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目を覚ます 僕が3まで 数えたら  作者: 弍口 いく


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8/15

その8 心を解放してやるんだよ

 翌朝、教室で顔を合わせたが挨拶はなし、目も合わせてくれない。まあ、2日前に戻っただけなんだけど悲しかった。張り裂けそうな胸の痛みは、しばらく続くだろう。


 元に戻った凰はけだるそうに椅子に座りながら鼻をほじっている。

 それはやめてくれ~~。でも、そんな子供みたいなところも胸をくすぐるんだけど。

 亘一朗はキリッとしててまさに日本男児って感じだった。同じ容姿でもこうもイメージが違うものなのか……。

 あれ? 僕はどっちの彼に魅力を感じているんだろう。





 放課後、野球部の練習に凰が現れなかったのは言うまでもない。


「鳥居はどうしたんだ?」

 監督をはじめ、キャプテンや他の部員が、まるで僕の責任のように尋ねる。しかしなにも言えない。奴はもう来ません! と宣言しても理由を聞かれたら説明できないし。


「サッカー部のグランドにはいませんでした」

 駆け付けた1年部員の久保田がキャプテンに報告した。

「サッカー部って」

 偵察に行っていたのか?

「工藤の奴が連れ去ったのかと思ってな」

 キャプテンは大真面目な顔で言うが、それはないだろ。


 凰がグラントにいないのを見て都築が言った。

「やっぱり来てないのね」

「やっぱりって?」

「昨日はあんなにベッタリだったのに、今日は他人行儀だったのは鳥居君が元に戻っちゃったからなんでしょ」

「えっ!!」

 都築の発言に思わずオーバーリアクションしてしまった僕に、彼女は少し引いたが、

「催眠術の効果が切れたってことなんでしょ?」

 ああ、そういうことか……。別人だったと気付かれたわけではなかったか。


「昨日はちょっとカッコよくって見直したのに」

 そう、昨日は一瞬スターになりかけた凰だったのに、今日はすっかり生ゴミに逆戻り、彼だって生活態度を改めればヒーローになれる素質はあるってことがわかったのに、ちょっと残念な気もする。

「野球やったのも催眠術の効果だったのね」

「そうだね」

 力なく首をうなだれる僕、そこへすかさずキャプテンが割り込んだ。

「催眠術って、なんの話だ?」

「あら、話さなかったの?」

「え、ああ」


「なんの話しだよ」

 強く食いつくキャプテンに、即答できず口ごもった僕の代わりに、

「おととい有村君が鳥居君に催眠術をかけたんですよ、掃除大好きになるようにだったんですけど、そしたらいきなり野球熱血少年になって」

 都築が余計なことをキャプテンの耳に入れていしまった。


「そうだったのか!」

 なにがそうなんだよ、全然わかってないくせに。


「そういうことだったのか!」

 いつの間に現れたのか、工藤君まで突然割り込んできた。サッカー部の練習はいいのか?

「催眠術で操っていたのか! そんな汚い手を使っていたとは」

 工藤君は鼻息荒立てて僕に迫った。


「操ってないです!」

「それって犯罪じゃないのか!」

「催眠でそんなことできません! TVドラマじゃあるまいし」

 サスペンスでは催眠術で人を操り、殺人を犯させるなんて話があるけど、そんなことは実際ありえないって隆雄叔父さんは言ってたし。

 でも……前世の人格が甦るなんてことも、本来ありえない話だし……。


「でも、いきなり野球好きになったのは事実だろ」

「いきなりじゃないですよ、鳥居は中学時代やってたんですよ」

「そうなのか?」

 大谷キャプテンは神妙な面持ちで工藤君の肩に手を置いた。

「聞け、工藤、鳥居には辛い過去があるんだ」

 そして勿体つけながら、昨日僕に話した凰の中学時代の出来事を聞かせた。


「と言うわけで、鳥居は元々野球が好きなんだ、心の奥に押さえつけていた感情が、催眠術によって開放されたんだ」

 おとなしく聞いていた工藤君は鼻を啜った。

「そんな過去があったなんて」

 工藤君の目から大粒の涙が零れた。いくらキャプテンの話し方がオーバーでドラマチックだからって、ちょっと大袈裟なんじゃない? と思っていると、その隣で聞いていた都築も目を真っ赤にしていた。二人とも優しいんだ。


 僕って冷たい人間なのかな、同情はしたけど、泣くほどのことは……。やっぱ自分のことしか考えてないのかも知れない。

 でも結局は、

「術から醒めた今は、元の鳥居ですよ」

 凰がカムバックするとは思えない。


「もう一度、かければいいんだ」

「簡単に言いますけど、同じようにかかるとは限らないんですよ」

 あれは特殊なケースなんだ、あんなことが度々起こってたまるか!


「もう一度、心を解放してやるんだよ、好きな野球が出来るように」

 キャプテンはまた勝手なことを。

「そういう事情なら、俺もサッカー部に勧誘するのはキッパリあきらめる、残念だけど、鳥居のためにはその方がいい」

 工藤君、顔がいいだけじゃなくで、内面もイイ人なんだ。見直したな。それに引き換え僕は……。


「有村!」

 鼻がくっつきそうなくらい僕に迫る両キャプテン、その圧力に僕は身を引いたが……。そうだな、あの時は突然消えて、サヨナラも言えなかったのが心残りでもあるし。


 結局、僕は両キャプテンに押し切られて、再び催眠術をかけると約束させられ、白球に宣誓までさせられた。

 その上、凰を捜しに行けと、練習半ばで追い出された。もちろん監督も大手を振って送り出した。

 エースをなんだと思ってるんだ!


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