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その5 まさか甲子園へ出るまでって……

 翌朝はいつもより早く登校した。

 そんなことをしたって、亘一朗が来ているとは限らないとわかっていた。しかし、いてもたってもいられなかった。


 教室は始業時間前でざわめいている。挨拶も上の空、僕は沸き上がる不安と格闘しながら、亘一朗を待っていた。

 80年近い時刻ときをひとっ飛びして現在にやって来た彼がどうしているのか? なにもかもが珍しく戸惑っているのは疑う余地もない。やはり一人にするのではなかった。

 そんなことをアレコレ考えてるうち、亘一朗が登校した。


「どうだった? バレなかった?」

 人目もはばからず僕は駆け寄った。

 亘一朗は大きな吐息を漏らした。

「変な目で見られたけど、なんとか切り抜けた。でもこんな状態にいつまで耐えられるか」


 昨日、なんとかなるさ! と豪語した態度とは打って変わって、肩を落としながらグッタリ席に着いた。

「そこじゃない!」

 間違って座った彼の腕を、僕は慌てて引っ張った。渋々、移動する亘一朗。それより僕は周囲の視線が気になりだしていた。


 僕は超目立つ存在なのだ。その僕が、昨日まではロクに挨拶すら交わさなかった凰とコソコソ親しげにしているのだから、みんなの好奇心をくすぐるのも無理ないだろうけど……。


「お早うっす!」

 そこへ追い討ちをかけるように、大声と共に現れたのは大谷キャプテンだった。

「お早うございます」

 挨拶を返したが、彼の目当てが僕でないのはハッキリしていた。


「鳥居君だったな、なぜアレだけの実力を持ちながら、今まで隠してたんだ?」

 昨日とは打って変わったこの態度、変わり身が早いと言うか、お調子者と言うか……、僕は呆れてしまった。


「事情はともかく、今からでも君が入部してくれれば戦力アップは間違いない」

 キャプテンの大きな地声にクラス中が注目していた。僕はそれを気にしながらもキッパリ言った。

「ダメですよ、彼は!」

「なんでだよ、あのバッティングを見せつけておいて、入部しないはないだろ、監督はすっかりその気だぜ」

「でも彼は」


「するぜ」

 亘一朗は僕の言葉を遮って、勝手に返事をした。

「入部するぜ、今日から練習に参加する」

「ちょっと待てよ、それは」

 僕は慌てたが、

「そう言ってくれると思ってたぜ!」

 キャプテンは僕を押し退け、亘一朗の手をガッチリ握った。

「君が加われば百万力、甲子園も夢じゃない、期待してるぜ!」


「ちょっと、待った!」

 大声に驚いて振り返ると、そこにはサッカー部の2年、新キャプテンの工藤颯太(そうた)がモデルのようなポーズで立っていた。


 工藤の登場に教室内の女子が色めきたった。

 スポーツに力を入れている我が校はサッカー部も強豪で全国レベルだ。そしてエースの工藤は知らぬ者はいない有名人。

 熱血で暑苦しい大谷キャプテンとは対照的に、涼し気な瞳に口元からこぼれる白い歯が爽やかな印象を与える、ファッション誌から抜け出たようなナイスガイ、学園のプリンスである。


 工藤は席に着ている亘一朗の机にドンと両手をついて迫った。

「君は、サッカー部の入るって言ったじゃないか」

「はあ?」

 亘一朗は訝し気に見上げた。

 そう言えば、聞いたことがある。体育の授業でサッカーをする凰を見た工藤が、その運動センスを見抜いて、サッカー部に勧誘しているって噂。本当だったんだ。


 工藤君は大谷キャプテンに冷ややかな眼を流し、

「どんな手を使ったか知らないけど、鳥居君に目を付けたのは、俺のほうが先なんだからな」

「けど、鳥居は野球を選んだんだ、本人の意思を無視するわけにはいかないだろ」

「一時の気の迷いさ、サッカーのほうがイイに決まってる」

 工藤君は一歩も引かない。


 クールに見えても、スポーツをやっていて勝ち抜いていくには闘志は不可欠、負けず嫌いなのは疑う余地もない。

「簡単にはあきらめないからな、必ずサッカー部に入れる」

 両キャプテンの間に火花が散る。

 亘一朗はなにか言いたそうだったが、僕をチラッと見て、僕以外の人とは極力会話しないようにとお願いしたことを思い出したようで、口を噤んだ。


「だいだい野球なんかダサいじゃないか、サッカーのほうがカッコイイに決まってる、女子にもモテるし」

 と言い切ってから、僕の存在に気付いて、

「ま、例外はあるけど」


「女子にモテるモテないで野球をやってるわけじゃない!」

 大谷キャプテンの言葉は強がりにも聞こえるけど……、野球はともかく、女子にモテたいのは間違いない。

 それを見透かしたように、工藤君は前髪をかき上げ、さわやかな笑顔を見せた。キザだけどサマになってる。遠巻きに見ていたクラスの女子たちから溜息とざわめきが漏れた。

「そうよね、ユニホームとかはサッカーのほうがカッコイイわよね」

「野球部ってなんか暑苦しいし野暮ったいわよね、客観的に見て」

 などなど、野球部の僕の前でよく言うよ。


「うおっふぉん!」

 その時、わざとらしい咳払いが一つ。

「なんの騒ぎだ?」

 いつの間にか入室していた教師の姿に、両キャプテンはフリーズした。


「2年がなんで1年の教室にいるんだ? チャイムはとっくに鳴ってるぞ」

「すみません!」

 二人は慌てて教室を後にした。


 亘一朗が二人のバトルを傍観していたのは、事態を把握していなかったからだろうが、僕はどっと気疲れして椅子に座りこんだ。新たな問題発生、工藤君は公言した通り簡単にはあきらめないだろう。



   *   *   *



 その日は朝の騒ぎに始まり、一日中ハラハラドキドキの連続だった。


 それはスリリングなんて生易しいものではなく……。英語の授業で亘一朗が当てられ、

「なんで日本男児が、敵国の言葉を習わなきゃならないんだ!」

 と叫んだ時は、心臓が口から飛び出しそうになった。もともと凰は劣等性のスタンプ済みだから先生も、

「ふざけるな!」

 って聞き流してくれたけど、寿命の縮む思いとでも言おうか、僕のか細い神経がこの試練に耐えたのは奇跡である。


 まあほとんどの授業はすこやかにお休みだったので、その後はなんとかクリアしたが、本当に甲子園出場を果たすまで凰の体に居座るつもりなら、僕のほうが参ってしまう。


 無邪気な寝顔、こんなところは鳥居凰と同じだ。でも、毎日寝ている訳にもいかないだろう、テストだってあるんだから……。野球よりも勉強の方の方が大問題だ。どれだけの学力があるのか予想さえ出来ない。80年前の教育レベルってどんなものだったのだろうか?


 そんなことを考えているうち、僕は昨夜の睡眠不足がたたり、不覚にも眠りに落ちてしまった。


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