第13話 寮への道が遠すぎる
瞬きを一つ。
急に周りが騒がしくなる。
大きな大理石の白い門が、日の光を反射して輝いている。
門のこちら側は、白い石畳で舗装された大きな広場があって、白い家々が並んでいる。どうやら、学生向けのお店らしく、学校で使う備品から、ちょっとしたプレゼントを購入できる雑貨屋さん、おしゃれなカフェもあるようだ。
門のあちら側は、これまた白い石畳がまっすぐ連なり、その先にもう一つの門が見える。
「ようこそ、アンネヘルゼ・リヴァルウェン様」
「ようこそ、ルーウェン・リヴァルウェン様」
さっきの二人の妖精が、気づけば馬車の中にいた。
「初めまして、アンネヘルゼ・リヴァルウェンですわ」
どうすればよいか分からないので、とりあえず名乗っておく。
いや、うん、君らがちゃんと私が誰か分かっているってことは分かってるんだけどね。ほら、挨拶って大事でしょ?
ほら、妖精さんの笑顔のきらきら度も増した気がするし。
「僕が、アンネヘルゼ・リヴァルウェン様を担当するアンだよ!」
「私が、ルーウェン・リヴァルウェン様を担当するドゥだよ!」
人生初妖精、めっちゃかわいい。
この世界って、ほんと結構ファンタジー要素がてんこもりなのです。
攻略本でも一応妖精は登場するけど、やっぱり動く実物からしか得られない癒しがありますわ。
ちなみに彼らはよく物語に出てくるような、人間、魔族みたいな種族ではなくて、リアス様が自分の余剰魔力を具現化して創った存在、ってことになっている。
だから使い魔とか式神みたいなイメージが近い気がする。
彼らは、普段はこの聖リアス学園の中にのみ存在していて、学園の結界を守りつつ、中にいる学生を守護したり、先生のお手伝いをしたりしてくれるらしい。
そんでもって、姿かたちはその年齢によるはずだから、12歳の私の3分の1もない大きさの彼らは、おそらく年若い方なんだと思う。
ちなみにちなみに、彼ら、羽はないのに飛びます。なんで羽がないのかは知りません。
「……アン姉様」
おっといけない。また意識を他所にやってたわ。
横では、既にルーウェンがドゥからリボンを受け取っている。
そんでもって、私の目の前では、笑顔を維持しつつ、リボンを持ったままアンが停止している。
「ごめんなさい、いただくわ」
紺色の光沢のある布に金の糸で刻まれた刺繍。かっこいい。
「Sクラスへのご入学おめでとうございます!」
「ありがとう」
受け取るものなのかと思って手をだしたのに、アンの手からキラキラ光った次の瞬間、リボンが制服の胸元におさまっていた。
なんだか、頭の中で勝手にハリー〇ッターのテーマソングが流れてしまう。どうしよ、めっちゃわくわくしてきた。
「それでは、今から寮まで案内いたします」
「この門から先は、外の馬車では通れませんので、いったんお降りください。お荷物は、すべてあちら側に待機してある馬車に移させていただきます」
ドゥが手を一振りすると、もう荷物が消えている。
風魔法だろうか?さすがリアス様の子どもたち(いや、正確には子どもじゃないが)。
馬車から降りたつと、改めて街のにぎやかさに目を奪われる。貴族の令嬢だとあまり街には降りれないから、なんだか新鮮だ。
ほとんど身長が変わらなくなったルーウェンが、エスコートするように手を差し出してくれる。
出会った頃は私の方が、頭一つ分くらい高い印象があったのに、気づけば同じ目線になっている。攻略本の彼は、すらっとした見た目をしていたはずだから、まだ伸びるんだろう。
門から門へ、子どもがゆっくり歩いて5分もかからない距離だが、門のサイズが大きすぎて歩き始めると意外と長い。
道の両端には、等間隔で国王や偉人の像が並んでいる。リアス様の像は、さっきの広場の中心にあった。
すれ違うおそらく先輩にあたるであろう学生たちの目線を強く感じる。
学園の結界に入る方法がかなり制限されているし、特に新入生は細かい手続があることもあって、入寮手続きは1週間にわたって実施されているらしい。
そんでもって、入寮してから入学するまでは外出が制限されることもあって、皆できるだけ遅く入寮することを希望するから、いろいろあって下位クラスの生徒から入寮させられることになったらしい。
だから、今日、妖精に連れられて入ってくる私とルーウェンが、リアス様の推薦がなければ入れないSクラスの生徒であるってことは、日付的にも明らかなわけだ。
まあ、家柄とかお姉様の存在とかもあって、私たち自身も既に知られているから、こんなにちらちら見られるんだろうけど。
ううう、他人がたくさんいる空間自体が久しぶりすぎて、少し緊張する。
「アン姉様」
ルーウェンの親指がきゅっと触れる。うん、そうよね、四大公爵家の人間として堂々としなくちゃ。
私もルーウェンもまだ社交的な場にでたことがない。その分、周りに注目されることはこれからしばらく続くだろうし、今、下手にびくびくした姿を見せるわけにはいかない。
「疲れちゃいました?」
先導していたアン(ドゥかもしれない)の声で、気合を入れ直す。
「いいえ、大丈夫ですわ」
二つ目の門も、一つ目の門とそっくりだが、さっきと異なり、いかつい顔の門番が立っている。
結界といい、この二つの門といい、学園が世界一安全な場所と謳われている理由がよく分かる。
二人の先導のもと、門をくぐると、さっきと同じような広場が広がっている。
その先には、3本の道が続き、中央にあるのは、何度も攻略本でみたあの景色。
「右側の道は、初等部の皆様が暮らされるアンファン寮に」
「左側の道は、高等部の皆様が暮らされているアデュルト寮に」
「そんで、見ての通り、中央の道は、聖リアス学園に通じてるってわけよ」
アンとドゥがそろって説明しようとしたセリフを奪った男が、門の前に停められた馬車の影から颯爽と登場した。
「「ルーガル!!」」「げっ」
おっと、いけない。令嬢らしからぬ声を出してしまった。
まあ、アンとドゥの声でかき消えたはず。うん。
いや、弟よ、そんな顔で見ないで。お姉ちゃん泣いちゃう。
「「なんで「僕ら」「私ら」のセリフをとるのー!」
奴が二人に責められている隙にさっさと馬車に乗り込んで出発したい。いや、二人がいなきゃ進まないのか、この馬車。
「やだなぁ、2年ぶりの再会だっていうのに、そんなツレナイ態度とっちゃうわけー」
横で、ルーウェンが警戒モードに入っている気配を感じる。うん、わかるよ、不審者だよね。
「お初にお目にかかります。リヴァルウェン家公爵家が次女、アンネヘルゼ・リヴァルウェンと申します」
だがしかし、ここは公共の場、こっちの広場はそれほど人がとどまってはないけど、それでも他の学生が絶え間なく通行している以上、変に目立つわけにはいかない。
そもそも公式には会ったことがないことになっているはずだから下手なことはいえない。
「やだなぁ、そんな他人行儀で話されちゃうと、かなしいなー」
いつもながらへらへらしているくせに、全然目が笑ってない。
誰が聞いているか分からない以上、不用意な発言ができないのはもどかしい。
しかも、いつものご自慢の銀髪を、くすんだ茶髪にしているってことは、あんたもお忍びで来てるんじゃないのか。
こんなとこで、この人との関係がばれたら非常に困る。
お父様との約束を早速破るわけにはいかないのに!
「いえ」
《調子に乗るのはやめてください》
「紹介させてくださいませ。わたくしの弟、ルーウェン・リヴァルウェンですわ」
《えー、ちゃんと防音魔法かけてるしー、認識阻害までかけてあげてるんだよー、だから、いいじゃーん》
「……お初にお目にかかります。ルーウェン・リヴァルウェンと申します」
なんてよくできた弟なんだ。全く状況を呑み込めてないだろうに、きちんと私の意図をくみ取って、こんな不審者にも挨拶するなんて。
ちなみに、防音魔法も認識阻害魔法も、補助具なしに使える人ってたぶんこの国に5人くらいしかいない。私だってもちろん使えない。
「ふーん。どうもー」
いや、あんたも貴族だろうが、ちゃんと挨拶しろし。
「僕はね、ルーガル・ファリオット!君のお姉さんの師匠さ!」
ああ、早く、寮に行きたい。
私とラウルの師匠にして、ラウルの叔父、そんでもって攻略対象の一人、ルーガル・ファリオット(27)は、もう一度、すんごい良い笑顔を浮かべた。
お読みくださりありがとうございます。
ブックマーク登録や評価もしていただけますと、とても嬉しいです。