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目を覚ます 僕が3まで 数えたら  作者: 弍口 いく


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3/15

その3 稀にもないケースって……

 白衣の医師、有村隆雄(たかお)が眉間に深い皺を寄せながらこうを観察していた。


 ここは叔父である彼の診察室、僕はそこへ緊急避難してきた。幸い診察は終了しており、受付や看護師は帰っていた。


 隆雄は精神科医である。大学病院で勤務医として働いた後、独立して心療内科のクリニックを開業した。

 様々な心の悩みやストレスからからくる身体の症状、軽度のうつ病や摂食障害、睡眠障害、緊張性頭痛等々を、投薬、カウンセリング、催眠療法などで改善に導いていく。


 以前訪れた時、叔父は催眠療法を試してくれた。

 ハッキリとは言わなかったが、弱気な性格がピッチングに影響していることを気に病んでいた僕の気持ちを、少しでも楽にしてくれようと思ったのかも知れない。


 そんなモノかかりっこない! とバカにしていたが、ところがどっこい、いとも簡単にかかってしまった。


 椅子に座らされた僕は、叔父に言われるまま目を閉じ、両手を上げながら体をゆっくり後方に倒した。意識はハッキリしていた、だが、体は僕の意思に反して叔父の言う通りに動く、逆らおうとしてもムダ、力が入らない、叔父が、〝ハイ起きて〟と解くまでは。


 終わった後はなんだか頭がスッキリして、とてもリラックスした気分になった。

 僕はこの不思議な力に大変興味を持った。だって面白そうじゃない、他人を自分の言葉通りに操れるなんて。

 もちろん叔父は、そんなふうに使うもんじゃない! と教えてくれなかったが、見様見真似でやり方を覚え、マスターしたつもりになった。

 僕は催眠術を誰かに試してみたくてウズウズしていた。その好奇心が今回の事態を招いてしまったのだ。


 変になった凰を連れ込み、叔父に泣きついた。しかし叔父にとっても稀なケースらしく、腕組みをしたまま唸るばかり。


「……で、君は鳥居凰じゃないと言うんだね」

 つとめて穏やかに話しかける叔父。僕の狼狽は言うまでもない。みっともないとはわかりつつ、狭い室内を檻の中の熊のようにウロウロ歩き回っていた。


「俺は小宮亘一朗(こういちろう)だ」

 僕は足を止めた。と言うよりフリーズ状態、動けなくなった。


「お願いだ、いい加減、冗談はやめにしてくれないか?」

 僕はもはや涙声、かわれているだけであってほしいと切望した。しかし、

「冗談はそっちだろ、あんたらは俺を知ってるみたいだけど、こっちは全然覚えないし、ここはどこなんだ? 町の様子がすっかり違う、まるで別世界だ、それに……」

「それに?」

「俺は、死んだはずなのに……」


「えーーーーっ!」

 頭の中がすっ飛んだ。

 そんな僕をよそに、宙を見ながら呟くように凰は続けた。


「俺は零戦で特攻に出たんだ。生きて戻れるはず……ない」

 零戦って、太平洋戦争で飛んだって言うアレ? 特攻って、カミカゼのこと?

 僕はすっ飛んだ脳みそをかき集めながら考えた。


 いったいなにが起きてるんだ?


 僕はただ、催眠術でみんなを掃除大好きにしようと浅はかな考えから試してみたのだ。見事にかかったのは凰一人だったが……。

 そして、別人になってしまった。


「これが冗談じゃなけりゃ、稀にもないケースだぞ」

 自分は死んだはずの小宮亘一朗だと言う凰を前に、叔父は眉間に皺を寄せた。

「どう言うこと!」

 僕は身を乗り出して叔父に迫ったが、叔父は勿体つけているのか、自信がないのか腕組みをして唸った。


 やがて顔を上げると、決心したように言った。

「前世の人格が甦ったんだ」

「えーーーーっ!」

 今度は体ごと爆風の彼方。


「なんで前世の人格が甦るんだよ!」

「喚くな、落ち着け」

 これが落ち着いていられる状況か? でもヒステリックになるのもみっともないと、僕は気を沈めるため椅子に腰掛けた。

 凰のほうは、ただ茫然としていた。


「たぶん、お前がかけた下手な催眠術がきっかけになったんだろう、実例はないが、フィクションとしては聞いたことがある」

 催眠で前世の人格が甦るなんて……。

 今、目の前にいるのは、凰の姿をしてはいるが小宮亘一朗、太平洋戦争で戦死した男だと言うのか?


「その説が当たってるとしたら、どうすれば鳥居凰に戻るんだ?」

 僕は顔面を痙攣させながら、恐る恐る尋ねた。叔父は相変わらず腕組みをしたまま、いかめしい顔をしている。

「わからん」

「そんな無責任な!」

「俺の責任か?」

「いえ……」

 そうです、なにもかも僕が悪いんだ。


「そうだな……、もう1度催眠をかけてみるか?」

「ちょっと待てよ」

 僕と叔父の会話を黙って聞いていた凰、じゃない亘一朗だったが、

「そしたら俺はどうなるんだ?」

 身を乗り出した。


「どうもこうも、君はもう死んでいるんだから、つまり……そう言うことだ」

「どう言うこと?」

 叔父は言いにくそうに鼻の頭を掻いた。

「鳥居凰の人格が戻れば、当然君は消える」

「なんだって!」

 亘一郎は荒々しく立ち上がった。


「嫌だ! すぐ消してしまうなんてあんまりだ! 俺は志半ばで死んだんだ! せっかく甦って、また野球が出来るのに!」

「それは無理だと思うよ、いくら君が野球をやりたいと思っても、体は鳥居君なんだ、経験がなきゃ無理だろ、怪我するだけだぞ」

 そういう問題じゃない!


 でも叔父の話はもっともだ。プレーは練習を重ねて体に叩き込むもの、いくら頭でわかってても体がついていかない。さっきは数打だったからボロは出なかったが、本格的にやるとなれば話は別だ。


「それでもやるんだ! 俺は簡単には消えないぜ」

 思いっきり唾を飛ばしながら叫ぶと、亘一朗は部屋を飛び出した。

「凰!」

 僕の声は乱暴に閉められたドアの音に消された。


 どうしよう……。

 助言を求めて叔父を見たが、叔父はハンカチで顔を拭うのに忙しそうだった。


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