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4-1 を培いました。

・前回までのあらすじ


 TSした。


 穏やかな振動。

 匂いがない。

 足首が風を切っている。

 生暖かさと柔らかさ。

 こもった銃声悲鳴。

 足首に細かく冷たい水。

 水。


 皮膚がぬめりにこすれ、音の洪水にさらされた。

 右だけ光に照らされた白い輪郭の大柄なくちばし。

 ぐちゃぐちゃした地面で後ずさりすると、狭い空間に入った。

「た、食べないで」

 言い終わるより早く顔が何かに包まれた。悲鳴をあげてそれを取って投げると薄明かりでぼんやりと、軍服だとわかった。


 こ、これは……着ろって。

 その怪人がしている眼帯を視覚すると、熱が引くように恐怖が抜けていった。

『部下に感謝しなーー!』

 片方のつぶらな瞳を悲しげにふせて、怪人が踵を返した。


「一号!!」

 誰もいない、暗く雨の降りしきる公園があるだけだった。

 ボクを助けてくれたんだ。

 怪人になった一号が。


 怪人になった……そうだ、防衛軍は馬鹿でかくて丸いあの装置を使って、捕まえた隊員を。

 いや、捕まえるとかは関係ないんじゃないか。

 ヤマデラが口走ったのを鵜呑みにすれば、防衛軍とメイヘムは同じ組織なんだから――


「ハックション!!」

 そういえばボクは全裸だ。一号に感謝して軍服に袖をとおす。

 水を含んですでにぐしょぐしょ。男サイズのようで一回り大きく、下までちゃんと隠れている。

「これちょっとハズ……場合じゃない、どこか、休める場所」


 公園の名前からして、戸水か。よかった、ならホテルが近くに。

 スマホを取り出す……できるわけない。スマホもなければ金もない。

 半裸でびしょ濡れで、知らない身体。たぶん一号の粘液が残ってて臭う。

 こんな顔だけがいい女みたいな男を受け入れてくれる場所……。


「……歩いて一時間くらいか」

 腰をあげて、人工の光の中を雨に打たれながら歩いて行く。

 細い指の足の裏が痛い。人の英知が集まった集合体の中を進んでいるのに、足の裏だけ旧石器時代に戻った気分だ。

 低反発枕とベット。広く清潔な司令室。本・グッツ・CD・Blu-ray・ゲーム(財産)の詰まった部屋。

 戸水メイヘムのみんな。

 全て。


 事実を確認すると気が遠くなって……前のめりになった身体を濡れた白い足で支えていた。

「全部ウソだったんだ。基地をめぐらせたのも、優しくされたのも……思い出して身体を取り戻すために」

 奥歯を強くかみしめる。

 ヤツはレジスタンスとして"成し遂げられなかった正義"を果たすために、メイヘムごと乗っ取る計画を思いつき、成功させた。

 ボクが作った戸水メイヘムの武力を使って、防衛軍を――ひいては日本をぶっ潰すつもりだ。


 ここで倒れたらヤツの思いどおりにしかならない。

 強く握りしめた右拳。それを裏返した。

 水を弾く若々しい皮膚にはあるはずのダサい紋章はない。


「許さない……、あいつ(ヤマデラ)だけは、絶対に……!」


 後ろに引っ張られる感覚。

 裾を慌てて押さえ、離れながら振り返る。

 雨具の男がかがんで手のひらをこちらに向けている。

 めくられた、認識した途端に顔が熱くなって羞恥心がかけめぐった。


「あのぉ、大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけ――」

 声を荒げようとした寸でで止めた。


「あれ、お姉さんもしかして……」

 むき出しの指でアスファルトを蹴った。滑って倒れても走る。

 ここは戸水だ。

 戸水メイヘムの庭だ。

 吸われる……!


 コンビニの軒下に駆けこんだ。

 ふと、窓ガラスに目がいく。

 迷い犬の張り紙だ。隣に証明写真をそのまま貼り付けた指名手配の張り紙がしてある。

 どこかで……マジックでホクロが落書きされているから一瞬わからなかったけど、そうか、アイドルの山崎によく似ていた。


 ガラスの反射に焦点があって、自分の顔と目が合う。

 ポスターとピッタリはまった。

「ボクじゃん」

 内側に手のひらが叩きつけられた。腰を抜かして尻で水たまりを跳ねさせた。



 バカといわれた。

 思いっきり髪を引っ張られた。

 大量のハトの糞を踏んづけた。


 背中に「私です」と貼り付けられた。

 夜行バスの列に横入りされて、直前にでられた。

 キグルミに風船を目の前で割られた。


 街路樹がチェンソーで切り倒されている。

 すみません、すみませんってやって進行方向を妨害された。



「逮捕してください。ボクは、戸水メイヘム二代目司令、フツーです!」

 交番に駆けこみ、洗いざらい話した。

 ボクの剣幕とびしょ濡れの美少女に圧倒された駐在さんは、本部に連絡すると奥へいった。

 渡してくれたタオルで身体を拭いているとじんわりと安心が湧いてくる。


 ホントに戸水なのかここは。木枯らしは踊り狂い、三日月は笑い出す時間なのに、まだ隊員が町中を闊歩している。

 ボクが知らない間に夜勤が存在していた。

 夜に驚かすことで増幅された恐怖を採取しているんだろうが、対象がほとんどいないのに効率が悪いにもほどがある。


 もしかして人格強制プログラムは並列世界に意識を飛ばす次元転移装置なんじゃないか?

 元々ボクがこの女体でいるのが、この世界線なんじゃ。

 そう考えないとおかしい。

 だってそうだろう。

 いくらなんでも、街もボクの境遇もありえなさすぎる。


 ――てます。ええ、――――前で――大切な兄姉ですから丁重に――――。


 漏れ聞こえてくる電話におのずと意識が集中する。


 ――――――『今度はボクたちの番だ』



 気力を振り絞って、神社の石段を登り切った。

 人気のない本殿。木製の扉がロウソクの淡い光で浮かび上がる。

 中に入った途端にくしゃみした。ホコリがキラキラ。


 お地蔵さんのような見た目の仏像が物言わず禅を組んでいる。

 ロウソクを湿り気のある木床に置くと部屋の隅まで光が届く。

 コンビニのゴミが無造作に浮かび上がった。

 無人となってから、いったいどのくらい経ったのだろう。


「……いままでやってきたことだ」

 まだ震えている手をぎゅっと握って後悔をつぶした。

 そんなもの感じる資格もない。

 転がってるのは事実だけだ。

 いい加減疲れがピークだがこのまま寝たら凍え死ぬ。

 別の部屋に、ぽつんと木製の棺桶があった。

 明らかにトラップだ。


「あ、ちょっとあったかい」

 狭いところに入ってなんとなく安心を感じた。

 これからどうする。

 家に帰ってもこの様子じゃもう荒らされてる。

 部屋もなければ金も戸籍も何もかもない。


 ボクは迷いの森に放置された失敗実験体です。

 愛する人に会うためだけに、まだ生きている。


 ……頼れる存在が必要だ。

 それも戸水メイヘムと関係のない頼れる存在が。

「居る!!」

 揺れにハッとした。

 小窓の隙間が光っていて鳥のさえずりがしている。1秒もしないで寝ていたんだ。

 そして誰かいる。これ(棺桶)を取りに来たんだ。


「ノック、ノック! 入ってますか~~! ……返事がない……ただの、そういうことですよねアニィ……」

「いっせーので、開けろ」

「絶対にいっしょにやってくださいよ! ひとりじゃ絶対にやりませんからね! アニィもトラウマうけてくださいよ!!」

「わーったよ、だから”棺桶ドッキリ”のやつをこんなとこに置くなつったのによ」

「ああー!! そうやって全部俺に押しつけて!! アニィがなんもしないから!!」


 板越しに言い合いが始まった。気まずいな。

 えいっ。

 2つの衝撃があって起き上がれる。

 仲良く仰向けでノビてる二人の不良の装備をあさった。


「タバコくさッ! 消臭機能もつけとくんだった……」

 子分の戦闘服の上に白いジャージ、アニィのサングラスを身につけ財布に手をつける。

 1万とQUICPayは使える。

「えーと……お地蔵さんみたいな仏様。ボクは戦利品を漁るバチ当たり人間です。よく覚えててください」

・次回予告


 扉が真ん中から割れる。メガネの中年隊員と目があった。


「あなた大丈夫?」


 

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