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4-3 犬

・前回までのあらすじ


 香月に家にいった。


 香月のワンルームはお世辞にもいいとはいえない。

 タンスやテレビ、PC机、たたんである布団があるだけで空間がいっぱいに感じる。

 ジャージを洗濯してもらったり、スエットを借り(ドギマギしたり)た恩があるから口にはださなかった。というか、人の部屋を評価するやつはどうかしてる。


「信じられないかもしれないけど、ボクは人格強制プログラムで女体に入れこまれた戸水支部二代目司令のフツーだ。……ヤマデラにだまされてこうなった」

 ステーキ弁当をむさぼり食って、おーいお茶2リットルを一息で飲みきった満足感でボクは一気に切りこんでいた。


 こたつテーブルの向かいで香月は目をしぱしぱさせる。

 少しの間の後、瞳が見開かれる。

「洗脳ね。こんなザキヤマちゃん似のうら若き乙女に、目を覆いたくなる特殊性癖を植え付けるなんて……!」

「そういうのいい。時間がないから信じてくれ。ヤマデラはボクの、いやアイツ自身の身体に戻って、メイヘムを奪った。ヤツが何かする前に止めたい。手伝ってくれ。ついでにボクの心が女になるまでに身体を何とかしたいんだ」

「人の物を取るなんて……隊長であっても許せない!」


 拳を握って起立した香月は座った。

 数秒前の高ぶりがウソのように普通になって、テレビに映っているノーターのゲーム実況に顔を向けている。


「そういうのもう辞めました」

「は? ……そういえば、何で事務服? あ、生エネで暴走して屋根引っぺがしたから解雇されたとか」

「……私が暴走したのは隠蔽されたはずなのに……本当にフツーなの?」

「そうそう! エイエスエムアール三十郎!! フツーメイヘムの!!」


 香月は髪の毛をさかだてるほどに目を見開いて――ため息をついた。

「なんでもいい」

「よくないだろ、許せない!! んじゃないのか」

「正義は子供が憧れるものよ。私はもう、そうじゃない」

「見ず知らずのボクを助けたじゃないか。電柱の影で憔悴してるヤツなんて正義感バリバリのやつしか家に入れて洗濯してステーキ弁当食べさせたりしない」


 鉄拳でテーブルが真っ二つに割れた。

「メイヘムは防衛軍が作り出した組織なのよ」

 尻餅をついて足をM字にしたままのボクに平坦に続ける。


あの(暴走した)後、私は期待されていると。その上で、捕獲したメイヘムの処遇を知っていてほしい……意味の分からない大きくて丸い機械の部屋につれていかれて……」

 顔を覆う。

 大体わかった。アレで怪人にされていく隊員。この技術を知ればヤマデラが”ボクにされて”失踪したのにも繋がる。


「しかし記憶も消えてないのに一般人としてよく生きていけてるな。国がひっくり返る爆弾抱えたまま逃がしてくれたのか?」

「……それは」

 クローゼットを開け放つ。工具や武器がかけられ、あの忌々しい強化外骨格スーツが収まっている小型ドックのようになっていた。


「強いので……」

 伊達じゃねえ。

「やっていたのは正義でも何でもない、用意された学芸会なにょよ」

 気がつけば押し倒されていた。


 まったく押しのけられない。振り上げられた腕が中空をさ迷い、両頬に冷たく小さい感覚がぴっとりついて、思い切り引っ張られた。

「メイヘムを倒して世の中をよくするために天命を受けた希有な存在だって本気でおもってたにょ!! 周りから強い賢い綺麗TKKっておだて祭り上げられて、イキリ散らかしてまったくおめでた~~ですにょね!! ぜーーーーんぶ、ぜ~~~~んぶ仕組まれた抗争だっていうのに、日の丸を背負ってっちぇるじかきゅもちなちゃいだよにゃ~~~~~にゃはははは~~~~~」


 雫と粘度の高い雫を甘んじて受け、ぐるぐる回され、ぴんっとされて離れた。

 部屋の隅っこにあるティッシュの山。香月は祈りを捧げるように座し、鼻をかんでいる。

 ボクがせっせと悪事を働いている最中に香月はずっと悩んでいたんだ。

 どうすれば協力をあおげるんだ、そんな気持ちはもうない。


「あの日115号が信じたもの……それは、蜃気楼でも白昼夢でも、誰かの記憶の中にある美談でもない。ボクが保証する」


 ボロいアパートの全景がさらに小さくみえる。

 香月はセッケンを使われたみたいに脱力して、抜け殻になっていた。

 絶望から立ち上がらせるための特効薬になる言葉をボクは知らない。

 誰もがボクみたいに、日常を行くまだ走れる壊れかけの車から飛び降りることはできないんだ。

 もう一人をガンバって探すか……。


「くちゅん」

 かわいいくしゃみがでた。

 なるほど夜だ。

 もぞもぞ、モノの影から人影が、もぞもぞもぞ。

「……走るか」



 朝ご飯は備蓄してあったインスタント玄米ご飯、インスタント味噌汁、おつとめ商品のシャケの塩焼き。

 うまい。うまいなあ。恩がどんどん肩にのしかかってくるけど、涙がでるほどうまい。

 ちらっと視線をあげると、射殺さんばかりの眼力が突き刺さった。


「ほんとーーに、ありがとうございましたーーーーっ!」

 布団を干して食器を洗い部屋の掃除をして、ティッシュだけでパンパンになったゴミ袋を両手に持って足で扉を閉めた。

 諦めれば楽なんていうが、ボクの場合、帰れる場所がないんだから野たれ死ぬか、捕まって死ぬよりも恐ろしい目に遭うに決まっている。


 こんな四面楚歌な状況は、安全にコソコソ物事を進めるべきなのだが、心まで女体化するまでのタイムリミットがある。

 今日だって香月の家から出る前に、やたらと髪が気になって、ドライヤーを借りてしまった。

 元の身体で一日だって気にしたことなかったのに……。


「大いなる力には、大いなる責任が伴う……か」

 とりあえず、この街からでよう。

 サングラスを装着、今日はマスクもあるから、捕まることはないだろう。

 問題はどうやって、もう一人を探すかだな……。


「空気を読め」

 息を切らしている男たちに路地のどんずまりに追い詰められていた。

「ハアハア……我らが司令の……大切な人……丁重に扱うんだぜ……」

「ヒヒヒ……ああ楽しみだなあ……喜んでくださる」


 様子がおかしい。

 まだ一晩しかたっていないというのに、獣にするウイルスにでも血液が感染したのか?


「誰かーー!! 男の人よんでーーーー!!」

 わらわらとよってくるヤツらはナタとか杭とか、尖っているし切れそうなのを携えていた。

 だが戦闘の基本は先手必勝! 落ちてたハンガーで叩きまくる。

 押されて尻餅をついた拍子で、ボクの唯一の武器は、男の胸のとこに引っかかった。


 男の力つよ。息が吸えない。爪もかけちゃった。髪だってセットしてきたのに。

 振り上げられたナタに、ボクはどうしようもなく目を見開くしかない。

 男たちは武器を一斉に捨てた。


「な、なんで?」

 手をワキワキしだした。

「さすな!! 来るな!! 男っていつもそう!!」

 触手のようにうねる指が、かわいすぎるボクに迫ってくる。

「か、身体は許しても、心だけは絶対に負けな――」


 人影が糸でつられたみたいにぴょーんと消えた。

 後方で少しずつ、かすかな鈍い音の後に数が減っていった。

「も、もしかして……」

 最後の一人が振り返るまもなく消えて、

「アメイジングスパイダーーーー」


 それは鋼鉄の鎧を身にまとっている人型。

「マあぁん」

 このアイアンマンと仮面ライダーを足して二で割ったみたいな顔はどう見てもパワードスーツだ。

「一晩で何があったの」


 ヘルメットが取れると香月の困惑が顔をだした。

 ご飯つぶが口元についている。襟がスエットのままだ。

 寝坊して急いで家をでた人みたいだが、た、助かった。

 けど、理解できない。


「あんなに落ちこんでたのに、どうして追ってきたんだ。これ以上ボクに恩を売って何か目的でもあるのか?」

「恩?」

 それってうめえのかって感じだ。


「ボクがフツーだって信じてないんだろ? なのに、あんたにとってプラスになることは、なに一つないはずなのにだ!」

「助けを求めてきたんでしょう」

「は、はあ?」


 香月は防衛軍からくすねたヘルメットをかぶり直して、豪腕をボクに差し伸べた。

 小雨に濡れたボディが輝いている。まぶしくて思わず目を腕で隠す。

 いつの間にか空は晴れていた。


「あなたが誰だか知らない。言っていることも信じていないし、心臓から湧き上がってくるこの正義の迸りなんてどうでもいい。けど、人が助けを求めている」

「そんなのが、理由……? し、仕事があるだろ、生活だってあるのに」

「問題ないわ。私は事務が全くできない。御年70才のオヤジのができると言われたほどだった。だから、ついさっき辞めると電話で告げても、全く引き留められなかった……ぐうッ……!」


 うれしい。

 うれしいが、こんなヤツがこの世に存在するのか。

 ボクは組織に入るときも、メイヘムを繁栄させるのにも、こうしてヤマデラを追うのにも、すべて自分のために行動してきた。


 誰だってそうなハズだ。

 なのにコイツは、見ず知らずの頭パーチクリンだと認知しているヤツに、”助けてほしい”って理由なだけで、全力で助けようとしている。

 追っていた敵の司令かもしれないっていうのに。


「正義はやめたんじゃないのか……」

「こんなの正義じゃないわ。ただの趣味、自己満足よ」


 本物だ。

 正義はいるんだ。

 うらやましい。


「できるだけ早急に、解決しましょう」

「あんた……香月さんが協力してくれれば、できる!」

「早くしないと職が取られてしまうのよ」


 片手でスッと持ち上げられ、大地に立った。

「いまの転職市場はガタガタ一つでも多く面接を受けないと、まともな職につくのはキビシイの。さっきまで所属してた会社は233社受けてやっと受かった派遣会社のとこで」

「許さんぞヤマデラ。人の営みすら、奪い去りやがって」

「いえ、これは昨日今日のことではなくて、ここ数ヶ月の間で」

「ヤマデラぁああああああーーーーッ!!」


 ボクは叫んだ。

 なにかを朗々と説明している香月の知識がかき消えるくらいに叫んだ。


・次回予告


 イーリベゴイス女学園中学校高等学校


 自分は宇宙人だとかリア○ギャ○ガーの生まれ変わりだとか、メイヘム総統だとかよ、

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