第18話 攻略対象が1人、攻略対象が2人……
「在校生代表、中等部生徒会長、ハウル・ルーゼンベルク」
「はい」
深く濃い緑色の髪がさらさらとたなびく。齢14歳にして、この国で風の魔法の使い手としては、5本の指に入るといわれる美少年が、台上で爽やかな笑みを浮かべる。
貴族の子女だけあって、女の子たちもきゃーきゃーなどと騒いではいないが、私にはあふれ出した彼女たちの心の声が聞こえる。後方にいるご婦人の皆様のものとも思われる声も合わさって非常にうるさい。
ハウル・ルーゼンベルク。ルーゼンベルク公爵家の長子にして、木の塔を管轄する家の後継ぎにふさわしく、木属性に分類される風魔法と、木属性の上位魔法、雷魔法を初等部入学前から身につけていた天才(攻略本情報)。
……だが、私は知っている。彼が隠れナルシストであることを!
《きゃー、ハウル様、お噂どおりお美しすぎるわ……》
《あー、お声も素敵、こんなにお美しくて、賢くて、生徒会長様だなんてっ……》
目の前でうっとりしている新入生(男子を含む)および奥様方に微笑みかけつつ、よどみなく祝いの言葉を述べていく。ただでさえこの年代の1学年は大きいのに、年齢にしては高い身長と低めの声も相まって、ことさら大人っぽい、かっこいい先輩に見える。
《はぁ、これでまた僕のファンが増えてしまうよ。ふっ、僕ったら罪だなぁ》
皆憧れの生徒会長様のそんな心の声、……私だって知らずにきゃーきゃー叫びたかったっ!
「……姉様、うるさいです」
横に座った弟が、口を動かさないまま突っ込みを入れてくる。
「……なにも喋っていないわよ」
同じくひそひそ声で返す。
「雰囲気が、うるさい、です」
「っ!」
弟、ひどい。
「もうすぐ終わるんですから、じっとしていてください」
弟、ひ、ど、い。
そうこうしているうちに、在校生代表の挨拶が終わり、割れんばかりの拍手。
段を下りながら、また微笑みを振りまく生徒会長殿と、ちらっと目が合ってしまった気がする。いや、これこそ自意識過剰か。
《姉さん、考え事は今は、しない!》
へいへい。
◆◆◆
入学式が行われた大ホールから、ぞろぞろと移動する新入生の列。
広い学園に対し、こちとらまだ成長途中のチビである。ああ、教室が遠い。
誘導する妖精さんが、どんどん遠ざかっている気がするわ。むむむ。
ルーウェンと一緒に、もうちょっと散歩とかしておくべきだったかしら……。
「……まさか、もう疲れたんですか?」
「……」
弟よ。さっきから、君、当たりが強いんだよ。
というか、次期公爵殿下様よ、我が家のためにも、今は先に行って同じクラスの皆様との交友でも深めなよ。こんな徐々に列から離れていく、同い年の姉なんて置いていきな。
ため息でもつきそうな雰囲気のまま(お顔は無表情です)、さらっと手を差し伸べてくれる弟よ、ツンデレかっ!
「教室に着いた後、リファリオ殿下のもとにご挨拶に行きますからね」
「……はいはい」
さっきの新入生代表挨拶を思い出す。ルーウェンと同じく、正規の攻略対象である第二王子。さらっさらの金髪に角度によっては碧にも見える青い瞳。
「くれぐれも、悪目立ちしないでくださいね」
「……はーい」
少なくとも昨日の師匠とラウル兄さまに遭遇したのは、私のせいじゃない。それにあのときはどっちも認識阻害的な魔法が機能していたはずだから(ラウル兄さまによる寮内案内を除く)、別にまだ悪目立ちとかしてないし。
ちなみにルーウェンは、第二王子と既に面識がある。初等部への入学を許可する通知とともに、第二王子とのお茶会の席への呼び出し状が王家から弟にだけ届いたのだ。そんでそのお茶会以降、ルーウェンだけは何度か王子と会っている。
まあ、年齢も近いし、お姉様は王太子の婚約者だけれど、お父様は基本的に王太子派閥にも第二王子派閥にも属してないし、次期公爵様とお近づきになってゆくゆくは自分の派閥へ……みたいに思っている第二王子派閥の面々の思惑、すけすけですわ。
ルーウェンいわく、「王子殿下は、アン姉様と同い年とは思えないほど」大人で、非常に頭の切れる方、らしい。攻略本でもそう書かれていたし、さっきの代表挨拶する様子を見ていても、優秀な感じがすごくしました。はい。
だからこそ、私としては、精神魔法の使い手であることと、予言者であることを気づかれそうで、怖いんだけどねー。あー、さっきから、ちょっと手汗が出てる。乙女にあるまじきことだが。
もう、この廊下が永遠に続いてくれればいいのに……。という私の思いもむなしく、教室に到達した。
◆◆◆
「おーい、お前ら、さっさと席に着けー」
教室に入るや否や(私たちが最後だった)、ドアから入ってきた人物のおかげで、第二王子挨拶イベントまで、ちょっと猶予が与えられた。よっし。
教卓を中心に、扇形に広がる座席。特には指定されていないようだ。ありがてぇ。
しかも、前世ではこういうとき後ろの席から埋まりがちだったけど、このクラスはやる気のある人が多いみたいで、前の方が埋まっている。
《アン姉様、どこまで行かれるのですか》
ルーウェンも前の方に座りたさそうだが、それは却下で。
選べるなら、後ろの方がいいじゃん!前の方だと、他の人の視線とか気になるし。
軽い足取りで、最後列(といっても3列目)に座る。
しぶしぶ、といった雰囲気でルーウェンも横に座った。
階段状になっているため、背が低めな私からも十分教室中を見渡せる。
リアス様のお墨付きが必要なSクラスは、他のクラスと異なり、クラスの人数の定員がない。一応、Aクラス以下の中で3回トップをとれば、昇格試験なるものを受けられるらしい。ま、1年にテストは3回しかないから、少なくともこの1年は、メンバーは変わらない。
後ろ姿だけでも目を凝らせば、皆さんの活発な魔法の色が見える。さすが、Sクラス。
「よーし、揃ったな」
気だるげな感じで、教卓の前に立ったのは、さっきの生徒会長と色味がよく似た人物。
「俺は、お前らの担任、カイルだ」
カイル・ルーゼンベルク。攻略本には、27歳って書いてあるから、今は24歳のはず。
ルーゼンベルク家、現当主の年の離れた異母弟。なお、攻略対象ではあるが、正規の攻略対象の教師とは別の教師である(どうしても学園物で、攻略対象を増やそうとすると、教師も複数になるんだろう。知らないけれど)。
「この学園は、魔法師としても、人間としてもお前らが立派に成長するのに十分な人材、施設、クラスメート、最高の環境が整っている。その環境を最大限活かすためにも、お前らは、ここで学ぶ間は、平等に学生として扱われる」
乙女ゲームあるあるの学園内では身分は無関係、皆平等ってやつだ。とはいっても、外では相変わらず、がちがちの身分社会なんだから、すべてを忘れてってことはできないし、しちゃいけないけれど。
「だから、この学園内では、公式行事を除いて、家名を名乗ることは基本的に禁止されている。ってことだから、お前らには今から自己紹介をしてもらうが、簡潔に名前だけを述べて言ってくれ」
ほほーう。だから、さっき、先生も家名を名乗らなかったわけね。じゃあ、将来ヒロインちゃんが、王子殿下とかを呼び捨てにするのも学園内ではオッケーってことになるのか。
貴族にしてはあまり口がよろしくない(だが誰から見てもルーゼンベルク公爵家の特徴をもった)カイル先生にとまどいの雰囲気がただよっていたものの、よくしつけられた良家の子女ばかりということもあって、端からひとりずつ、自分の名前だけを名乗っていく(数人、ファミリー・ネームまで言いかけていたが)。
クラスメートは、全員で13人。これでも例年より多いらしいから、Sクラスってすごい。基本的に貴族は王家と同じ年に子どもを産もうとする傾向があるらしく、王太子と第二王子の代とその前後の代だけは10人くらい、他の年は、5~8人くらい。初等部の1クラスの定員が30人、高等部だと40人ってことを考えると、その少なさゆえに、選ばれし称号感がある。
前世でいうとまだ小学生の年齢にあたる子どもたちにもかかわらず、変なことを言う人もいないまま、スムーズな自己紹介が進んでいく。
「はい、拍手。じゃ、次」
カイル先生に目で促され、通路を挟んだ隣にひとりで座っていた少女がゆっくりと立ち上がる。
「はじめまして。シャルネ・ランス……、シャルネと申します。よろしくお願いいたします」
めちゃくちゃちっちゃい声ではあるものの、その鳥のさえずりのようなかわいらしい声は、見た目によく似合っている。小動物のように小柄で、色白、白い髪は複雑に編み込まれ、銀の大きな瞳は、今にも泣き出しそうにうるんでいる。
《よかったですね、アン姉様、女性がいますよ》
横からルーウェンが特大の心のつぶやきをとどけてくる。
ははは。そうだね、見た感じ、女の子って私とこの子だけだもんね。うん。だけどね……。
察しの良い方には、この時点で予想できるかもしれないが、実はこのクラス、私を除いた12人、全員攻略対象っす。
ふっ。私の笑みを見て、きっとルーウェンは勘違いしたことだろう。この唯一の少女と姉が仲良くしてくれれば、姉は一人ぼっち回避できるもんね。
だが、ここで残念なお知らせです。
ちょうど目があった美少女は、恥ずかしそうに少し頬を染め、すっと目を伏せた。
うん、かわいい、かわいいよ。私の100倍かわいいし、個人的にはヒロインよりタイプっす。
だけどね。
机の下で、すっと指輪を操作する。
私の目の前にだけ現れるパネルを視線の移動でめくっていく。
“シャルネ・ランスロット”
“ランスロット侯爵家の第三子”
“父の意向により、母の名前を受け継ぎ、女として育てられる”
……先に言っておくと、前世では多様性なるものがもてはやされるようになっていたが、これは王道の乙女ゲームである。
つまり、攻略対象であるこの美少女シャネル、性別は、……男。
あー。もう。既に気が重い。
なんで、13人もいて、女子1人やねん。私が逆ハーレム築いてるやないかーい。
……失礼しました。似非関西弁だめですね。はい。
ふー。だめだめ、気づいていることを悟られてはならぬのよ、アンネヘルゼ。
一応シャルネにやわらかく微笑み返し、心の中でもう一度深呼吸。
貴族の仮面を被り直し、すっと立ち上がる。
「はじめまして、アンネヘルゼと申します。皆様、よろしくお願いいたしますわ」
教師を含めると13人の攻略対象の26の目がこちらを向く。
叫びたくなる思いは気合で押さえる。さあ、やるのよ、私!
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