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二話

「皆さん、ご入学おめでとうございます。君達はそれぞれが勉強を頑張った結果、入学試験を無事に合格し、この桜明館高等学校で轡を並べて行くことに────」



 春だ。



 入学式と言えば、校名にも入っている桜の花が咲く頃。

 生憎、季節外れの大型台風でほとんどが散ってしまって、桜の木は丸裸だ。

 僕はそういうのにあまり感慨を覚える(たち)じゃないから気にならないけど、周りからは残念がる声が聞こえてくる。



 在校生の祝辞や先生方の挨拶。

 皆が静かに聞いている。

 式が終わった頃、どれくらいの生徒が彼らの話を覚えているのだろう。

 僕の頭にはそもそも入って来ない。



 地元の公立中学校を卒業して、高校は電車で一時間かかる名古屋の私立進学校に入学した。

 いじめられて地元を離れる、とかではない。

 ただ地元に進学を前提とした学校がなかったから、どうせなら、と自宅から通える範囲で進学実績の高い高校を選んだだけだ。母が。



 田舎で始発駅だから、朝は普通に座れる。

 おかげで勉強でも小説を読むでも好きに出来る。

 自転車を何十分も走らせて朝から汗をかかなくてもいいから、多少の早起きは必要だけど満足している。



 それはさておき、同じ中学校からここに入学した生徒がいないのは、既に中学校に問い合わせて知っているから、今ここに僕の知り合いは一人もいない訳だ。



 だから、マイクとスピーカーから聞こえてくる言葉は頭に入って来ず、一人ぼっちの不安とその緊張に襲われて、一人内心で震えているのだ。



 恋人が出来たことはない。

 勉強に集中していたから、好きな子が出来てもその気持ちに蓋をして、たまに目で追いかけるくらいで満足していた。



 でも友達は人並みにいたと思う。

 いじめのない学校なんてないんじゃないか、ってくらい、最近は良くいじめのことが世間で話題になるけど、たまさかウチの中学校ではそういうことはなかった。

 少なくとも僕の知る範囲では。

 皆、お互いに同級生として普通に会話するし、それなりの仲だったから、その中でも特別良く話すような間柄の子は何人かいた。



 昔から、自分は他人とちょっと違うんじゃないか、って感じることはあっても、他人と同じように振る舞うことは出来たから、幸い仲間外れにされるようなことはなかった。



 不安はあるけど、まあ皆も僕と同じく大学に進学するつもりで勉強をしに来ているわけだし、余程変なことをしなければここにいる間の友達は出来るだろう。

 附属中学校もないはずだから、多かれ少なかれ、皆が同じような立場のはずだ。



「──終了します。それでは在校生が案内をするので、教室まで一緒に着いていき、席に座って担任の先生が来るまで待っていてください」



 いつの間にか式が終わっていたようで、それぞれのクラスまで男の先輩に従って歩いていく。



 先輩によると、二十分ほどで担任が来るらしく、それまで指定の席に着いて自由にしていいとのこと。

 僕の席は一番左、窓側の後ろから二番目だ。

 まだ少し肌寒いので、陽の当たる席は嬉しい。



 全員が席に着いたのを確認した先輩が教室を出ると、何人かが喋り出す。

 やはり彼らはお互いに知り合いのようで、入学前に出された大量の課題について、大変だったと口を揃えていた。



 ふと、誰かに見られているような感覚。

 教室をぐるっと見回すと、一人の女子が僕を見ていた。

 いや、(にら)んでいた。

 思わず目を逸らしてしまう。

 気のせいだろうか、もう一度恐る恐る彼女を見てみれば、相変わらずこちらをじっと見ている。



 ちょうど、僕とは正反対。廊下側の、後ろから二番目の席に座る彼女に見覚えはない。

 髪の毛はセミロングで下ろしており、日本人らしい、でも整った綺麗な切れ長のアーモンドアイ。

 眼鏡はしていないが、コンタクトレンズだろうか。

 鼻梁も真っ直ぐ、程々の高さで、端的に言って美人だ。

 アイドルと言うよりかはモデルって感じの。

 黒革のジャケットを着てバイクに乗ったら、さぞ映えるだろう。

 背中に棒でも貼り付けているかの様にピンと伸ばしたその背筋は、どことなく真面目というか、実直さを表しているような気がする。



 正直、好みのタイプ。

 と言うか、嫌いなんて言うやつはいない気がする。

 男女どちらでも。



 でも、そんな子から睨まれているかと思うと怖い。

 戦慄してしまう。

 あんな子、人気者になるに決まっている。

 その人気者に初日からいきなり睨まれるほど目をつけられている、下手したら嫌われている男子。

 どんな扱いになるかなんて明白だ。



 何度見てもこちらを見ており、何かの間違いではないように思える。

 地元にあんな綺麗な子はいなかったし、いたら同年代では必ず噂になる。

 かと言って、今日ここに来るまでの間も見かけなかったと思う。

 大人しく電車に乗って、降りてからは入学式のあった体育館まで人の流れに乗って歩いてきただけだ。

 誰かにぶつかっただとか、足を踏んだだとか、そういったことも記憶の限り、ない。



 ……何故だろうか。

 余程僕の見た目が気に入らないのだろうか。

 今のところ、誰かから嫌われる要素として、見た目以外に判断出来る物はないように思える。

 でも、僕の見た目は十人並みだと思う。

 誰かに容姿のことを悪く言われたことはないし、良く言われたこともない。

 中肉中背で、清潔にしている。

 髭も剃っている。

 と言うか、体毛は元々薄く、大して生えていない。



 客観的に見て、第一印象のみで嫌われるような部分は持ち合わせていないはずなんだけどな。



 時折、彼女の方を見つつ、ぐるぐると頭の中であれこれ考えていると、ようやく担任の先生が教室に入ってくる。

 男の先生で、名前は船橋先生だそう。

 今日は昼までホームルームで、全員の自己紹介をして、課題の提出とか週明けからの登校の流れの説明だとかをするらしい。



 先生(いわ)く、同じ中学校からの進学者はそれぞれ一人いるかいないか程度なので、自己紹介は時間を多めに取ってしっかりやるとのこと。



 先生の鶴の一声で、出席番号の若い順で自己紹介することに。

 僕は四番なので大分早い。

 何を話すか考えていると、もう僕の番になる。



 その場で起立し、

蟹江(かにえ)かなたです。碧南の自宅から電車通学です。中学校も地元の公立校で、こっちには知り合いがいないので仲良くして下さい。小説を読むのが好きで、村上春──」

 と前の三人を踏襲したありきたりな自己紹介をする。



 そのまま順番に自己紹介は進み、二十九番目、例の彼女の番になった。

 このクラスは三十人なので、残りは彼女含めて二人だけだ。

 やはり彼女は目立つのか、心なし皆の視線の集まり方が違うように感じる。


真水陽子(まみずようこ)です。東京から来ました。こっちに父が転勤することになったので、私も一緒に来た形です。宜しくお願いします」



 他の人たちと違って、随分とあっさりした自己紹介だった。

 東京からということは、やはり僕と彼女に面識はない……はず。

 蟹と水で相性はそんなに悪くない気もする。

 でも水に嫌われたら干からびる。

 どうしよう。

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