4-5 懺悔PART2
・前回までのあらすじ
情報屋に脅かされた。
この学校のトイレはさすが女子校なだけあって便座は暖かくトイレットペーパーもローズの香りがする。
音姫とともにトイレを出る。ちんまい女の子が毛だらけの太い腕を抱きしめて、小さくお辞儀して逃げた。
まさかあの腕が小道具で、演劇部の部長が声を変えて番人をしていたなんて夢にも思わなかった。
優秀な情報屋の番人なんだから、影の世界のイケイケな人間が大勢くるだろうに。
それを今まで退けてきたのも納得できる演技だった。誘おうかなあ……。
「元115号さんにはその正義感とかいうモノがあるのかもしれませんが、私には理由が必要なのです。あの人が本物のフツウである理由が」
教会の事務室に入って最初に聞こえたのは情報屋で生徒会長の鷹野の声だった。
髪はボブくらいで黒く、穏やかな顔。
優しく清楚な生徒会長という感じを受けるのだが、声には芯が通っていて凜としていた。
この情報屋は墓と知り合いらしく香月が説得を試みていた。
やはりボクがフツーだという核心がもてないと、墓の居場所は教えられないらしい。
「あの、だから、変態でも特殊性癖でも創作でもなくて、実際にこの世で起こったホントのことなんです。信じないのもムリはないけど、映画でもゲームのコミュでも都市伝説でもないんだ」
テーブルに着いてボクがそう言っても、顔色1つかわらない。
「そのような情報は今まで得ていません。私の情報網は絶対です。そこの元115号が昨日、木材の発注本数を間違えて上司に激怒されたのを知っているし、貴方は全裸で公園で散歩し怪人に襲われたのを目撃されている」
「散歩……。情報が操作されているな。それとも、情報提供者がすでにあちら側についたか……」
「くそう! 私もなんかいいたいのに、アナタだけズルいじゃないのッ!!」
テーブルをガンガンする香月。話がややこしくなるから無視だ。
「そんなことはありえない。金だけを信じているプロの連中です、誰かに服従するだとか精神的に下るような真似、天地がひっくり返ってもありえない」
「ひっくり返ってるんですよ、この戸水地区は……とか言い合ってる暇はないんです、単刀直入にどうすればボクを信じてもらえるのか教えてください」
初めて考えるように、艶のあるさらさらした髪をもてあそんだ。
「……ならば司令しか知り得ない情報をくれるのならば信じましょう。チャンスは一度。私を納得させられる情報でお願いします」
ちょっとやそっとじゃ納得しませんよ、か。
エピソードをいうしかない。
さりげなく、ひらめくようにわかる絶妙なエピソードを……。
「紙コップ2つと糸がほしい」
……これはやりたくなかった。
ボクの要望に答え、どこからともなく現れたちんまい円寺。
受け取った紙コップの片方を渡し、ボクの紙コップとつながれている糸がピンッとする距離に位置取る。
鷹野の耳と繋がった糸電話にささやきかけた。
「……トゥットゥットゥットゥットゥッ……、しれえ……ハアア……、次は、お耳のマッサージをしていきますねえ……フゥウ~~~~……ガサガサガサガサ……ここでリップ音、ん~~」
「性癖パンチ」
鋼鉄じゃなくても破壊力抜群の香月の豪腕によって、きりもみして背中かから木製の扉にぶちあたって、ぐったりもたれかかった。
「貴方がフツーだって信じていないのに、何故だかこうせずには居られなかったわ。そして今、喉にもう一発やって動けなくしようと考えている自分がいる」
「冷静に死刑予告すんな! コレはちゃんとした答えなんだよ、ね? 墓から訊いてるだろう情報屋グレイブよ! 答えてくれよ早く!」
コップが逆さに置かれ、髪がしだれて顔を隠していた。
「女性にこういうことをするのは良くないのはわかっております、がしかし、歯を食いしばってください」
「やめろバカ正義!」
注意を払っていたメイヘムのヤツらではなく、仲間に引きこんだ趣味で正義をやってる女の豪腕に魂もっていかれるなんてえええーーーー。
「やめたまえーーーーッ!!!」
「指名手配中の司令の大切な人……フツー司令自身だったということですか」
20センチ隣を通り抜けた拳の暖かさを感じていると、鷹野の独り言が。
「あまりよく信じられません。ですが、”それ”を知っているのは、ごく限られた人間しかいない。私の知っている限り、ミックスした墓。CVのノーティー、そして、台本のフツー司令だけ……」
「音楽でも作ったんです?」
「そういうことです」
ボクの電光石火の即答に「へえ」が返ってきた。
いえるわけないじゃないか。
自分が書いたR-15のASMR台本を自分で演じてみせたとか、恥ずか死してもおかしくない。
女声だからさ。
結構うまくできた満足感があったのがちょっとヤだが、信じてもらえたのならばオッケーです。
「……許してください」
「え、どれを」
なにか様子がおかしい。鷹野の肩が震えている。
「恐くなってしまったんです……。ただ少しだけ、引かれているレールの途方もなさと両親への反抗心で、学校で禁止されていることをしようと考えて……少しだけ得意なPCを利用したアルバイトが、メイヘムだったというだけで」
ボクが立ち上がっても気がついていない。
話が見えない。
でも、何かに怯えているような、ずっと抱えていた蟠りや後悔を懺悔するような、そんなトーンなのはひしひしと伝わってくる。
「悪いことをしているという自覚はあったのです。でも実感としてなかった。……課外活動をしているような気分だったんです。……テレビを見て……亡くなったのが同級生の親だと知って、だ、誰かを傷つけたって……それで……私は」
こぼれ落ちていく雫。
大学生だと思いこんでいた。
こんなに年端もいかない女子高生だったんだ。
鷹野は涙をぬぐって、隠しきれない震える声で、しかししっかりと言う。
「報復ありがとうございます。私は逃げることも、隠れることもできません。せめて、過去の功績を鑑みて、いっ……一瞬で、せめて……」
怖がっているのに、どこか晴れ晴れとしていた。
ボクがそれどころじゃなくて忘れていた罪の重みを一人でずっと抱えこんでいたんだ。
それが終わると思っている。
楽になれると思っている。
「できない」
スローモーションにあげられた瞳が困惑している。
「ボクに協力してくれ、墓。それは、ヤツに痛い目みせてからの話だ。ヤマデラの私怨にメイヘムを使わせるわけにはいかないんだ」
「……司令にも人並みに罪の意識がおありなのですね」
立ちすくんで、口をつぐんで、間を与える。
「や」
作り出した沈黙に耐えられきれずに力強さが声をあげた。
「やってください! よくわかりませんが、あれですよ、えーと……過去の清算!!」
音を立てて鷹野の正面に座った。コイツはなんて空気が読めないんだろう。
「過去の罪は消えませんが、今をよくすることはできます! 善行を積んで、少しでも中和していきましょ~~う! というか協力してくれないと私も就職活動に集中できないので、お願いします! お願いお願いお願い! 私のためだと思ってえええ!!」
テーブルの木目におでこをこすりつけた。
やっぱり再就職するのめっちゃ不安なんじゃないか。
協力してもらえてボクはありがたいが、なんて破滅的で難儀な趣味……人間なんだ。
全力で頼まれた鷹野は、音もなく立ち上がって、背後の扉に吸いこまれていった。
「なんでえええ! なんでええええ!! なああんでえええ!!!」
テーブルに腹をのせてクロールするように手を伸ばしている香月の肩に、そっと手を置いた。
タイミングが悪かったよ、さすがに。
「何です?」
ウルトラマンが飛び立つフォームで「なんともありませんが?」みたいな冷静さを出されても。
「ボクら2人でやりましょう。……というか冷静に考えれば、高校生にこの先を物理的に背負わせるなんてありえないですし」
「……悪党がよく言いやがりますよ。仮にそうならだけど……信じてないけど……」
制服をキチンと着直して、香月はしょんぼりボソボソ。
乗りこめば世の中を直接的に塗り替えられる、可能性のデバイスをボクらは持ち合わせていない。
持っている手札を握りしめて殴りあう以外の道はないんだ。
香月は思っていたよりもこんな感じだったが、心強いのには変わりはない。
できるだけ情報を集めて、完璧な作戦を立てればいいだけのことだ。
うん、ら、楽勝~~。
・次回予告
ではメイヘム二代目総統、フツーでした』
まさか、プルトニウム239があれば誰でも作れるっていうあれじゃないだろうな。




