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六話

「占い、役に立った?」



 登校してきて挨拶をするなり、真水陽子は僕にそのように言葉を投げかけてきた。












 昨日と比べて二十分早くの登校になったので、教室にはまだ誰もいない。

 クラスメイトが登校して来るには、もう少しかかるだろう。

 席に着いてそう考えた矢先に、教室の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

 開いたばかりの本を閉じて入り口を見やれば、真水陽子がそこに立っていた。



「蟹江君、おはよう」


「……おはよう、真水さん」



 いの一番に僕に挨拶をした彼女は、昨日と変わらない僕の姿を認めると、ニコニコとしながら後ろ手に引き戸を引いた。



「占い、役に立った?」


「うん、おかげさまで。見ての通り、どこも濡れてないよ。ありがとう」



 僕からの感謝を耳に抱き留めながら、彼女は荷物も置かずにそばまで歩いてくる。



 僕は目の前に立った真水さんを見つめながら、真剣な、そして強張った表情を彼女に見せながら聞いた。



「真水さんって、人間じゃなかったりする?」


「えっ。ふふふっ。やだ、真剣な顔して何を言うのかと思ったら。あははっ!」



 今までで一番笑われた。

 ひょっとしたら次の瞬間には殺されるんじゃないか、ってくらいの覚悟と度胸を胸に秘めて口にした言葉なのに。



「渾身のギャグは却下したくせに。笑いすぎでしょ」


「あはははは。ふふ、じゃあ、私が人間以外の何に見えるの?」


「神様」



 人間以外にこんな意地悪な存在はそれくらいしか知らない。



「ぶっぶー、違います。私は人間です」


「じゃあなんで未来予知なんて……」


「別に未来予知なんてしてないよ。私は何も特別な能力とかは持ってないし」



 少し落ち着いたのか真水さんは笑い声を止めて、しかし未来予知はしていないし、特別な能力もないと言う。



「じゃあ木星人?」



 割と真面目にそう尋ねると、彼女はまた爆笑し始めた。



「あははは。嘘でしょ、何でそうなるの。ふふふっ」


「だって知能指数三百の大天才ノイマンが火星人だったらしいから、なら火星の次で木星かなって」


「ふふふっ。地球最後の木星人が、ふっ、かにゃ、蟹江君の目の前で笑い死にそうになってるよ。どうする? あははっ」



 木星人が笑い死ぬだなんて、寡聞にして存じ上げません。



「もう、意味が分からないよ。助けてみずえもん」


「ふふふふふっ。はいはい。大丈夫だから」



 真水さんは、見えもしないお化けを怖がる幼児をあやす様に、僕の頭を優しく、優しく撫でた。



「死ぬほど笑ったんなら、お代は足りるでしょ? 説明して欲しいんだけど」


「うーん、お代は足りるけどまだ水揚げ前かな。船が戻るのにはもっと時間がかかるよ」


「えぇ……どうすればいいの」


「そのうち美味しいカニ足を口に投げ入れてあげるから、しばらく口を開けて待っててね」



 困惑している僕を尻目に、彼女は一人で言葉遊びを続けている。



「口をずっと開けてるのも疲れるんだよ。僕は平穏な高校生活を送りたいんだけど」



 そう(のたま)う僕に向けて、真水さんはやっとまともに話すようになった。



「無難な高校生活が良いんだもんね。うんうん、占ったから知ってるよ。そのために必要だから、しばらく我慢しようね」


「えぇ……」



 解決したようでその実、何にも解決していない。



「結局、説明出来ることは何もないってことなの?」


「ん? うーん、そうだね! 悪いようにはならないから、大人しく高校生しようね」



 そう言われてしまっては、もう僕には出来ることもない。



「そろそろ誰か来るだろうし、席に戻るね」



 真水さんは、そう言っていつの間にか床に落としていた荷物を拾い上げ、自分の席に戻っていった。



 もう僕の頭の中は穴空き状態の過熱状態だ。

 真水さんは何でも知っていて、僕は何にも知らない。

 大人と子供ほどの差があるように感じられて、泣き出したい気分だった。

 こんなに情緒不安定になったのは生まれて初めてかもしれない。

 最悪の気分だ。

 実は世界には魔法を使える人がいて、真水さんがそうなんだと言われた方がスッキリしそうなくらい。

 アフリカでは魔術信仰が盛んだと聞くけれども、もしかしたら真水さんもそういう類の、でも本物だったりするのかも。



 今朝のやり取りで学んだことは一つだけ。

 突然DMを送ってくるストーカー女の真水陽子よりも、魔女の真水陽子はもっと酷かった。





 気づいたら昼休憩になっていた。

 誰かに話し掛けられていた気もするけど、思い出せない。

 聴き慣れたチャイムの音がしたなぁと思ったら、岸田さんが後ろから僕の両肩を掴んで、ガタガタと揺らしていた。



「岸田さん、ガタガタ言わすなら肩じゃなくて奥歯だよ。やり方は知らないけど」


「えええ! そんなことしないから! てか、やっと反応したし!」



 岸田さん曰く、朝からずっとボーッとしていて、廃人みたいに何の反応も見せなかったらしい。

 迷惑をかけたようで申し訳なくなった。



「別にいいけど、お腹空いたからご飯行くよ!」



 今日は彼女の底抜けの明るさがありがたい。

 僕と彼女を混ぜて半分にちぎったら、いい感じの人間が出来そう。



学食のメンバーは昨日と同じ。

真水さんは縞ホッケ定食、岸田さんはハンバーグ定食、僕はナポリタン。



「それで、蟹江君今日はどうしたの?」



岸田さんが珍しく落ち着いた、と言うか神妙な面持ちで僕に事情を聞いてくる。



「魔女にピタバイト級の重いのをインストールさせられたんだ」


「魔女? インストール?」



岸田さんは訳が分からないと言った顔でオウム返しをしてくれた。

まあ、僕も訳が分からないから同じだよ。



真水さんの方を見ると、恐らく魔女に反応したのか項垂れている。

可哀想になったので言い直すことにした。



「いや、魔女じゃなくて美女だった」



真水さんは少し持ち直していた。

意外と単純だ。



「魔女じゃなくてビジョ? ビジョって何?」



岸田さんは魔女が美女になったので、脳内変換が出来ていないらしい。

仕方ないので説明することにした。



「美女はかなり珍しいやつなんだ。めったに見かけないし、見つけたと思って捕まえようとするとすぐに逃げちゃうんだよ。僕もどうせなら美女を捕まえたいよ」



真水さんは気付けばニコニコと縞ホッケを食べていた。

結構単純だ。



「うーん、ツチノコみたいなの?」


「似たようなもん」


「へぇ〜」



最重要課題は達成したので、岸田さんは煙に巻くことにした。



「後は近縁種に、キーシ=ダ・ハールカっていうのもいるんだけど、それは世界に一体しかいない超レアモンだよ。この辺で目撃情報があるから、探してみるといいかも」


「へぇ〜! なんか私と名前似てるね。親近感湧いて来た。今度探してみようかな」



岸田さんも僕らと同じ入学試験を突破してきたはずなんだけどな。

世の中は不思議だなぁ。

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