが母親にばれ、無理やり制御ブレスレットをつけられ(他の家族には無断だったようだ)、1カ月のたうちまわった挙句、自分なりに制御ブレスレットを攻略したらしい(by師匠)。
ま、そんなわけで、家の事情というよりかは、個人的体質と皆さまの思いやりに支えられ、制御ブレスレットが免除された、という話は聞いていた。だけれど、さすがにフリーってわけにはならないようだ。
だがしかし、制御なんてされた日にゃあ、来る将来、ヒロインに攻略対象の心情(攻略度合)をお伝えするという主たる役割が果たせなくなってしまう。それは、まずい。非常に、まずい。
ごくり。
目の前に置かれたネックレスを一応手にとる。
銀のチェーン、中央の丸い銀色の台座には、精神魔法の魔道具の媒体によく使われる琥珀がはまっている。
そんで、その周りから漂うのは……。
「ルーガル、お前の師匠らしいな」
やっぱりそうか。さすが師匠、こんなものまで作れるのか。
なら、あの人の性格的に、制御系ではなさそう。
「お友達なんですか?」
「……そりゃ、こんだけ身分と年齢が近ければな」
考え事をしながらも、一応会話は広げる。
そういやどっちかの人物紹介に2人の関係性が書かれていた気がする。
確か年齢はカイル先生が2歳年下。学園内でも社交でも、四大公爵家の人間はよくも悪くも目立つし、お互い家を継がない次男である点も同じだから、知り合いどころか、かなり交流もさせられたのだろう。
若干恥ずかしそうな顔をしていることから察するに、仲はけっこう良さそうだ。
「……あー、で、これの機能なんだが」
ポケットから、取り出された真っ白な石板には、同じ色合いの琥珀が四方にはめ込まれている。
複雑な古代文字で覆われた中央の空白。なんとなく、察した。
「お前が、読心術を使ったら、その日付、場所、時間、回数が表示されるらしい」
「……なるほど」
はいはい、報告系ですね。
「学園内に限定してあるらしいから、忘れそうならずっとつけておけ。無意識に発動する程度のやつは、感知されない仕様らしいから、そんなに神経質になる必要もない」
ほうほう。
「身に着けた時間、外した時間もここに記録されるから、着けてない場合は容赦なく呼び出す」
「……はい」
「あまりにも着け忘れが酷ければ、制御ブレスレットの着用も視野に入るから、くれぐれも忘れんなよ」
「はい!」
これほど怖い脅し文句があるだろうか、いやあるまい。
多用しても、制御ブレスレット着用ルートに行きそうだな。困った。初等部のうちに、どうにか解決法を見つけなければ……。
「着用記録と使用記録は、各学期ごとにルーガルとお前の父親に送付されるから、気を付けるように」
「……はい」
とほほほ。いや、特例を認めていただけている分、感謝してもし切れないんですけどね。
「何か質問はあるか?」
「……いえ」
ほんとは聞きたいこと、というか、どのレベルで感知されるのかを試してもみたい。だけど、それだとルールの穴をついていきます!って宣言しているようなもんだしなあ。
それにそろそろ教室に戻らないと、本当に弟がめんどくさそうだ。
カイル先生の部屋は、教室のすぐ上の階。読心術は、目を見れば、発動しなくてもある程度使えるけれど、本来は近くにいるだけじゃ、読むまではできない。だけど、感情の雰囲気的なものは近くにいて、かつ、どこら辺にその人がいるか分かれば、なんとなく感じ取れてしまう。
えー、つまり、おそらく弟のものと思われる、心配といらいらが混ざったようなオーラを下方向から感じてしまっておりまして、はい。
「……ん、じゃ、以上だ。帰っていいぞ」
「……はい、失礼します」
「おー」
早く戻らねばならない、だが戻りたくない。あ、これ、先生から一筆書いてもらえばいいんじゃない、「アンネヘルゼ嬢に用事があったので、呼び出しました」みたいに!
……いや、無理か。余計にややこしくなりそう。なんとなく、このネックレスの存在、伝えない方がいい気もするし。
「アンネヘルゼ!お手紙だよ!」
「……ひっ!」
のろのろと扉を閉めた瞬間、小さなカバンを斜めがけした赤い帽子の妖精さんが目の前に現れた。
めっちゃかわいい。でも、心臓に悪いから、そんな目の前にいきなり出現しないでほしい。
「アンネヘルゼ?」
この学園には、郵便屋さんと言われる妖精さんがいる。めちゃくちゃ広いのに、学園内は原則として従者や侍女の立ち入りは禁止されているし、前世みたいに一般に普及した通信手段もない。スマホに近い機能をもつ魔道具もあるっちゃあるんだけど、値段もめちゃくちゃ高いから、学園への持ち込みには許可が必要で、その審査もめっちゃ厳しい。
「ありがとう」
封筒には朱雀の紋章の封蝋印。つまり、お姉様か、ルーウェンからってこと。
「お返事、すぐ書く?」
「ええ」
開封すると、薔薇のかおり。お姉様からだ。
ああ。ついに。
「誰に書く?なんて書く?」
郵便屋さんが、紙と羽ペンをもって待ってくれている。
「2枚書きたいのだけど」
「うん」
「1枚目は、高等部のローゼリア宛で、承知いたしました、今からお伺いします、と」
「はーい」
さらさらっと書き上げられていく。
「2枚目は、初等部1年のルーウェン宛で」
ふーっ。ええ、まあ、これで、ルーウェンに対する言い訳は用意できたけど。
「お姉様に婚約者様を紹介されると言われたので、行ってきます。リファリオ様にはよろしくお伝えください。先に寮に戻っておいてください、帰宅次第、連絡します、と」
王子様方との面会を災難とか言っちゃダメなのはわかっている。けど、言わせてほしい。一難(第二王子)去らずして、別の一難(王太子)が来た。
お読みくださりありがとうございます。
次回も日曜日更新です。