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その2 ぜひ野球部にって言われても……

 春夏合わせて12回の甲子園出場を誇る名門校に相応しく、設備の整った野球部専用グランド。高いフェンスの下で球拾いをしている1年生部員たちの掛け声が活気よくこだまし、内野で打撃練習をしているレギュラー陣の士気に拍車をかけている。まさに青春の風景。


 そんな練習の真只中に、こうはズカズカと入って行った。

追いかける僕に止める隙も与えず、肩で風切るような堂々たる歩みでバッターボックスに直行した。

いったい、なにをするつもりなんだ!


「なんだ? 部外者は立入禁しだぞ」

 ちょうど打撃練習をしていたキャプテンの大谷裕一君が、突進してくる凰に訝しげな目を向けた。

 夏の大会は予選の準決勝で敗退し、3年生は引退した。新チームになり新主将には4番でキャッチャーの大谷くんが選ばれた。真面目で熱血、見ていて疲れるくらい張り切っていたが、秋季大会は2回戦であえなく敗退した。

 結果を残せなかったキャプテンは責任を感じたのか、練習はこれまで以上にハードになった。


 そんな熱血キャプテンの睨みに、凰は臆することなく鋭い視線を返した。

「部外者だって? なにボケたことぬかしてんだ、お前こそ見慣れない面だな」

「な、なにぃ!」

「俺、なんだか無性にカッ飛ばしたい気分なんだ、代われ」

「な……」


 訳がわからず憮然とするキャプテンに、凰は脱いだ上着を押し付け、代わりにバットを引っ手繰った。横で見ていた児島監督も事態が把握できずに眉をひそめ、

「なんだこいつは」

 と、息せき切って駆けつけたものの、どうしていいか分からずに狼狽える僕に、ドスのきいた声で尋ねた。

「すみません、すぐ連れ出します」

 雷が落ちる前に引きずり出さなければ! 1分1秒を惜しむ熱血監督、妙な奴に練習を中断させられて、不愉快でないはずない。


 しかし、

「香取! 投げてみろ」

 マウンドにいたピッチャーにかけた予想に反する監督の言葉は、僕を、キャプテンを驚かせた。


 左打席に入った凰を厳しい表情で見つめる監督。僕もそちらを見直してハッとした。

 ……サマになってる。

 立つ位置も構えも、まるで、ずっとやってたみたいに安定したフォーム、スラッガーの風格さえ感じさせるではないか、これはいったい。 

 監督の指示通り、香取は投球した。

 すると、


 カキーン!

 弧を描いてヘッドが回りきったかと思うと、白球は空高く舞い上がった。ピッチャー香取の頭上遥か、抜けるような青空に吸い込まれ、軽々とセンターの高いフェンスを越えて場外へ。


「えっ?」

 僕は一瞬、何が起きたか理解できず、ポカンと口を開けたままボールが消えた方向を見ていた。キャプテンも他の部員も同様、間抜け面が勢揃い。

 しかし監督だけは結果を予測していたかのように表情を崩さなかった。


「すげー、まぐれとは言え、あそこまで飛ばすとは、なんてバカ力なんだ」

 キャプテンの呟きを、監督は聞き逃さなかった。

「お前の目は節穴か? 力だけで香取の球をあそこまで飛ばせるもんか、キャプテンのくせにそんなこともわからんのか!」

 キャプテンは怒鳴られてシュンとした。


「続けろ、香取」

 次の球は、鋭い打球でセカンドを抜いてライト前にクリーンヒット。そしてその次は、レフトに流し打ち。自由自在に打ち分けているようにも見える。

 僕の控えに甘んじているとはいえ、香取の球はかなり速い、こうも簡単にジャストミートするなんて……、僕は自分の目を疑った。


 これは……いったいどうなってるんだ?


「あのフォーム、ミートのタイミング、只者じゃないぞ、うちの生徒か?」

 児島監督の目が少年のように輝いた。

「ええ、同じクラスの鳥居凰です」

 僕は慌てて答えたが、それが正しいかは疑問だった。目の前でバットを振るこの男は、本当に凰なのだろうか?


「あのバッティングなら、即戦力だ、なんで今まで入部しなかったんだ?」

 険しかった監督の顔が急にほころんだと思うと、凰の元へ擦り寄っていた。目尻を下げて、凰の肩を掴んだ。

「凄いじゃないか! 君なら文句なし、即4番だ」

 こんなに嬉しそうな監督を見たのは初めてだ。


 しかし凰はキョトンとしながら周囲を見渡した。

「なに言ってんだ、俺は……」

 グランドにいる部員、それに見学者全員が、彗星のごとく現れた強打者に注目していた。


 集中する好奇の視線に悪酔いしたように凰は気迫を失った。

 さっきまでの威勢はどこへやら、見知らぬ街で迷子になった幼子のように、心許ない表情に急変した。


「どうしたんだ?」

 心配で駆け寄った僕を見て、凰はマジに尋ねた。

「お前は、誰だ?」

「えっ?」

「それに、あいつらはなんだ? 野球部の連中はどうしたんだ?」


 やはりなにかが起きている。

 目の前、不安に満ちた瞳の彼は、掃除をサボるサボらないとモメていた凰ではない。

 でもそんなこと……、じゃあ、これは誰?


 僕は血の気を引いていくのを感じながら、でも、気をしっかり持たなければならないと踏ん張った。その事態が僕の責任であることは間違いないのだから。


「なんだか頭痛が」

 凰は突然バットを落とし、頭を抱えた。

「大丈夫?」

 ありきたりのことしか言えない情けない僕、大丈夫じゃないのはわかっているのに。


「君のような選手を求めていたんだ、ぜひ野球部に!」

 監督の大声が頭に響く。……たく、この状況が異常なのに気付かないのか? 凰が披露した素晴らしいバッティングに舞い上がっているのはわかるけど、彼の苦しそうな表情が尋常でないことは一目瞭然じゃないか。


「その話は後ほど」

 僕は頭を抱えたままの凰を、慌てて打席から引き摺り出した。

「失礼します!」

 そして、その場から逃れようとした。


「いいな! 選手登録しておくから、明日から出て来いよ!」

 なおも叫ぶ監督。それどころじゃない、凰をどうしたらいいんだ? 僕は混乱のあまり練習のことなど綺麗さっぱり忘れた。


 もちろん掃除のことも……。


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