表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

最終話 一球入魂!

 ナインがにわかに活気付く、ここで凰が一発、そして裏は僕が守りきる。みんなの頭の中には勝利の筋書きがすっかり出来上がったようだ。でも、今、バッターボックスにいるのは昨日までともに練習していた亘一朗ではないんだ、期待通りいくとは思えない。


 しかし……その光景が信じられなかった。いったい彼になにが起きたのか? 亘一朗ではなく凰が打席に立っているのに、バットを構える姿は豪快なバッティングを披露していた亘一朗と見間違えるくらい堂々としていた。その姿に僕の胸はときめいた。


 マウンドの高坂も満足そうな、そして余裕綽々の笑みを浮かべた。

「俺に恐れをなして逃げ出したのかと思ってたぞ」

 彼は凰を知り尽くしている、そしてブランクがあることも知っているし、舐めてかかっているのだろう。

「バカ言うな」

 凰は負けじと睨み返したが、僕は不安だった。だって元に戻った凰がすぐに打てるとは思えなかったから。

 が……。


 カキーン!


 彼のバットは快音を生み出した。

 嘘! 僕は間抜け面でポカンと口を開け、ボールの行方を追った。


 白球が透き通る青い空に吸い込まれていく。バックするライト、ようやく落下を始めたボールを追って、全速力で下がる下がる。そしてフェンスを背中に見上げた。

 ボールはフェンスの高いところに引っかかって落ちてきた。


 ホームラン!


 審判の手がクルクル回り、ベンチは大歓声に包まれた。

 マウンドの高坂はガックリ首をうなだれていた。

 誇らしげにダイヤモンドを一周した後、ベンチに戻った凰はナインの手荒い歓迎を受けた。頭を小突き回されながらも最高の笑顔を浮かべていた。


 僕はその輪に加われず、複雑な気持ちでただ見ていた。


 そして9回裏。


 凰が叩き出した虎の子の1点を僕が守り切らなければならない。にわかに沸いたプレッシャーが右手を鉛のようにした。


「ここはどこじゃ? そちらは何者じゃ? わらわをどうしようと言うのじゃ?」

 こんな調子のキャプテンが守備につけるはずもなく……、と言うことは、

「行くぞ」

 凰がマスクをかぶった。


「でも……」

「大丈夫、お前の球はこの体が覚えてるはずだから、そうだろ?」

「知ってるの?」

「手紙があった、俺が俺に宛てた」

 いつかこうなることを予想して、亘一朗は用意していたのか。


「じゃあ、全部?」

「まんまとハメられた、人の体で勝手にやりやがって、2週間も野球漬けじゃ、すっかり体が馴染んじまう、気持ちはともかく体がウズウズして命令するんだ、グランドへ行けって」

「結局、好きなんだ」

 答えず、凰は苦笑いした。


「お前にはタップリ聞きたいことがあるけど、今はこの試合が先だ、遠慮せず全力で投げろよ」

「うん!」

 僕はマウンドに立った。


 もうなにも怖くない、僕の球を受けてくれるのは凰なんだ。心を込めて投げよう、熱い思いを白球に乗せて……なーんて! でも本当に彼が受けてくれるならバットに掠らせるもんか、全部ストライクでミットへ放り込んでやる!

 出来るよ、そんな気がする。


 しかし、その決意も数分で揺らいだ。やっぱり僕って軟弱者。


 エラーで出たランナーに盗塁を許し、2アウト取ったものの、2塁にランナーを背負って迎えたバッターは4番。それも2ストライクに追い込んだ、と同時に3ボールに追い込まれた。


 2塁ランナーは投球と同時にスタートを切るだろうし、当たり損ねでも内野を抜ければ同点だ。

 次の球、1塁が空いているし、無理に勝負しなくても、歩かせて塁を埋めたほうがアウトを取りやすいし……。そう考えた時点で僕はもう気合負けしているのだ。わかっていながらついつい逃げ腰、しょーがないや、そう言う性格なんだから。


 ……と言うことで、やっぱり次の投球は、アウトコース、ストライクからボールになるカーブってとこかな? そこなら手を出してくれたら儲けもの、引っ掛けて内野ゴロ、見送られてボールになっても塁を埋める作戦通り。

 きっと凰だって安全策を取るだろうと、彼のサインを覗き込んだ。


「えっ?」

 しかし予想とは正反対のサイン。

 インコースの胸元を突く直球勝負? そんな無茶な、1つ間違えばホームランコースじゃないか!

 僕は頷けなかった。


 なおもサインを出し続ける凰、マスクの隙間から真っ直ぐな目を輝かせて、僕が首を縦に振るのを待っている。

 どうしよう、亘一朗ならどうする? どんな球を要求するだろう。

 その時、なにかが僕の耳を掠めた。


〝大丈夫! お前なら出来る、三振に仕留められるさ〟


 亘一朗は言った、気合負けするなって……。

 凰、君もそう言うのか?


 僕は大きく頷いた。


 その時、僕の中でなにかが変わった。

 打てるもんなら打ってみろ!

 心の中で叫びながら僕は力を込めて投げた。


 バットが空を切る。

 入魂の球は凰のミットへ。

 主審の手が高々と上がった。


「ストライク!」

 三振だ!


「やったぁ!」

 僕はマウンドで飛び上がった。そして凰に向かって全力疾走、そのままの勢いで抱きついた。

 ちょっとオーバーだったかも、ただの練習試合でこの喜びようは……。でも凰はちゃんと受け止めてくれた、僕の喜びを体ごと。


「やったな」

「うん、やったよ凰!」

 といった瞬間、現実に引き戻された。

「あ……ゴメン、馴れ馴れしくして」

「いいさ」

 えっ? ほんとに?


 ゲームセット。

 ホームベースをはさんで一礼した。


「最後の速球、いい球だったな」

 高坂が悔しそうに言った。

「お前より速いだろ、有村は」

「それはないだろ、俺のほうが上さ」

「その球を俺は打ち砕いたけどな」

「まぐれ当たりだよ」

「負け惜しみか? ウサギ」

「ウサギ言うな!」


 球速はわからないけど、気迫は負けてなかったと思う。

 それに凰だって、まぐれで打てる球じゃないのは高坂がいちばんよく知ってるはずだ。


 僕たちは揚々とベンチへ戻った。


「なんだ? いつの間に終わったんだ?」

 ナインを迎えたキャプテンが狼狽しながら叫んだ。どうやら元に戻った様子。


「キャプテンがビョーキ持ちだったとはね」

 そう言われても本人は意味がわからずキョトンとするばかり、姫になってた記憶はないのだろう。しかしみんなはハッキリ覚えている。気の毒に、当分は白い目で見られるだろうな。


 それに引き換え、今日のヒーローはやっぱり凰、遅刻なんかすっかり帳消し、責める者などいない。亘一朗でなく鳥居凰が、この時からチームメートになった。


「よう、有村」

 浮かれた気分でいたところ、凰に強い口調で呼び止められて、僕はビクッとした。

「話してもらおうか、この2週間のこと、それと、この頭のこともな」

 凰は腹立たし気に坊主頭を撫でた。

 そう来るとは思っていたけど……。


「話せったってなにを? ただ一緒に練習してただけだし」

「練習ねぇ、祖父ちゃんと祖母ちゃんがその練習を見に来てたみたいなんだ。とても嬉しそうに話すんだ、また野球をはじめて良かったって、俺はまったく覚えてないから、合わせるのが大変だったけど。でもあんなに嬉しそうにされたら、やっぱり辞めるなんて言えないよ」


「前世も野球やってたって書いてあったろ、亘一朗は言ってたよ、俺は何度生まれ変わっても、きっと野球をしてるさ、永遠に野球をし続けるんだ、って」

「前世の俺はどんな奴だったんだ?」

「いい奴だったよ、真っ直ぐで男気があって、それでいて思いやりがあって……それから」

 ふと、昨日の別れ際が脳裏に過ぎり、僕は赤面して言葉に詰まった。


「なんだよ、なんか変なことしたのか? まさかキャプテンみたいに」

 僕の様子を見て凰は慌てた。

「違うよ、ただ」

「ただ?」

「それは……」

「なんだよ、早く話せよ」

「ヤーだよ」

 僕は追及をかわすべく、ヒラリと彼から離れた。


「待てよ!」

 ムキになって追いかけてくる凰。でも足は僕の方が速いんだ。

 

 キスしたなんて言ったら、君はぶっ倒れるだろ?

 コレは僕だけの秘密、大切にしまっておくんだ。

 ……そうだな、50年後、まだ友達でいたなら、その時、話してあげるよ。

 どんな顔するだろ?


 今から楽しみだよ。


     おしまい


最後までお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ