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その1 掃除好きになるはずが

 君はリインカーネーションを信じる?


 前世の自分はどんな人物だったんだろう、いつの時代に存在し、どんな生活をしていたのか……、そんなことに興味を持ったりしない?


 中世ヨーロッパの貴族で、豪華なドレスと煌く宝石でその身を飾り、毎夜の舞踏会、贅沢三昧の生活を送っていたかも知れない。いいや、アマゾン奥地の原住民で、自然と戯れながら逞しく生きていたかな? それとも……。


 僕は時々考える、前世の自分は何者だったのだろうかと。

 そして、幸せだったのだろうか……と。


 僕の名前は有村ありむら夏希なつき、夏の希望、それは甲子園を意味する。かつて球児だった曽祖父が夢を託して名付けたのだ。僕は期待通り、リトルリーグ、シニアリーグで活躍し、野球の名門高校へと進学した。そして入部即、エースの座を不動のものにした。


 身長175センチ、体重62キロ、投手としては華奢だが、成長途中だし、毎朝の走り込み、筋トレも欠かさないし、まだまだ伸びしろは大きいと自負している。そのかいあってバランスよく筋肉のついた引き締まった体、日に焼けた肌、誰が見ても健康的な16歳、甲子園を目指す高校球児。しかし、一つ、問題を抱えていた。自分ではどうすることも出来ない痛切な悩みだ。


 それゆえ僕は考える、前世の自分は女性だったのではないかと……。

生まれ変わって男になったが、記憶のどこかに根強く女性だった頃の名残があって、それがこんな事態を招いてしまったんじゃないかと……。



   *   *   *



 いつもと変わらぬ昼下がり、キーンコーンカーンと終業のチャイムが響き渡る、と同時に彼は掃除当番も忘れて、じゃなくサボるつもりで教室を飛び出そうとした。


「おっさきー!」

「そうはいかないわよ!」

 しかしドアを開けた瞬間、同じ班の都築つづき萌香もえかが首根っこを掴み、女子とは思えない力で彼を引き戻した。

「わあ」

 思わずよろめく彼、エスケープはあえなく失敗した。


 ボサボサの前髪から覗く反抗的な目で、鳥居とりいこうは振り向いた。

「なんだよぉ」

 第二ボタンまで開けたシャツの胸元からチラリと見える素肌が僕をドキッとさせる。ちょっと不良っぽい、反面まだあどけなさを残すヤンチャな悪ガキって感じの彼に、僕の瞳はいつも釘付け、時折見せる哀愁に満ちた表情がさらに心を引きつけた。


 出会いは入学式、一目見た瞬間、心の中で何かがパチンと弾けた。

 そんなことは初めてだった。いままで男子に惹かれたことなんかなかったし、初恋は女の子だった。もちろん、内気な僕は話しかけることもできずに終わったが……。なのに、絶対変だよ!

 僕は初めての感情に戸惑い、一生懸命否定し続けているが、それでも彼の存在が絶えず気になってしょうがないのだ。


 同じクラス、同じ班になったけど、話しかけることも出来ず、ただモヤモヤした複雑な気持ちで、無意識のうちにいつも彼の姿を追っていた。


「掃除!」

 都築が厳しい口調で言った。

「ソウジ? 知ってる知ってる、新撰組で血ィ吐いて死んだ人!」

 相変わらずのおふざけが始まった。この二人、なんだかんだ言ってもけっこう仲が良さそうで、僕は気軽に会話できる都築がうらやましくてしょうがなかった。


「それは沖田総司でしょ、あたしが言ってるのは」

「じゃあ、命日に親戚中があつまって供養する」

「それは法事!」

「わかった! 一年中で一番昼間が短い日」

「それは冬至でしょ! あたしが」

「それじゃ」

「いつまでも古いギャグやってんじゃないわよ!」

 都築はバッサリ切って、彼の鼻先に箒を押し付けた。


「祖父ちゃん祖母ちゃんと暮らしてるから、古いギャグは日常なんだよ、お前も乗ってきたくせに」

 凰は渋々箒を受け取った。

 可哀そうだが仕方ないよな、僕はふてくされる彼を横目に教室を出ようとした。

 しかしその時、

「有村! お前も当番だろ!」

 凰は手にした箒で僕の行く手を遮った。


「えっ?」

 そうなのだ、他人事のように言っている場合ではない、僕も同じ班、当然僕も当番なのだ。

 しかし自慢にはならないが、ここんとこ掃除なんかしたことない。頼みもしないのにファンの女子が代わってくれて放免されている。だからつい僕には当番など回って来ないものと錯覚していた。


「そうか、忘れてた」

 別に掃除くらいしたっていい、それより凰と言葉を交わせたことで心臓ドキドキ、純情な?僕ははにかみながら、でも気付かれないように平然を装い、箒を受け取った。しかし、

「いいのよ有村君は、練習あるんだから、あたしが代わるわ」

 春日かすがあやが箒を奪い返した。


 サッカー人気に押されてはいても僕は特別。自分で言うのもなんだけど、驚くほど女子にモテる。特に優しくしてる訳でもない、それどころか口数少なく愛想ないし、優柔不断でキリッとしない性格、男らしいところなどカケラもない。なのにアイドル並みの注目を浴びているのはルックスのせいだろう。


 パッチリした二重の目にうっとうしいほど長いまつ毛、スッと通った鼻筋に形の良い唇、染めてもいないのに茶色っぽくてサラサラの髪、(うちの野球部は坊主頭強制ではない)女に生まれていればけっこうな美少女だっただろうと、鏡を見る度に思う。

 いつも女子に纏わりつかれる僕を見て、友人たちは羨ましがるけど、どんな女の子にモーションかけられても嬉しくなかった。それより、短い会話でも凰と話せたことにときめいていた。


「じゃあ、俺の分もやっといてくれよ」

 春日の行動を見た凰は、すかさず便乗しようとするが、彼と僕では扱いが違う。

「ダメよ、あなたは!」

「なんで~」

「有村君は特別なの」

「そんなのずるいし」

「ずるくないわよ、彼は野球部のエース、我が校期待の星、学園のアイドル、代わってくれるファンがたくさんいるんだからいいのよ、で、あなたは?」

「劣等性の代名詞、絶望のブラックホール、学園の生ゴミ」

 室内にいた他の女子も面白がって集まり、たちまち凰は包囲された。


「そうよそうよ、有村君はナイスガイでクラスの人気者」

「それに比べあなたと言えばクラスの公害」

「なんでそんな奴の分まで掃除しなきゃなんないのよ」

「帰ったってどうせすることないんでしょ」

「そうそう、ブラブラとゲーセンかどっかへ行くのが落ち、学校の品位を落とすだけだし」


 その時とばかりに、寄ってたかって言いたい放題、これはイジメだよな。機関銃のような口先攻撃に凰もタジタジで返す言葉も出てこない様子。

「ふだん役に立たないんだから、掃除くらいちゃんとやってよね」

 春日が再び箒を押し付けた。

「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ!」

 凰は乱暴にその手を振り払った。


「きゃっ!」

 彼女の手から箒がふっ飛び、ガラガラと音を立てて床に転がった。

 凰の行為に驚いたみんなは一瞬、口を噤んだ……が、次の瞬間、

「なにすんのよ!」

「酷いじゃない!」

「乱暴モノ!」

「八つ当たりなんかしちゃって」

 たちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎ。自分たちが言葉の暴力で追い詰めて、凰がどんなに傷ついたか考えもしない。


 キャンキャン騒ぎ立てられ、ひたすらむくれている凰。

「ちょっと言い過ぎなんじゃない、寄って集って」

 僕は勇気を出して口を挟んだ。

「だってほんとのことだもん、ね」

 頷き合う女子たち。

「掃除くらい十五分もあれば済むんだから、さっさとやっちまおうよ、な、鳥居」

 僕は箒を拾い、凰を促したが、

「俺は掃除が嫌いなんだ!」


 拒絶するように腕組みをし、ソッポを向く凰、すっかり意地になっている。無理もない、僕だってあんなふうに罵声を浴びせられたら、絶対やってやるか!って気になるだろう。

「誰だって嫌いよね」

 顔を見合わせ、再び頷き合う女子たち。これじゃ埒があかない。なんで掃除一つでここまで大騒ぎになるんだ? 僕も練習に行けないじゃないか、もう始まっているだろうに……。どうすりゃ。


 その時、唐突にある考えが浮かんだ。うまくいくかはわからないが、試してみたくなった。


「じゃあ、みんな、好きにさせてあげようか」

 僕は一大決心をして、女子たちの真ん中に割り込んだ。

「えっ?」

 女子たちは意外そうな目を僕に向けた。自分でもこんな大胆な行動をとれたことに驚いている。


 注目の中、僕はポケットから五円玉をくくり付けた紐を出した。

 不思議そうに見つめるみんなの目の前で、それを揺らし始めた。最初は3センチくらい、次第に大きく、5センチ、10センチ……。

「これをじっと見てると、だんだん眠~くなる、ほら、瞼が重~くなってきただろ?」

 そう、おわかりの通り催眠術である。揺れる五円玉を追って、みんなの目が左右に動き出した。


「もう目を開けてられない」

 人間を相手にするのは初めて、いつも愛犬相手に試しているが、かかっているかわかるはずもなく……。さて、出だしは上々、このままうまくかかるかな? 

 期待に頬を緩めた時、都築が瞬きを一つした。

「なんなの? コレ」


 ムードはたちまちぶち壊し、他の女子も同様、目をパチクリさせながら僕を見た。


「催眠術をかけて、掃除好きになってもらおうと思ったんだけど」

「やーだ、有村君でもふざけることあるんだ」

 バツ悪くて苦笑いするしかない僕。

「そう簡単にいかないか、やっぱり」

「……でもなさそうよ」

 流した春日の視線を追って、みんなも凰に注目した。


 彼は一人、虚ろな目で頭をフラフラさせているではないか!

「単純だから」

 ……確かに。


「面白そうじゃない、続けてよ」

 興味津々の彼女たちに催促され、そう言う僕も本当にかかるかどうか最後までやってみたくて先を続けた。

「意識が遠くなってくる、ほら、頭の中が真っ白になってきただろ?」

 凰は完全に目を閉じ、ガックリ首をうなだれた。


「真っ白な霧の中、箒を手にして楽しく掃除をしている君の姿が浮かんできた」

 クスクス漏らす女子たち。

 笑われているとも知らず凰は夢の中……なのかな?

「僕が3まで数えたら目を覚まします、その時、君は掃除が大好きになっているはず、では、1、2、3!」


 凰は肩をビクッとさせた。

 好奇心に目を凝らすみんなの視線を浴びながら、ゆっくり頭を上げた。

 さあ、さっそく掃除を始めるぞ、箒を手にしてテキパキと、

「さっさと片付けよう」

 成功を疑わず、僕は箒を差し出した。

 が……、なにか変だ。


 顔を上げた凰の表情は、まったく別人の様に変貌していた。

 眉は一文字に吊り上がり、目元キリリ、固く噤んだ口元はヘの字に曲がっている。

「ど、どうしたんだ? 怖い顔して」

 戸惑う僕を、凰はキッと睨み付けた。

 その迫力に僕はもちろん、女子たちも息を呑んだ。


 凰は肩を怒らせ、肘を少し持ち上げながら、僕たちを掻き分けて、ガニ股で窓の方へ突進した。そのいかつい背中を見ながら、

「どうなったの?」

 都築が小首をかしげた。

「さぁ……」

 春日もポカンとしている。

「なにか変」

 目をパチクリさせるばかりの僕たち。


「練習、始まってるのか!」

 出し抜けに叫んだ凰の声は、トーンがまるで違っていた。練習って、ここから見えるのは野球部専用グランドだけど?

「早く行かなきゃ!」

 止める間もなく、凰は教室を出て行った。


「どうなってるの?」

 都築に聞かれたが、僕には答えられない。

「こっちが聞きたいよ」

「なんだか、妙な具合にかかっちゃったみたいね」


 妙って……、見様見真似で初めてやってみた催眠術が、どのようにかかってるかわからないなんて!

「僕……様子を見てくる!」

 そう言った時、足はすでに出口へ向かっていた。

「待って、あたしも!」

 都築たちも続いた。


 ……で、掃除は誰がやるんだろ?


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