三話
ホームルームが終わり、その後は特に何事もなく解散になった。
帰り際にチラッと真水陽子の方を見ると、何人かの女子が彼女に話しかけていた。
県外から来ている子は少なかったし、東京からは彼女だけだ。
おまけに美人。
然もありなん。
朝同様に一人で電車に乗って、戸建ての我が家に帰宅する。
兄弟はおらず、両親はどちらも会社員をしているので、まだ昼過ぎのこの時間には誰もいない。
二階の自室に上がり、制服のブレザーとスラックスはハンガーにかけ、ジャージに着替えてシャツは一階に降りて洗濯機に放り込む。
母が昨晩の食事を冷蔵庫に取り置いてくれていたので、電子レンジで温めてから食べた後は、朝の洗い物が残っていたので一緒に片付けてしまう。
今日は金曜日なので、二日と半日は予定ががら空き。
特に学校の課題が出ているわけでもなく、やることも無いので小説の続きを読もうとするが、内容が頭に入ってこない。
読み直しても視線が文字の上を滑るばかりで、頭の中で文章はまるで意味を成さない。
こういう時は何をやってもダメなのが分かっているので、栞を挟んで本を閉じ、ベッドに寝転んで目を閉じる。
どうも僕は彼女のことが気になって仕方がないようだ。
勿論、異性として気になるという話ではない。
彼女が男だったとしても、おじさんでもおばさんでも。
気づくと部屋は暗くなっていた。
部屋を出ると下から明かりが見えるので、母が帰ってきているらしい。
「お母さん、おかえり」
「ただいま。洗い物ありがとうね。声かけても起きなかったけど、学校どうだった? 疲れた?」
母は晩御飯の支度で手が離せないようで、こちらに目を向けることなくそのまま話す。
僕は台所に回ってシンクで手を洗い、
「手伝うよ」
「じゃあレタス洗って五枚ちぎって頂戴。それで、学校はどうだったの?」
母は学校のことが気になるようなので、ついでに相談することにする。
「皆中学校バラバラみたいで、僕と似たような感じだったよ。進学校だからか、変な不良っぽいのもいなかったし」
洗ったレタスを一枚ずつ剥いで、一口大にちぎりながら話す。
「そうなの。友達は出来た?」
「いやまだ。あまり話すタイミングがないまま解散になっちゃったし。でも一人だけ変な女子いた。レタス終わったよ、次は?」
「トマトスライスして。どんな子なの?」
サラダ用のレタスの次はトマトをスライスする。
僕はトマトが嫌いなので、何も言わずに端っこの種が入っていない部分を薄く切って自分のお皿に入れた。
「東京から来たらしくて、芸能人みたいな綺麗な子なんだけど、自己紹介始まる前からずっと僕の方を見て睨んでた」
「ええ? かなた、その子に何かしたの?」
「するわけないじゃん。知らない子だし、教室入ってから初めて見た子だし。真水陽子って子だけど、お母さん知らないよね」
「真水さん? 聞いたことないわよ。あ、ドレッシング作って頂戴」
お酢とオリーブオイルを大さじで量り、小皿で混ぜて味見をする。
「だよね。ずっと僕のこと見てたのはよく分かんないけど、でも話しかけられたりもしなかったしなあ」
「かなたに惚れたんじゃないの」
「ないない。完全に睨んでたし。見つめるって感じじゃなかったよ。知らない美人が眉間にしわ寄せて睨むんだよ。怖いよ、普通に。はい、サラダ完成」
「ありがと、もういいわよ。うーん、でも入学初日で知らない男の子を睨まないもんねえ、普通。男の子同士なら単純そうだけど、女の子相手で変に拗れると怖いわねえ」
手伝いはもういいらしいので、僕は手を洗ってサラダの乗ったお皿を食卓に置き、リビングのソファに座ってテレビの電源をオンにする。
「まあまだよく分かんないし。何かあったら、保護者同士の話とかになっちゃう前にちゃんと話すよ」
「はいはい、お願いね」
父が帰ってきて、三人で晩御飯を食べながら同じ話をしたけれども、三人揃ってよく分からないね、と結論づけるだけだった。
午睡のせいか夜は中々寝付けず、小説を読むうちに空が明るくなってきてしまった。
人に話して少しはすっきりしたのか、文字がいつも通り頭に入ってきたのは良かったのか悪かったのか。
そこから寝て起きた頃にはもう昼前で、土曜日を半日潰してしまった徒労感に苛まれながら、また一日が始まる。
父は土曜日も仕事で、母はどこかに出かけているらしい。朝御飯がそのまま残っていたので、歯磨きをしてから食べてしまう。
自室に戻ってベッドに寝転がりスマホを見ると、SNSにDMが来ていた。
ほんの十数分前のようだ。
どのSNSでもアカウント名は本名ではなく、投稿も連絡用と割り切って一切していないので、中学の同級生ぐらいしかDMを送ってくる人はいない。
開いてみると、送り主のアカウント名は"water_yohko"。
『蟹江君で合ってる? 真水陽子です』
「うわっ!」
驚いて思わずスマホを落としてしまう。
昨日は誰にもアカウントを教えていないのに。
『なんで? 昨日誰にも教えてないんだけど?』
つっけんどんな言葉にも関わらず、気にしないかのようにすぐ返事が来る。
『秘密。変な方法で知ったわけじゃないから安心して。他の子は誰も知らないし』
『秘密って……。何の用? 昨日めっちゃ僕の方睨んでたよね。何かした覚えはないし、初対面だと思うんだけど。むしろ話してもいないから、何なら未対面なんだけど』
怖すぎる。
何だよ、秘密って。
ストーカー?
ホラーかよ。
『大丈夫、合ってるよ。うん、初対面かな。DMだけど話してるから、もう未対面じゃないね。何なら、もうDM三回目の送信だから初対面でもないかも? 睨んでた……のは、知り合いにすっごく蟹江君と似てる人がいて、それでちょっと凝視しちゃっただけ。ごめんね』
何で僕のアカウントを知っているのか、言う気はなさそう。
でも滅茶苦茶安心した。
ドッペルゲンガーがいたから気になって見てただけってことか。
『前世は探偵か何かなの? まあ怖い人じゃなさそうで良かったけど……。目立つ女子に初日からガン飛ばされて、高校生活いきなり終わったかと、昨日ずっとビクビクしてたよ。両親にまで相談したし』
『あはは。本当にごめんね。むしろ仲良くしてもらえると嬉しいかな』
やっぱりアカウントのことはスルーされる。
何考えてるのか、良く分かんないな。
『それはいいけど。じゃあ、ドッペルゲンガーが気になったからDMしただけ?』
『ドッペルゲンガーって笑 どっちも見ちゃったから私死んじゃうじゃん! でも、そうだよ。変な理由じゃないから、安心してね』
良かった。
いや、良くないけど。
とりあえず、高校生活が初日から破綻することは避けられたらしい。
『ドッペルゲンガー見て死ぬのはこの場合僕の方じゃない? 怖いから、その人の写真とか絶対に見せないでよ。てか、そのアカウントで投稿とかしてないよね?』
『あ、そっか。うん、大丈夫! 写真とかは持ってないよ。心配させちゃってごめんね。DMもいきなりしちゃったし。これから仲良くしようね。また月曜日に!』
会話が噛み合っているようで、噛み合っていないような。
何だろう、この違和感。
全然、本当のことを話してもらった気がしない。
でも気遣いというか、心配りは何故かされている感覚。
まあいいや。
女子から滅多打ちにされる地獄の高校生活は回避出来た。
卒業まで無難にやれれば、それでいい。
続きを読みたいと思った方は、下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします!作者のモチベが上がります!




