第六十四話 前世のわたし・ずっと手をつないでいたい
そんなある日。
初夏の夕方。
「これから少し庭を歩かないか? 主治医から許可はもらっている」
そう殿下は言ってくれた。
「もちろんいいですわ」
わたしはうれしくなった。
病気の方は小康状態が続いていて、今日は気分が良い方だ。
「じゃあ、行こう」
「よろしくお願いします」
殿下は、病床からわたしが立ち上がるのを手伝ってくれた。
その時の殿下の手。
ほんのわずかの時間握っていただけだったが、胸のドキドキが大きくなった。
庭を歩く。
新緑に包まれ、さわやかな風が吹いてきて気持ちがいい。
これって、デートなのかな?
と思う。
男女が二人で一緒に歩いているのだ。デートと言ってもいいと思う。
殿下はどう思っているのだろう。
お誘いをしてくれたということは、デートだと思っているのではないだろうか。
いや、殿下からはまだ告白はされていない。
告白され、恋人どうしになってからじゃないと、デートとは言えないのでは。
そういうことを思って、殿下の方を見る。
さっきまでは、微笑んでいたのだが、少し厳しい表情をしている。
殿下は、何か悩んでいるようだ。
どうしたんだろう……。
そう思っていると、わたしは、段差のあるところでつまずいてしまった。
あら、いけない!
転びそうになった瞬間、差し出された手。わたしの手をつかむ。
「大丈夫?」
殿下は心配そう。
「転ばないですみました。殿下、ありがとうございます。大丈夫です」
やさしい気持ちが流れ込んできた。
わたしの心は沸き立ち始めた。
「転ばなくてよかった」
殿下はホッとした様子。
しばらくの間、わたしたちは手をつなぎあっていた。
このまま手をつないだままいることができたらいいなあ……。
そう思っていたのだが。
「ごめん。手をつないだままだったね」
そう言って、殿下は手を離そうとする。
わたしは、
「殿下、わたし殿下と手をつないでいたいんです。わがままと言って申し訳ないのですけど。もしよろしければ」
と言った。
この言葉を言うのは勇気が必要だった。
もし殿下が嫌がったらどうしょう。それで嫌われてしまったら……。
でもわたしの生命はもう終わりかけている。後少ししかもたないだろう。
こういうチャンスはもう二度とないかもしれない。
わたしは殿下と手をつなぎたい。
「リナグリッドさん……」
殿下はそう言うと、わたしの手を再び握った。
「ありがとうございます。うれしいです。わたし、殿下と手をつなぎたいとずっと前から思っていたんです」
少し恥ずかしい気持ちになりながら言った。
「いや、こちらこそありがとう、わたしもこうしてあなたと手をつなぎたかったんだ」
殿下は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
殿下もわたしと同じ気持ちだったんだ。うれしい。
わたしたちは手をつなぎながら庭を歩きはじめた。
殿下のやさしい気持ちがどんどんわたしの中に入ってきて、心が沸騰していく。
夢のようだ。
病気が小康状態にならなければ、こういうチャンスは訪れなかっただろう。
殿下がわたしに力をくれたのだと思う。
殿下には感謝をしてもしきれない。
この瞬間を殿下とともに最大限に味わっていきたい。
わたしは、強くそう思うのだった。
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