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2-4 重要なこと

・前回までのあらすじ


 活動の資金源確保のため、ASMRを作成した。


 両者とも髭も髪も伸び放題で着衣も面影がなくなっている。

 入社最終試験で生き残ったのは2人。社畜リーマンと、役者にだまされたヤンキーグループの一人。

 採掘場に隣接している森のフチ、ちょうどこの広場を見下ろせる大きな木の下に、雨風を防げそうな寝床ができていた。


「や……やっと、一週間たった……。やっぱり太陽の昇る回数を数え間違えていたんだ……」

「ああ、もっと、長い時間がたったのかと思いんでいた。でもオレたちはやったんだ。生き延びたんだ!」


 ノーティーの前で抱き合ってめいっぱい喜んでいる。

 ボクはそこから少し離れた岩石の上で内心バクバクしていた。

『まあ3週間たってるんだもんなあ、当然やで』

「声が大きいですよ。こっちは色々考えるうえにノルマも達成しないといけないからさ……」

『うわ~~ひどいひどい。やっと悪役としての自覚がでてきたんやなあ。安心やで』


 怒りを採取するのが仕事として慣れてきたのは事実だ。戦闘員服にも愛着がめばえてきた。

 ……キレられるのだけは慣れないけど。


「ずいぶん仲がよくなったようだな。ここは部活の合宿でもなければサバイバルドキュメンタリー番組の現場でもない。メイヘム戸水支部の入隊試験会場で、その最終試験の直中だ」

 ノーティーが谷間からピンク色の銃・セッケンを取り出して、生き残りに投げた。


「引き金を引いたモノを我々の一員として迎え入れよう」

 互いに顔を見あわせた。

 面と向かって他人にキレるのは難しい。

 たとえデスらないとわかっていも、人の視線を感じながら大手を振ってなにかを破壊するのはもっと難しい。


 人間、一度経験してしまえば、ズルズルとそれを実行できる。

 ボクもそうだった。

 だから最終試験で、その経験を……道徳心の箍を外せる環境を作り出せれば……。


 社会のレールを大きく離れるためのピンクい鍵を凝視する2人。

 ボクはイヤホンをつけた。


【司令……今日もお疲れ様でした。よくがんばりましたね……。お見それいたしました……えらいです、えらいですよぉ……】

「ふうーー…………っし」


 なにやら話し合いをはじめている。その間に立つようにスーツできわだったヒップラインがあった。

【お耳をこの綿棒で……カップの底にたまったアイスをスプーンでこそぎ取るように……】

 ごそごそ、ごそごそ。

 しなやかな背中がムチをしならせて地面を打った。


 震え上がる生存者たち。タイムリミットが設定されたのだろう。

 なぜか聞こえずらいからはっきりとわからない。


【いっぱい取れましたね……西部時代のゴールドラッシュを彷彿とさせられます……これだけあれば、向こう3年は村一つ、裕福に暮らしていけるでしょう……おや、あくびが……このノーティーと、布団へ、いきましょう……】

 セッケンの取り合いが暴力へとかわり、砂埃を巻き上げ、殴り蹴り破き引っ張った。


【……司令……司令……しれぇいぃ……ん……すう……はあ……】

 白い髑髏が光沢を放っている。今日はどうしてか艶めかしくみえた。

 彼女がボクの視線に気がついたのか、腋の筋がみえるほど振りかぶってムチをしならせた。


 完ペキよ……。ボクの無意識のつぶやきが聴こえる。

 グリップを握って、ヤンキーが戦友に銃口を押しつけた。

 しかし、引き金は引かれることなく傷だらけの手のひらから滑り落ちた。

 ヤンキーは顔を覆ってうずくまっている。


 リーマンが迷ったのは一瞬。

 セッケンをつかみあげて何かを叫び、身体の芯まで震えながら引き金を引いた。

 そんなに狼狽しなくても、そいつは無事だから安心しな。


『ご満足ぅ……』

「次はバイノーラルで出しましょう。支給金を全部つかって、専用の機材をすべてそろえたほうがいい。これが売れないなんて世の中どうかしてる、いや、売らなきゃならない。それが我々、戸水支部の使命であり存続する理由だ」

『し、司令が催眠にかかった……? そういう音声で作ったんじゃないのにな……」


 声の魅力でかかっていてもおかしくない。

 ボイスチェンジャーを通していない素のままの彼女の声は良いと思っていた。

 低音のきいた艶のある音だ。ずっと聴いていたい。

 司令官権限で、ボクだけの限定ボイスを作ってもらいたいかも……。


 いけない、最近司令官特権が発動しすぎていて欲望がだだもれてきている。そこら辺のライン引きは、ちゃんとしないとな。そうだね。

『ま、まあ、司令には同意するで。これほど売れそうなASMRサークルほっといたらウォーレンバ○ェットに名指しでファ○クって遺書に書かれちまうで』

「……ボクらは資金源にするために、やむ終えない理由で、このサークルを立ち上げた。理由がある。芸術を作り出すわけじゃない」


 ノーティーが綺麗な背中で手を差し出している。戸水支部に新しいメンバーが増えた。

『そうだけど……そうか何か策があるわけですな』

「この声なら“もっと売れるジャンル”で、勝負できると、あなたは思いませんか墓情報参謀」

『……………………司令、あんたはうら若き乙女に、何も知らない乙女に、やれと、そういうんやな』

「決めたんだ。この戸水支部が日本一になってくれるなら。ボクは悪にでも……なる!!」

『そういうと思って、実はもう、アマゾンのカートに一式入ってるわい! 締めて300万やで!!!!』

「よ、よおし! 思ってた3倍はかかってるけど、い、いったれ――やっぱりもう少し情報を精査してから」

『ポチっ』


 300万がポチられた。

 これは未来への投資さ、そうだよ、世の中金じゃない。

 みんな心の臓が止まれば金の心配をしなくてよくなるんだ。

 今のうちにたくさん苦心しておかないと損だろ?

 なんか具合が悪くなってきた。帰ろう。今何時だ、スマホの画面をオンして通知の束が。


「うわあ……」

 見たくない。一度アカウントをブロックしてからエスカレートした。

 電話も。少し返しても火に油だ。


『司令?』

「なんでもない。友達」

『……ヤマデラじゃないよね』

「違う違う。郵便局のラインだよ」

 墓とノーティーはアイツを警戒している。また見つかったらホントに永久ブロックされてしまう。

 そしたら本当の世界の終わりだ。


 事務員になったって伝えたら「そんなはずない」って、なにを前提とした上での言葉なんだよ。

 コイツとのやりとりは疲れる。なんとか納得させる方法はないものか。

 こんなことなら心理学とか国語の文章作成をマジメに取り組んでおくんだった。


「司令、スマートフォンをいますぐしまってください」

 顔を上げた。

 5cmもしない近さで画面を覗きこんでいたノーティーにスマホを落としそうになった。

「作戦中のスマートフォンの使用は禁止されています」

「授業中にスマホ使うなみたいな、社会的に良い人間になるための道徳をやしなう規則があったんですか。反社に」

「ありません。が、司令の威厳や振る舞いに対してサポートするのは、私の使命です。隊員の行いに目を配らず、画面ごしの女と文字によるコミュニケーションをとるのに躍起になっているなど、上に立つものとして行為です。託された後藤司令に顔向けできません」


 ノーティーが放つ殺気のせいか、ついさっき仲間になったリーマンが気絶した。

 うっ、口答えしたのがマズかったか。

 ノーティーがこんな一気にまくし立ててくるのはいつ以来だ。平謝りしてもいいが、スマホいじってただけなんだ、なんか納得いかない。


 もしかして相手がヤマデラだから? 女だから。

 ノーティーは「司令」という役職の人物が大好きな毛があるからなあ。

 司令として、こうなったらちょっとだけおちゃらけてやろう。


「……も、もしかしてや、妬いてます~~?」

「妬いてます」

「はは。え?」

「このノーティー、ものすごく、ジェラシーを感じています」

「そんな直球にいわなくても」


「いいえ、しんぼうたまりません。司令がストーキング女と連絡を取り合っていると想像するだけで、300mほどで息が上がり、廃棄ミスが3倍になります。作戦行動並びに日常生活に多大な悪影響・打撃をうけ、生産性に深刻な問題が発生しています」

 足が空を踏んでヒヤッとした。後ろはもう岩石のフチ。圧で追い詰められた。


「そういった観点から、我々に見せつけてスマートフォンをいじるのは、隊の戦力の低下を招くため最悪の行動といっていいでしょう」

「しょ、しょんなのボクのかってだろう! 近頃の若者はこれがないと動悸がするんですよ!! ぼ、ボクは不当な圧力に屈しない! スマホ脳と言われようと、デジタルからボクを遠ざけることはどんな悪にもできなーーい!!」


 保護しちゃいけない大王虫の子供をかくまうように、スマホを抱いてしゃがみ、丸くなった。

 これは大事なモノだ。

 絶対に、誰にも渡しちゃならない。

 なくなったら僕が困る。


「……踏みこんだ真似をして申し訳ありませんでした。このノーティー、司令を支える身。司令のご意志を遮って無理強いをするような行為、私情が多分に含めたことをお許しください」


 どこか寂しげな美声に恐る恐る顔を上げる。

 ムチの先端がぴゅっ。

 スマホが飛んだ。

 弧を描いて3mはあるこの岩石の上から、ゴツゴツした砂と石と土だけのがちゃがちゃな地面へ落下。


 着地をミスって、両足がついて前に倒れ。這うように走ってスマホを掴みとる。

 弾丸でも食らったように画面がひび割れている。背筋が凍った。必死でポチポチした。


「う、動く……。よかった……」

 安堵で全身の筋肉が弛緩した。

 いたるところが破けて血がにじんでいる。

 ここ最近、外での活動が多いからかさほど不快感はない。

 そして、安心すると怒鳴りたくなった。


「なな、なんてこと、しゅるんでしゅか!」

 かみまくって高いところにいるノーティーに感情をぶつける。

 ノーティーは、ムチを首に巻きつけて超馬力で己を締め上げている最中だった。


「ちょーーーーーーー!!」

 全力でダッシュした。車を登って岩の上へ。腕をつかんで辞めさせようとしたがムリだ。だって超馬力だもん。

『ヘルメット取って! 早く!』

 瞬発力だけで理解し腕から髑髏に。

 肩すかしなくらいスポッと取れて、白い肌と白目と白い泡が日光にさらされた。

「ちょーーーーーーーーーーー!!」




 盛大なくしゃみで目が覚めた。毛布一枚でアジトの畳で寝るのはやっぱりよくなかった。

 台所にノーティーの姿はない。母屋をでて、司令室=物置の戸を開けた。

 しなやかなな肢体が朝の太陽に照らされる。

 モデルのような滑らかな曲線と張りのあるお尻、背中、胸、腋のライン。

 白い肌のいたるところに大小の傷が直った跡がミミズのように彼女の身体を這っていた。

 斬られ、こすられ、打たれ、撃たれ、穿たれた戦闘の痕跡が――そういうことではなく。


「ご、ごめん!」

 急いで戸を閉めた。バッチリみてしまった。

 ボディーシートで汗を拭いているノーティーの……。

 メガネがないと結構垂れ目なんだなあ。じゃない、思い出すなボク。

「も、申しわけありません。お、お見苦しいものを……」

「綺麗でしたから!!」

 すっと小さく息を吸う音が。


「いや、すみません。変態です! じゃなくて、大丈夫そうで、あの、様子を見に来ただけですから、の、のぞくつもりじゃなくて、ボクの部屋ってそのクサいから、気絶してるんじゃないかって、服そこにあるから着替えて……最中だったんじゃないかなにいってるんだ」

「……ありがとうございます。すぐに朝食の準備をさせていただきます」

「そんなの気にしないでいいからゆっくりして……すみませんでした。ボクのためにやってくれたことなんですよね、スマホ」


 衣擦れがする。

「でも、大事なモノなんだ。手放すわけにはいかない。アイツと連絡がとれなくなるとか、そういうんじゃなくて……」

 そういうんじゃなくて。

 そういうんじゃなくて、なんだ?


「このノーティーの傲慢でした。こうあってほしいという思想の押しつけでした。お許しください」

「ボクのためにしてくれたことなんだから、謝らないでください。伝わりましたから」

 一晩、冷静になって出た答えだ。

 ノーティーは司令に並々ならぬ忠誠を誓っている。それを曲げてまで、司令の私物に傷をつけたんだ。それほど伝えたいことだったんだ。

 ジェラシーとか、だいぶ私情がはいっていたのも、その通りなんだけど。


「もっと司令として、振る舞いに気をつけます。たしかに、部下そっちのけで四六時中スマホいじくって友達とラインやってるヤツが上司とか、やだもんな……」

「しかし、司令を傷つけてしまったのは自明の理です。いかなる処遇もこの身をもって受ける所存であります」


 ピンク色の思考が横切った。いまはその時ではないぞ、智之。

「なら、命令します」

 音もなく戸が開く。すっかりラバースーツでシャープな髑髏の怪人がかしずいていた。

「自分を傷つけないでください」

「…………そ、そのようなものは、罰では」


 ボクは深呼吸して役に入るように努め、「意見があるのならば聴きましょう」

「申し訳ありませんでしたああ!」

「自分の首を縛るなんてもってのほかです。戸水地区のエース“ノーティー”になにかあったら、ココはもうおしまいです」

「……」

「戸水、ひいてはメイヘムのために…………その力を遺憾なく発揮してください」


 傷ついてくれ。そんな非情で重い責任を伴う言葉を使うのは、いまのボクにはまだムリだ。

 無言が続く。恥ずかしくなってきた。頭を垂れたままだし、このままこっそり……。


「司令のためでは、ダメですか」

「え、ええ、もちろんです。未来のために」

「フツー司令のため、では」


 髑髏の赤い両眼から、不安と期待がなぜだか伝わってくる。

 フツー司令……?

 誰だ。あ、ボクか。呼ばれなさすぎてコードネーム忘れてた。

 ……ボクのためだけに、ってこと。

 大いに結構だ。事務的にそう答えればいい。


 違う。

 ボクから返事を待つ地区最強の女幹部。

 ボイスチェンジャーを通した言葉の機微が、恥じらいと恐怖をもちあわせた仕草が。

 なにかを待つ少女のように思えてしまったら、淡々と返事ができない。

 

 マジか。

 もしかして、すべてを好意的に受け止めればこれって――。

「あ、ええと、えーっと、ええとね、ボク、は、ねー」

 ええとしかでてこない。

 相手は怪人だぞ。何人もヤッてる怪人だ。

 でもさあ。

 あー、ヤバい、これまでの人生でまったく前例がないからすぐに対応できない。

 ……なら、心の内を、彼女に伝えよう。


「ボクも、言いたいことがあります。ボクのために、その美声をささげて尽力してくれますか」

「……司令、それは」

 どこからともなく甘い空気が漂ってくる。

 ボクは、目をつむって、ずっと伝えたかった言葉を紡ぐ。

 それから2日後、ボクとノーティーは、やるべきことをやるために出かけた。


「じゃあ、頭からつるっとやってみましょうか」

 ガラス越しのノーティーは、頭を模した灰色のマイク前で台本を持ち、カトキ立ちしている。

 ボクは思わず目をそらした。


 それはなんというか、バカンスに行こうと誘われてウキウキで飛行機に乗りこんだら到着地がキャンプ場で気がついたら薪割りをさせられていたみたいな、サンタさんにゲームソフトを頼んでわくわくで起きたらプラモがあったみたいな、そんな灰色の雰囲気だった。


 難しいことから逃げてなにが悪いんだよ! ……いや悪い。ボクのクソ雑魚メンタルじゃ、受け止めるのはムリだった……。ゴメン……とても、ゴメン。



 サークルM-DWのASMR第二弾「【耳かき・囁き・鞭・慟哭・耳なめ】悪の女幹部に膝枕されて寝落ちしちゃって、それから……」(R-15)


 は、第一弾よりも好評、売上も倍増だった。

 怨念のようなものを感じさせる演技が、女幹部感を強めていて素晴らしい。

 というレビューをみた。

・次回予告 明日、7時くらいに更新


『バカチン!!!』


 反社どころかそれの司令になったのまで一瞬でバレた。


「メイヘムーーーーーーーーーーー」

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