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OP-1 スペースモンキー”ズ”


 目覚めた。

 風が強くて灰色の地面が冷たい。

 ハメこみみたいな街を見下ろす風景が周りに広がっている。

 ここは、メイヘム本社の屋上ヘリポートだ。

 前を見る。ヤマデラが戦闘服で向かいの端に立っていた。


「フックで気絶してから30分しかたっていないから安心していい。ああ、ここまで運んでくれてありがとう。定位置についてくれ」


 勝手にインカムからしゃべりやがって。……伸びているボクの影が小さくなった。振り返ると、ハシビロコウの怪人が背を向けていた。


「一号」

「彼は立会人だ。それを飲んでくれ。対等な立場で正々堂々と戦いたい」


 俯く。赤い錠剤が落ちていた。

 ――ボクのこと好きなんだろ!!

 自らの遠い怒りがくすぶる。ボクの生エネが凝縮された錠剤だ。


「ルールは簡単。僕を倒せば、あれは止まる。どうしてもダメな君のために銃も用意しておいた」


 目をこらすとボクとアイツのちょうど真ん中にピンク色の点があった。


「この世界で僕を止められるのは君しかいない。未来を考えれば、君が僕にとっての特異点というわけだ。悪の組織の頂点に君臨していた、フツーが」


 防衛軍と自衛隊の戦闘機が頭上を横切っていく。

 たぶん万雷の悲鳴もそこら中でしていることだろう。


「何でそんなに嬉しそうなんだ」


 聞こえているくせに、ヤツは最後の戦いだとばかりに両手を開いてみせた。


「さあ、平田くん。思いっきりブッ飛ばしてくれ」

「……え?」

「僕を殴ってくれ。できるだけ。思いっきり――――!」


 ここからはじまった。


 紅い目のヤマデラの拳が頬にめりこむ。

 ボクも飲んでいなかったらデスってた。

 なにが殴れだ。

 返す刀で腕を振る。ボクのも不思議と当たった。


「いいよ、いいよ平田くん」


 拳と拳がぶつかりフッ飛ぶ。

 拳以外はありえない、暗黙の了解があった。

 雲の流れが遅く感じる。

 加速している。

 肝臓を、肋骨を、胸を。

 超跳躍もできるし、超高速で移動もできるパワーもある。

 それでも足を据えて、己の拳に全てを賭けて打ちあった。

 こんなのボクのキャラじゃない。

 アゴをかする。たたらを踏むヤマデラ。流れ出る血液を手の甲でぬぐった。


「確かに、確かに僕はここにいるんだ!! なんて、こんなに、スカッする!!」

「手加減しろッ! 女だぞッ!!」


 不意にバックステップしてセッケンを握る。

 が、オーバーヘッドで落とされて遠くに蹴られる。ピンク色が崖っぷちのフチに。


「いいよね平田くんッ!」


 なにかが爆発したのかと思った。

 血液の霧吹きでヤマデラを真っ赤に染めた。臓器のどれかが破裂したのだろう。

 なんて顔で笑ってる。サイコキラー丸出しだぞ。

 腕を振る。首だけで避けられて、腹パン。

 みちみちみちみちぃ……! 内蔵の繊維が細かくちぎれていく。


「達成、達成、やっと……やっと達成できる……!」


 急に足がいうことをきかなくなる。腕を上げて顔面を覆い、ピーカブーブロックするしかない。


「悪をッ! 無くすッ! みんながッ! 笑っていられるッ! 世の中にッ!! 作り替えるんだッ!!」

 インパクト。ブロックごしに頭が後ろに弾ける。

「真の平等。みんなが望む楽園へ導くんだはははははは!!」


 台風のような猛攻。ボクはカメのように丸くなるしかない。

 足が内股でガクガク。

 もうそろそろ腕も上がらなくなる。

 生エネの効果で痛覚が鈍くなっているのに、痛みで気が遠くなりそうだ。

 ガードできなくなれば、おしまい。

 ボクの予想だと。


「……キッズが」


 だから最後に口だけは動かそう。


「スペックの差があって……優劣があって……勝ち負けがあって……。ボクらが……動物である限り……平等が訪れることは永遠にない」

「僕がそれをやろうというのだよ!」


 あと少しだけもってくれよ、ボクの身体。

 貯めるんだ。パワーを。

 もう少しだけ動け、よろめいて。


「……へへ……お前の気持ち……いまわかった……よ」

「それはつまり、ボクのパートナーになってくれるということかいっ?」


 猛攻が少しだけ和らいだ。どれだけボクのこと好きなんだよ。

 力を貯めろ……。


「思い通りにならない……世の中を受け入れられない……だから壊す…………それしか思い浮かばない……この、やり場のない、共感してもらえない憤りを……吐き出すのには」

「…………」

「弱いもんな、ボクらは」


 止まったのは、ほんの一瞬。

 ここだ。

 言葉のコークスクリューブロー。


「同情するよ、ヤマデラ」


 瞳孔が開いた。

 きた。

 左。

 確実にボクの頭をかち割りにきた……!

 カウンダーだ!!

 やつの業突く張りな前に出る力を利用して……。

 このしなやかで脱力した右で小突いてやれば――――――!

 拳が到達する。

 硬い。

 硬い硬い感触だった。

 ボクの拳はしっかりと、ヤツが上げた左肘にインパクトしていた。


「さすが僕の最愛の平田くんだ、一瞬だけ我を忘れそうになったよ。でも、それくらい読んでいた。それに、ハハハハ、そんなに光っていたら、くるかもって思うだろう」


 硬い柿がテーブルの角にぶち当たったような有様だ。

 グロイ。それなのに逆剥けが取れた程度の痛みしか感じていない。

 それよりも、その甲だ。

 消えたはずのメイヘムのダサいロゴが、にじみ出してきていた。

 電飾でも埋めこんだように、輝きを放って。

 なんでだ、やつの身体に置いてきたはずじゃ――――――。

 いつのことだか。香月の鉄拳にブン殴られて、キリモミしたのを思い出していた。

 あと1メーターもしたら崖から落ちていた。


「平田智之の名は人類最後の悪として教科書に載ることになるだろう。正々堂々と、この山寺賢雄に倒された存在として」


 悠々と見下して歩いてくる。


「それと一応。しっかりと胸に刻んでほしいんだが……僕は弱くない」


 血を拭おうともしない。


「呼ばれればどこでも飛んで行って悪者から一般市民を守る。それには強くてはならない。僕は負けない。僕は誰にも負けない。この身体になってからトレーニングが追いついていないが、戦闘服とパワードスーツでどうにでもなる。……だが精神力だけは変わらないらしい」


 笑っている。


「僕という存在が培ってきた防衛軍とメイヘムでの経験と意思力と正義の心は――清くどこまでも澄み渡る王道への信仰にも似たこの精神……強い! 強すぎる!! 死の淵から黄泉がえり、悪者を倒し根絶を達成できるほどに、無敵だ!!」


 太陽が遮られた。

 影でやつは真っ黒にしかみえない。


「国が悪ならば、立ち上がらざるを得ないんだよ平田くん」


 正義の鉄拳を。

 塗装が剥がれて形をなしていない紋章だったものを携えながら。


「ヤマデラバニシング・フィスト――!!!!!」

「撤回するよ……」


 ヤマデラは両手を大きく引き絞って前傾姿勢のまま停止している。


「弱いのはボクだけだ。ボクは弱い。だから悪の組織に入ったんだ……あの時は、そこまで考えていなかったかもしれないけど、なるべくしてそうなったんだ……今ならわかる」


 おしまいだ。

 これでおわる。


「なんでもよかったんだ……。不条理に怒り続ける家畜の安心感から抜け出すためのきっかけは……。ボクはその悪魔の巡り合わせを受け入れた。あのとき、自暴自棄になって司令になっていなかったら、骨の髄までしみこんだ安心と……恐怖から逃れられなかった……」


 ボクがガードを下げたから、ブッ飛んだ。


「いろんな出会いがあって、後悔があって、嬉しさがあって、いろんな人を傷つけた」


 ヤマデラが正直者でボクを倒すことしか考えていなかったおかげだ。

 周りがみえなくなったおかげだ。


「悪になってよかった。心から感謝するよ……!」


 おかげで滑っていったセッケンを再び握り、銃口をヤマデラの腹に突きつけられたんだ。


「取り戻したぞ」


 引き金を引いた。




【僕は正義の味方になるんだ!! 弱い人を助ける人になる! お父さんみたいに!】




【バカにすんなっていわれた……でも助けたい……ちがう、まもりたい。わるものから、みんな守りたいんだ!!】

【母さん、これからは僕がみんなを守る。防衛軍に入って、父さんみたいに、みんなを守りたいんだ!】




【父さんは職務で死んだのではない……でも家族を守るには……みんなを守るには、このままが安心なんだ。子供じみた夢をみるのはやめよう。僕は、自分のために、正義を貫くんだ】



【利権のために悪を…………本当なのか後藤】




【この国事態が悪だ。守る……いや、元を潰すしかない……倒す……潰す、潰してやる。ハハハ……そうなれば確実に行ける。――天国へ】



 目覚めた。

 ヤマデラが激しく痙攣している。

 生命エネルギーが青い電撃となって銃口に吸いこまれている。背中で支えてなかったら勢いを押さえられなかった。


 セッケンに取り付けられた生エネ採取用のビンからゼリー状の青い物体が溢れて、僕の腕でドロドロと溶けていた。

「ぐっ、これかッ!!」

 銃口を引き抜き、這って距離をとった。


「ヤマデラの過去……」

 生エネが浸透して消えた。

 そこら中に視覚化された感情が飛び散っている。

 少量でこれだったんだ、アレにごっそり腕でも突っこめば触ればたちまちヤマデラの感情と記憶に飲みこまれて我を忘れてもおかしくない。


「こうして話すくらいの、力は残っている、らしい」


 ボクは四つん這いで動き、仰向けで転がっているヤマデラの足下になんとか立っていた。


「ああ……悪者はつよいなあ……正ぎがかつってだれがいったんだよ……」

「正義ってなんだ。お前が思う正義は」

「…………せいぎは……」

「は?」

「……わるものに……かつ……んだ……おとうさん……ぼくはなる……」

「お前がうらやましいよ」


 まだボクには力が残っている。

 力の抜けたヤツには一発だ。


「……やっ…………おわ……」


 ヤマデラはまぶたを閉じた。

 なんて不思議な感覚だろう。

 ボクがボクをそうするみたいだ。

 このセッケンを振り下ろせばノーティーは止まる。

 マックに戻って墓に連絡し”紋章”を引き継いだとメイヘムのみんなに配信をすればいい。

 ボクは、肺の空気がカラカラになるまで吐き出した。


「じゃあな」

 セッケンの銃口を口にツッコんで引き金を引いた。

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