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目を覚ます 僕が3まで 数えたら  作者: 弍口 いく


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11/15

その11 スイッチヒッター?

 練習に集中している時は、すべての危惧を忘れられた。

 今日は日曜に予定されている練習試合にそなえての紅白戦だった。


 守備が終わってベンチに戻った僕にキャプテンは、

「俺が受けてた時より、速くないか?」

 納得いかない目を向けた。

「変化球もキレがあるような気がするし」

 受けていたのはキャプテンから正捕手の座を奪った亘一朗、2軍相手とはいえ、6回までパーフェクトピッチングだ。


「気付いたか?」

 監督が冷ややかに言った。

 それは言わないであげて! と僕は心の中で叫んだが、監督は容赦ない。


「お前が受けてた時は、全力投球じゃなかったんだよ、お前、捕れないしな」

「ガーン!」

 監督の言葉はキャプテンのプライドを砕いた。続いて、

「気を使いすぎなんだ、有村!」

 僕にも矢が飛ぶ、とばっちりだぁ。

「優しいって言ってやってくださいよ、監督」

 亘一朗がフォローしてくれたけど……。キャプテンは惨めな気分になったのだろう、青ざめながらガックリ膝を落とし、両手をついてうなだれた。


「練習試合が楽しみだな」

 消沈しているキャプテンをよそに、監督は嬉しそうな目を僕たちに向けた。


 練習試合の相手は甲子園に出場したことがある強豪だ。亘一朗とバッテリーを組んでパワーアップしたピッチングの力試しには申し分ない。

 亘一朗との相性は抜群、投球にグーンと幅が出た。心置きなく全力投球できるし、キャプテンが後逸していた変化球も難なく捕球する。強気で、それでいて繊細な彼のリードが力を120%に増幅する。亘一朗はとても頼りになる女房役だった。


 亘一朗の加入は野球部全体の士気を上げ、キャプテンじゃないけど、甲子園も夢じゃないと思わせた。


 そうなると僕の心はさらに揺れる。亘一朗とこのままバッテリーを組んで甲子園へ行けたらどんなにいいか、と……。


「やっぱり凰だ!」

 その時、ベンチの横から大声がした。

 そして、ズカズカと乗り込んできたのは、他校の制服を着た見知らぬ生徒。

「なんだお前は! 勝手に入るな!」

 キャプテンの恫喝などスルーして、彼は亘一朗の前に立った。

 次の打席はキャプテンはなので、不審者を気にしながらも仕方なく打席へ向かった。


「お前が復活したって聞いたから、見に来たんだ」

 見知らぬ生徒を前に、亘一朗はキョトンとしたが、

「誰に?」

 話を逸らして、コイツが誰なのか探ろうとしているのだろうか? 鳥居凰の昔を知っているようだ、きっと中学時代のクラスメートかチームメートだろうが……。まずい状況だ、亘一朗が彼を知っているはずない。


「お前のお祖母さんにバッタリ会ったんだよ、俺もこっちの高校に来てるから、俺のこと覚えててくれて、声かけてくれたんだよ」

「祖母ちゃんが?」

「お前がまた野球をはじめたって、嬉しそうに話してくれた」

「あのぉ、積もる話はあるだろうけど、練習中だし、鳥居、次だぞ」

 僕は強引に割って入った。

「おお、そうか」

 亘一朗はネクストバッターズサークルへ行った。


「さっきから見てたんだけど、凰の奴、左打ちマスターしたんだな」

 ギクッ!

 凰はもともと右打者だったのか、そりゃそうだよな、右利きなんだし普通は。


「君は鳥居の中学時代のチームメートか?」

 部外者の侵入に怒りもせず、しばし黙っていた監督が言った。普段ならこんなハプニングなど許さない鬼監督、即刻追い出してるはずなのに変だと思ったら、凰のことを聞きたかったのか……突然現れた大型新人の力量を、まだ図り切れていないからなのだろう。


「はい、中学時代バッテリーを組んでいた高坂こうさか義一ぎいちです」

 ということは、彼は投手か、おかげで名前はわかった。

「鳥居は右でも打てるのか?」

「もともと右打者ですよ、力づくでガンガン飛ばす長距離打者だったんですけど、欲張りだから、スイッチヒッターになれば出塁率が上げられるって言ってたんですよ、あいつ俊足だから」

 高坂はネクストバッターズサークルでしゃがんでいる亘一朗に目をやった。

「ほんとにマスターするなんて、器用な奴ですよ」


「そうか、あいつ右打者か」

 監督は思案顔で腕組みした。

 ここで右打ちを披露したことはない。なにか違和感を覚えたんだろうか?


「でも安心しましたよ、あのまま辞めてしまうんじゃないかと心配してたんですよ」

 当然彼も凰が野球から離れた事情を知っているんだ。

「復帰するならまたバッテリーを組みたかったな、でも、今度の練習試合、対戦するのも楽しみです」

「えっ? 君の学校?」

「そうだよ、だから敵情視察ってわけだよ」

「君も1年だよな」

「でも、エースだぜ」

 高坂は意味ありげな笑みを浮かべた。


「君のピッチング見てたよ、けっこう速いじゃないか、俺には及ばないけど」

「な……」

「ほう、有村より速いのか?」

 監督が肩眉を上げた。

「速いです、負けませんよ、ま、顔は負けてますけど」

 顔は関係ないだろ!


「それが本当なら、鳥居が有村の球を難なく受けられたわけだ」

「本当ですって、だから、日曜、楽しみにしておいてください」

 なんだよ、この自信満々は、なんかムカつく。

 でも、彼は凰に受けてもらっていたのか……なんかうらやましい。


「お帰り~」

 そこへ亘一朗が戻ってきた。

「当たりはよかったんだけどな」

 しゃべりながらもちゃんと見ていた高坂が笑顔で迎えた。

 亘一朗の打球はレフトの真正面だった。


「お前、まだいたのか」

 出塁したものの、亘一朗がレフトライナーでスリーアウトになり戻ったキャプテンが、まだ居座っている高坂を睨んだ。

「しっかり偵察させてもらってます」

 軽いというか人懐っこい奴だ。

「偵察はかまわんが、いくら知り合いだからって、ベンチは厚かましいんじゃないか?」

「そうですね、すみません」

 高坂は頭を下げながらベンチから出た。


「じゃあな凰、日曜、いい試合ができそうだ」

 去り際、亘一朗に言った。

「ああ、楽しみにしてるぜ、ウサギ」

 えっ? ウサギって誰? 亘一朗はなにを言ってるんだと焦ったが、

「ウサギって言うな! 高校生になってやっとそのあだ名から解放されたってーのに!」

 彼のあだ名? かわいいけど……。


「ウサギはウサギ、ピョンピョン」

 からかう亘一朗に高坂は真っ赤になった。

「テメーッ、日曜はみんなの前で呼ぶなよ!」

 でも……なんで? 亘一朗は知ってたのか? お祖母さんに聞いたとか? それにこの会話、不自然なところはなくて、ほんとに元チームメートって感じだ。


 高坂と鳳は元バッテリー、不審に思われなかったようでホッとしたが、守備につく前、どうしても気になった。

「ウサギって?」

「高坂のコウサと義一のギをくっつけて子ウサギ、ウサギとかウサちゃんって呼ばれてたんだ、本人は嫌がってたけど」

「なんで、知ってるんだ?」


 亘一朗はフッと寂しそうに目を伏せた。

「鳥居凰の記憶が、ぼんやりだけど見えるようになってるんだ」

「どういうこと?」

「それはわからないけど、もともと脳みそも凰のものだからな、だからテストもクリアできただろ」


 亘一朗は視線を合わせずボールを渡して、僕をマウンドに促した。

「……そのうち、俺の意識は追い出されるような気がする」

 寂しそうな呟きが聞こえた。


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