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2-1 3つの方針

・前回までのあらすじ


 戸水メイヘムがダメすぎてブチ切れる平田。

 勢いで司令になっちゃった。


 新しいアジトは雑居ビルどころか木造の平屋だった。


 街から少し離れた緑の多い土地。

 工業地帯の煙突が遠くに生えてトラックが往来している以外になにもない。

 街中だと警戒がまだ強いからだろう。誰かがウロウロしていればすぐにわかるから防犯にもうってつけだ。


 と思うようにはしているが、実際は家賃が2万だからだ。結果がでていない支部にはとにかく容赦がないようだ。


 後藤は病院から姿を消した。防衛軍にバレる前にメイヘムお抱えの医師の元へ逃げたとノーティーに教えられ、ボクの手の甲にはやはり三角形のマーク。青と赤のコントラストがダサすぎる。


 夢の続きだと思いこみたかったが悲しきかなマジでボクはメイヘム戸水支部の司令になっていた。

 あれだけ見栄を切っておいて、当分のボクの家になった新アジトの司令室で起床しても実感がなかった。司令室がただの離れにある物置小屋だってのがそうさせているかもしれない。


 平屋、というかアジトに入ると台所に事務員さんがいた。

「おはようございます、司令。そろそろできます」

 エプロンをつけてテキパキ朝ご飯を作っていた。司令になると長身事務員さんの暖かいご飯がついてくるみたいだ。


 テーブルに並ぶ白米、味噌汁、鯖の塩焼き、少しの煮物。

 何も考えないで箸をつけ、猛烈に感動した。

 ボクが食べている間、正面に立ったまま控えている事務員さんにも、なんかこう、権力を持ったようで色々なものが満たされる。

 ずっとこれならば、ボクはずっとこの仕事やっていてもいい、かもしれないとさえ思わされる待遇だ。


「あの、とてもうれしいんですが、明日からは来ないで大丈夫です」

 ポニーテールにしている髪が激しく揺れた。目まいを起こして椅子になんとか手をついた。

 涙目になっている。

「そ、たぶんこれ支部の伝統、なんですよね? こんなパワハラまがいの前時代的な伝統はボクの代で終わりってことで」


 このまま甘えていたらダメ人間になってしまう。それに毎朝地味だけどやけにスタイルのいい家庭的な女性に献身的に胃袋をつかまれ続けたら……。


「いえ……勝手にやっているだけ、です」

「じゃあ、どうして。昇進とか永久にないでしょうここ」

「司令を、サポートして差し上げたいの、です」

 ボクの両手をガッチリ掴んだ。か、顔が近い! メガネごしに期待が透けてみえる。


「フツー司令は、戸水、ひいては今後日本中を背負って立つお方、です。いつでもどんな時でも、最高の体調でいてほしい。それが私の願い、です」

 女の人にこんなに期待されたのはお母さん以来だ。あと体躯の圧で少し怖い。

「何なりとおっしゃってください。炊事洗濯、運転、電話、歩行、おはようからお休みまでサポートさせていただき、ます。もしもお望みとあれば……」


 そらした頬が恥ずかしげに染まる。思わず生唾を飲んでしまった。

 いや、気がつかないフリをしておこう。正直、下から救ってたぷたぷしたい。

 はー、権力ってすげえや。こんな劇薬、勘違いして横柄に振る舞うやつもでてくるわけだ。



 始業時間。6畳ほどの部屋で押し入れの前にたって、アマゾンのでかいダンボールを4つ向かい合わせたデスクを見下ろした。


 事務員さんと、54才ボブさん。もう一人の構成員・墓は相変わらずテレワーク。

 ボクが今日から司令になった趣旨を説明するとスタンディングオベーションで万感の拍手が総勢2人から巻き起こる。気分は最高だぜ。


 総勢3人。墓とノーティーを入れて5人。日本一にするってムリすぎる。


「本日は隊長の就任、いや、未来のメンヘム総統の就任記念日、です。盛大に人間どもを刈って、貢ぎ物にします……っ!」

 突然の出来事だった。事務員さんが事務服をバッと脱ぎ去った。


 ガン見していたボクはその下から現れたラバースーツにいの一番に驚愕した。

 デスク(ダンボール)から取り出した髑髏をかぶれば、戸水支部の稼ぎ頭、ノーティーのできあがり。

 う、ウソだろ。ボクの胃袋をつかんできてたのこの人? 戸水支部最強の戦闘員は事務員だった。


「戸水支部、ファイトー」

 ボブさんの野太い雄叫びだけが響き、メンバー全員がいなくなった。

「休憩時間になった瞬間に外へかけだしていく小学生かよ……」

 というか事務員さんとノーティーが同一人物ってことは、ここの全隊員はボクを入れて4人だ。就任早々一人減るなんて、悪の組織は何が起こるかまったくわからない。


「目標とか今後の計画考えてきたんだけどな、一応」

『わらしが聴いてしんぜよう、新しれーい』

 つぶやきに返事があってビクリとした。事務員さんよろしくノーティーの席の隣にあるダンボールの中。電源のついているノートPCに「墓 サウンド・オンリー」が無機質に表示されていた。



「こ、これは、確かに最弱……」

 戸水支部の銀行通帳と3年間の成績にボクはうなった。


 台所の食卓テーブルでノートPCと向き合っている。

 墓はリモートと聴いていたが顔すら見せるつもりはないみたいだ。

『後藤司令は現状維持がモットーだったからずーっとかわらなかったんや。もっとおゼニほしかったのに、これでいいんだよってさー、ボーナスも司令の貯金から出した1万やで? こっちはもう子供じゃあないんだ、舐めんなよって感じやで』


 ボイスチェンジャーで盗みを働いた人特有の高音になっているから性別が全くわからない。

 話し方から大阪方面の人なんだろうなとは思うが。


「ずっと後藤さんだったんですか」

『せや。他の支部は新陳代謝が激しくてな、交代するというよりかは、捕まるか、この世から消えてしまうのがつねで、だいたい一ヶ月もてばいいほうや。

 阪大支部みたいなでかいところなら別やけど、この地方のちっさい支部で創業当時2年間ずーっとやってるのはホンマすごいで。まあ、逃げ足だけが早いってだけかもしらへんがな。

 まあまあノーティーは別やけどな。あの子はベツモンの立派なメイヘムギャルやで』


 早口でまくし立てる墓。よっぽど不満がたまっていたんだろう。あの昼行灯、やる気とかと無縁そうだもんなあ。

『内部事情はこんなもんでええな。で、いったいどういう改革をもたらすのか見物やな。フツー司令サン』

 後藤から急に引き継いでから、何とかひねり出した3つの目標を発表した。



【1、構成員を増やす】



 一度の出動で戸水地区全域をカバーできる人員が必要だ。

 ノーティーに頼りすぎているから、もっと人を増やしてノルマの達成をしやすくする。

 どんなに弱い性能でも数で押せば、足しにはなるはずだ。


『ハロワはもう出せないよ。フツーを採用した後にウチがメイヘムだってバレたから、いままで以上に警戒されているからや』

「無料で出せるところは」

『ぜーんぶダメ。ウソの名前で求人だしても、よほど追い詰められてる人生棒に振ってる人間しかこないから、殺伐としそうでヤなんやよ。自爆とかされた日には、仕事が手につかなくなるし~~』

「……」


『HPでも作っか。たどり着けたヤツだけが求人に応募できるみたいな、書類選考不要なの。それをどうやって世の中にバラマクかだけど』

「暗号を入れた広告とかウワサを流しましょう。解ったヤツだけがたどり着けて、ある程度の覚悟と頭脳を確約できるのを」

『相当なムチャぶりブッこんできたな、フツー』

「す、すみません。ボクが考えます」

『いいぜ、やってやるよ。日中暇で暇でしゃーないしな、わらしの灰色の脳細胞があれば。――ちょっと待ってください』



【2、資金源を増やす】



 そもそも人を増やすといっても本部からの資金だけでは人員の確保も道具の調達も難しい。

 これからやっていくには生産性のある固定資金源がマスト。

『これはよく考えないと難しいやね。転売とか、合法麻薬作って売りさばくとか、ハカ、怖いからやんないよ。フツーがやってよ。そういうの、いつだってやめられるなんてウソやからな』

「反日本勢力なのに……ボクもヤですけど。お店とかやれればいいんでしょうが」

『ならネットが一番やな。ブースとかメルカリでなんか作って売ろっとーーい』ブチッ!!

「墓さん? ……マイク切れた?」



【3、生命エネルギーの供給源を『恐怖』から『怒り』に変更』



「これが一番大事。襲って怖がらせるのは、時間もエネルギーも無駄。効率が悪い。

 新しく取って代わるエネルギーは、怒りです。

 能動的に行動して危険を被る心配もありませんし、感情の頂点を採取するならば、怒りでも問題ありませんしね。

 戸水支部は、怒りを集めましょう」


 本当は人を襲うのが怖いからだとは口が裂けてもいえない。ものは言い様だ。

 ブラック企業での経験が生きた。


『……? ……って……ます』

「墓さんしゃべってますか? 声が小さくて」

『あいやすみまぬ。そろそろ次の仕事があるから、後でメールで送ってくれメンス。ドロン」

 ブチッ、一方的にサウンドオンリーが消えた。


 ……普段なにをやってるネットの民なんだろ。あまり詮索しないようにしておこう。

 今、考えるのはどうやってこの支部を日本一にするかだけだ。

 日本列島を真っ赤に染めてやる。

・次回予告


 でも逃げちゃダメだ。


「宅急便が受け取れない、です」

「はい?」


 グフフ……。

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