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4-8 ノーティー


 いる。

 漏れ出そうになった口を押さえた。振り返る。並んでいる衣装と少しの楽屋花、その奥には部屋を横断してカーテンが張られていた。


「来てくださったのですか。来たるべき場所で待機しているとお聞きしていましたが……うれしいです」


 いつの間にか涙がでていた。

 耳に馴染んだ声。

 何度もボクを呼んで助けてくれた声。

 一週間もたっていないのに遙か昔に感じる。

 感情が溢れだす。

 答えてくれる確信ができる!


「ノーティー」

「……誰だ貴様。いや、どなただ。新しいスタッフさんだな。何かあったのですか」


 高揚の熱が一瞬にして抜け去った。

 横にある姿見に、見慣れていない芸能人みたいな女性がいる。

 あの(ヤマデラの)身体じゃない。


「えっ、ええーー、そのぉー、そうです、フツーの妹の――」


 違う。

 違う違う、引くな!


 ウソをつけば簡単に乗りこえられる自信がある。

 墓からもらったスマホアプリのボイスチェンジャーを使えば、どうとでもなる。

 ボクならばできる。

 この数ヶ月間で培った溢れ出る自信と信頼があればできる。

 でも――踏み出してカーテンの影と向かいあった。


「信じてくれとはいわない。でも、ボクは事実だけを伝えにきた」

「アンチだな貴様。こんなところまで来てないで、もっと建設的な事に力を注げ」


「メイヘム司令のフツーはボクだ。いまメイヘムを牛耳っているヤマデラは、ボクと入れ替わった、一度政府に消された防衛軍支部隊長なんだよ」

「それ以上、口を開くな」


「ヤマデラは戸水メイヘムを復讐の道具として利用する気なんだ。それはすでに始まっている。ライブは中止にしてくれ。そうしないと必ず良くないことが起こる!!」


 フッ飛んで、入ってきたドアに肩からぶち当たった。

 いつの間にか素肌の腕がカーテンを突き破って飛びだしている。


「貴様のような思いこみの激しい輩は配信で五万と相手にしてきた。こんなところまで来て二次創作の妄想を垂れ流す、腐ったアンチコメの腐ったやつは初めてだ。少し褒めてやろう」


 熱くジンジンする、戦闘服を着ていなかったらグシャグシャになっていてもおかしくなかった。

 打撃のせいなのか、胸の中心がやたらと重く沈んで痛い。


「ち…………違う……伝えたい事が、あるんだ……」

 カーテンを突き破ったしなやかな薬指が光って――指輪だ。


「――だけど愛してくださった――――なくても――司令に従う――――――」


 息を吸ってまぶたを開ける。

 どこだ。気を失ったんだ。

 ソファーの柔らかさ。どこかの楽屋だろうか。

 スタッフが2人、出入り口のドアに陣取っている。


「おい、気がついたぞ。どうする。お前どうにかせい」

「アニィ、どうにもせんでいいんですって。ワシらは見張っとくだけでイイて言われてまっしたやろ」

「おお、そうだった。あのドッキリ以上のヘマするワケにはイカンからな、オレの沽券に関わる」


 遠くで歓声が聞こえる。テレビには会場の映像だ。

 ステージの長いディスプレイで、Vチューバーノーターが動き回り、高らかに歌っている。

 超満員のファンの前で。


「出てこうなんて思うんじゃねえぞ。司令の女だからってな、もしも突破しようってんなら押さえつけてロープで簀巻きにして、こう、動けなくしてやるからな!」


 ドロップキックでノビた2人を跨いで部屋を出る。

 非常口から客席に駆けこむ。

 熱気で肌がチリチリして感情の塊みたいな轟音で何も聞こえない。


『『貴様ら人間どものおかげで、このライブは確実に成功した。今日は悪かったな』』


 ボクがやったB型は壊れたままだ。

 進行は滞りなく進んでいる。

 警備スタッフが走ってくる。


「墓!! 他にどこにある!! B型は! 確実に叩くしかない! さらにあるんだろ! いまから!!」

『ムダですよ。司令』


 信じられない言葉に筋肉が硬直した。


『そこら中にあります。B型は破壊できません。最初からムリだった……これが決まってしまってから……、何をやるつもりなのかを先に突き止めて叩けなかった、私たちの負けなんです』

「弱気になるな!! 何でも良いから教えてくれ!! どこだ早く!!」


 客席脇のスタッフ用通路なら行ける。


『最初から見えていますよ……、持っているじゃあないですか、みんな。持ってない人もいるかもしれないけど……そんなの関係ないんです。あるのが重要なんです……』

「見えてるってそんなの、画面といっぱいのオタクとライト……」


 立ち止まってしまった。


「まさか……」

『急いで。爆弾でも何でもいい、とにかくこれを止めてください……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が稼働する前に!!!!』


『『――先に行っておくがアンコールはない。そしてみんなに報告がある。いや……”ご報告”だ』』


 ざわめく会場、イナズマに打たれたようにボクに思考が走った。


「……みんなよく考えるなあ」

 警備員にタックルされ、冷たい通路に顔面をぶつける。

 マップが表示されているスマホが暗がりに滑っていく。


 ここにいるファンの大半を、怒りでどうしようもなくさせるには。

 イタズラなんかじゃ、この空間ではエンターテイメントになる。

 かといって例えばクマや忍者を登場させたら恐怖で逃げ惑うだけだ。


 怒りに特化させるのにはコツがある。

 これが現実に起きていることであり、尊厳やプライドを傷つけられる・られたという恐怖や敵意を与える必要がある。

 さらにそれが自らの行動でやり返したり覆せる範囲の出来事だと認識させる必要がある。


 自らより弱い立場の愛情をくれる偶像。

 その偶像にもしも()()()()()と、実感させられたら。


 さらに重さに潰される。ヤメロとも叫べなかった。


『『このノーター、記念すべきファーストライブの日に、結婚いたしました』』


 手をあげてみせた薬指には指輪がはまっている。

 反応はすぐに返ってくる。


 人格を疑うありったけの汚い言葉、笑い、祝福、サイリュームの流星、嘔吐、慟哭、泣き叫び、やり場のない暴力、殺す! 倒れる、殴り合う、『『相手は一般の会社員の人です。ファンの皆様には、このノーターに変わらぬご愛顧を、宜しくお願いいたします』』、押し合いへし合い、流れができる、おめでとう! ホコリで咳がでた、前へ後ろへ、扉は全て開かない、踏まれる、スタッフに掴みかかり、金返せ! 騒然と発狂で耳が痛い、行けよ! 悲鳴、流血している、Tシャツを破いている、一際大きい悲鳴、そこかしこで青い光が、なんだコレ、脱力する、扉を叩く、脳天から抜けたイナズマが結婚指輪に向かって飛んでいく、

 スタッフがサイリュームのB型を一斉に取り出した。

 怒りが青いイナズマとなり、会場をキレイに照らしながら、流星群のように通りすぎていく。

 半分怒り、半分笑いと祝福だった。それが怒りと恐怖に染まっていく。


 イナズマはディスプレイ裏のカーテンを縦横無尽に這い回って、隠されている建造物へ。



 ズズズズズズズズズズズズズズズ………………ッ!



 照明が弾け、ディスプレイが割れて潰れた。

 粉塵が会場をなぜて天地が揺れる。

 カーテンが押されて裂け、それが体躯を起こそうとしていた。


「なんだマズい離れろ……!」

 だが身体は動かない。数十人の大人にプレスされているし、そいつらがぐったりしているから余計に重たかった。

 スピーカーが火花を散らして倒れてくる、ボクは馬鹿みたいに急かすことしかできない。


「オイ早くしろおおーーーーッ!!」

 元あった場所にリバースしたスピーカーがひしゃげて砕け散る。

 パワードスーツの大きな背中が振り向き、出し殻になった警備員を一気にどかしてくれた。

 スーツをコインロッカーにバラして持ちこんでいたワリには素晴らしく早かった。


「なんてことしてくれたのよ……」

 首根っこが離されて、会場前広場の硬い地面に尻をぶつけた。

「こうなるってわかってたんでしょう!! とめなさいよ!!」


 意識が飛びかける。頭突きされたとわかったのは数センチ眼前に鬼神がいたから。

「ここまでは予想できなかったんだよ。お前だって全部観れたからいいだろ」

「アンコールがあるもんでしょうこういうときはおおお! パンパンパンって早くなったり遅くなったり拍手して、どのタイミングで止めるのかを勘ぐってヤルやつがさああ!」


 イナズマが落ちたような轟音。

 ドームの天井を突き破った巨大ロボットが両腕を緩慢にあげて、ボディービルダーのように胸を開くポーズをした。

 太陽光にさらされた広すぎる顔面は、人の顔面を模した精巧なデスマスクだ。

「これが用意してたサプライズだったの……? 正直うれしくないよ、みんな」


 塗装のない鋼鉄のヤマデラの笑顔。つまり入れ替わる前のボクの顔だ。

 元々これはやるつもりだったんだろう。

 うれしくないが気持ちはとてもうれしい。

 なんなんだろうこの感情。ビックラブってこと? 企画したのは誰だ。

 さすがに浪費しすぎだろう、税金対策で高級車買う富豪じゃないんだぞ。

 せめて銅像で留めておいてほしかった。


「見て!! くっついてるわよ!!」

 スローモーションで歩行して進行方向の建造物を破壊していく司令ロボ。

 その眉間にホクロが。


「ボクは仏様だってメタファーのためにくっつけたんだろ」

「バカたれ! ドッキングしてんのよ! よく見なさいよ!!」


 よく、よく見る。確かになにか動いてる気が……。

『司令、ノーティーさんです、ノーティーさんが司令と合体しています!!』

「言い回しをちょっと変えてほしい。 ……あれはどうすれば止められるんだ」

『わかりません、引っこ抜けばいいんじゃないんですか??』

「いけっ香月!!」


 パワードスーツが弾き飛ばされて、ビルにツッコんだ瞬間だけが目視できた。

 巨大司令に香月が直線にツッコんだもんだから、やつの視線がこちらへ向く。


「ぴえ……ッ、いや大丈夫か。ボクの素性はバレていないんだしハハハ、恥ずかしっ、ぴえだって」

『司令のその顔は指名手配ですよ!!』


 ロボにも指さされた。

 全力で走る。振動が追いかけてくる。

 慣れ親しんだ巨大なボクに追いかけられるのは悪夢でしかない。

 街の影を伝い、人混みに紛れて干上がっている用水路へ逃げ、ヌメヌメするコンクリートに手をついた。


『おそらくですがブレインがノーティーさんになっているんだと思います。その証拠に、無益な破壊はしていない』


 キョロキョロしてビルの影を覗きこんだり、車をつまみ上げて戻したりしている。ボクを探しているんだ。

 笑ってしまう。逃げたハムスターを探すみたいにやっても見つからないよ。

 諦めた巨体が移動していく。アレが行ったら香月を起こしてノーティーを何とか引っこ抜く方法を考えるほかない。


『まだです! 電話』

 近くに来ているからよく見える。スマホを耳に当てている。

『――ティ-、ノーティー。何をしているんだい? そっちは逆方向だ』

 怒りがこみ上げてくるのをコンクリートを殴った痛みでかき消した。


『しかし司令。司令が探していた女がそこにいるのです』

『いずれ彼からこちらへ来る。他のものもいるからみんなに任せるんだ。君には君にしかできないことがある。わかってくれるよね』

『……了解しました』


 ギギギギギ……腕を折りたたんで旋回をはじめる。

『ノーティー、来た道を帰るんじゃ遅い。経路を送るからそれでいくんだ』

『……ッ、これは……! 本当なのですか……? このルートでいくと……、甚大な被害が……』

『被害? ハハハ、今までも僕たちがやってきたことじゃないか。あまり時間をかけると僕らの結婚式に間に合わなくなってしまうよ。だから』



 沈黙。



 動き出した司令ロボは立ち並ぶ町並みへ意を決したように足を踏み入れる。

 ボクは出していた首を引っこめて丸くなった。

 爆裂、悲鳴がうなりをあげた。

 用水路から飛び出して市街地へ。

 街の様子は様変わりしていた。


 建築物が立ち並んでいた人々の営みを突っ切って、4車線くらいはあるガレキの道路が忽然と街中に現れている。

 粉塵が舞って水が行きわたり、傷ついた人々が嘆きを流していた。


『どこに向かっていくの……? この地域でこの街の人口が一番多いのに』

「墓、やつはどこから電話してきた」

『……あそうか、はい!』


 負の感情が溢れかえっている。ほとんどが恐怖と悲しみだ。

「どうでもいいんだ。もう生命エネルギーは」

 恐怖以外の感情を与えない破壊。

 こんなに恨みを育てて非効率的な意味のないやり方を、メイヘムで。

 それをノーティーに……。


『特定しましたが、こんな簡単に……司令これは』

「アイツと会ってくる。ノーティーは香月に任せた。起こしてきてくれ、墓」

『一人で? ムリです』

「来いといってるんだ。話があるんだろう。やつは後方で控えて成り行きを見守るようなタイプじゃない」


『いかせられない。司令じゃ確実にペシャンコになって食べられてしまいます』

「身体にも完全に慣れていないし、隠密専門だってのもわかってる」

『……』

「ボクは誰で何なのか、それは未だにわからないし、これからもわからないだろう。でもわかることはある。今この瞬間だけは確実に」


 両手を開いた。細かく皮膚が破けて血がにじんでいて、爪がガチャガチャだ。

 握りこむと爪がキズに食いこんで手が震える。血液が絞り出されていく。


「この身体の内側から、湧き上がってくる感情はボクそのものだ。平田智之……自身の!」

 横転している車の側面を見下ろしていた。冷たい鉄鋼の甲冑に肩車されているからだ。ガッチリ足を固定されている。


「ならば行くわね」

『115号?! 無事だったわけ?』

「早く方角を教えなさい。私はやるべきことが出来続けているんだから」


 声でわかる。冷静なトーンからにじみ出てくる怒りと使命感が。

『やったもう!!』

「ホントは直々にブッ飛ばしてやりたかったけど、全部、貴方に任せたわ」

「ふひゃりとも、ありがと――」


 ジャイアントスイングからリリースされた。

 光る雲を突き抜け、遠くへ飛ぶ。

 高度が下がっていき、看板に激突。

 パワードスーツのヘルメットを脱ぎ捨てる。

 頭から落ちていなかったら、マックのデカいハンバーガーの絵を、ボクのケチャップまみれにするところだった。


 なるほど、アイツが行きそうな場所はここしかない。

「味覚があるというのは素晴らしいね」

 がらんどうになった店内、その一階窓際の席で諸悪の根源は優雅にチキンナゲットを口に運んでいた。

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