第14話 うちの師匠はデリカシーがない
「ねえねえ、君、アンちゃんと血がつながってないんでしょ~?」
馬車がスタートするや否や、第一声がこれである。
そもそも、なんで当然のような顔であんたも乗ってるんだよ。
「ええ」
ルーウェンの目つきがちょっと険しいのも、相手が同じ四大貴族の人間であることを考慮すると、ちょっとよろしくはない。
そもそも師匠よ、変装しているなら、本名を名乗らないで欲しい。そしたら、弟も、こんな不審者、さっさと追い払えたのに。
「え?だって、こいつらが僕の名前呼んじゃったんだから、違う名前言えなくなーい?」
肩の上の妖精たちを指す。妖精たちは、さっき師匠が取り出した棒付きキャンディー(リアス様の魔力入り)をもらって、すっかり機嫌を直している。
妖精は嘘がつけない。だから、師匠がいくらここで偽名を名乗っても、本名で呼ばれてしまう、ということだろう。
相変わらず、この人は息を吸うように人の心を読む。
師匠の姿を認識した瞬間、自分の心のガードを最大レベルまで引き上げつつ、ルーウェンの分もかけたんだけど、一足遅かったようだ。
師匠曰く、ポテンシャル的には、読む力と守る力は私の方が上らしいんだけど、師匠の精神魔法の特性として、いったん相手の心に入ったら、師匠の視界に入っている間だけではあるけども、自分が寝るまでその心を自由に歩き回れるらしい。
そういう魔法を使う奴もいるから、ほんとに大事な情報は、常に最大レベルで鍵をかけておけっていうのは、この人が初回の授業で教えてくれたこと。それ以降、私が転生者であることとか、予言の書の存在、内容については実践している。だけど、心を守るのにもそこそこ魔法力を消耗するから、常に全部を守ります!ってのは、現状、無理なんですよ、私には!
つか、だからさっき先に魔法を発動するために、馬車の影に隠れていたんでしょ、ほんと大人げない。
「あ、でも、僕も正体ばれちゃだめだから、アンちゃんと3人のとき以外は、僕の本名、呼ぶの禁止ね?」
「<約束だよ?>」
うっとおしい前髪に隠れた目が金色に光る。
一応、精神魔法は、人に対して故意に使うことが原則禁じられている。
ただし、この人は、例外だ。役職上、本人の意思で自由に使うことが許可されている。
そうだといっても、こんな気軽に使っていいもんではないはずなんだが。
一瞬、ルーウェンの瞳が濁り、こくんと首が縦に振られる。
これで、この人の精神魔法、言霊は完成だ。
これは、その名の通り、言ったとおりの言葉を現実にする魔法。精神魔法の最高峰とも言われ、代々ファリオット公爵家で受け継がれるものだ。いろいろと条件とかがあるらしいが、ファリオット公爵家の現当主の弟である師匠は、初代当主様以来の適格者らしい。魔法の継承も史上最年少の14歳で行っている。
もっとも、ならば、もっと幼少期から倫理観とか倫理観とか、教育してほしかった。
「ルーウェン、大丈夫?」
その横では、次にシャネルに同じように魔法をかけている師匠。
いや、そんなことしなきゃいけないなら、そもそも今、私に会いに来なければよかったでしょ……。
「この侍女さんには、記憶操作と睡眠魔法をかけておいたから、あとでうまくやってね~」
ほんと、なんでこんな人が、師匠なんだろ……。
「……では、なんとお呼びすれば?」
意識が覚醒したルーウェンの目は、もはや据わっている。
そうだよね、人前でその名を呼べないのに、親し気に話しかけてきそうな雰囲気あるもんね、この人。実際、たまに、自分で魔法かけたくせに、それ忘れて話しかけたりしてるからね、この人。
「えー、別に今後君に用はないと思うから、名乗る必要なくなーい?」
《師匠、いいかげんにしてください。》
「うーん、まあ、アンちゃんがそういうなら、名乗るだけ、名乗ってあげるねーっ」
ウインクいらねー。
「お初にお目にかかります。王宮からの使者、メサジェと申します、以後お見知りおきを」
わざとらしい一礼もちょっと鼻につく。
第一、普通、王宮からの使者が、Sクラスの貴族に名乗る場面なんてないでしょ。
「はい、これでいいでしょ?」
にっこり。叔父なだけあって、笑った顔がどことなくラウル兄さまを思い出させる。
「それに、別にからかいにだけきたわけじゃないよ~」
急に真面目な雰囲気をまとって、じっと、私の目を見る。
横で、警戒モードを高める弟。
「ラウルとももう3年くらい生で会ってないでしょ?」
「……はい」
胸の奥に、ズキンとした痛みがよみがえる。
「ま、会えてない、って言う方が正確だよね~」
つぶやくように言い直されても、私には何も答えられない。
唇をぎゅっとかみしめる。
「アンちゃん、僕は、ラウルの叔父だけど、君の師匠でもある。だからね、……」
師匠の目の奥に、一瞬、悲しみの色がよぎった気がした。
「ひとつ、忠告、というか、お願いをしに来たんだ」
何もわかっていないであろうルーウェンの心配そうな視線を横から感じる。
そんなひどい顔はしてないと思うんだけど。
だけど、安心させるような笑顔を浮かべる余裕はない。ただ、じっと師匠を見つめる。
《あいつを、……救えないなら、棄ててほしいんだ》
アンネヘルゼ・リヴァルウェンにだけ聞こえるその声は、少し、震えていた。
お読みくださりありがとうございます。
メリークリスマス!