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1-1 ホエア・イズ


 この世の苦労は来世でよりよい生活をするための修行だ、と誰かがいった。



 食べるために働くな、と誰かがいった。



 好きな仕事をしよう、と誰かがいった。



「戸水市から来ました、平田智之です。28才、見ての通り、男性です! ハハハハ――」


「私は忍耐力があり、円滑に進めるためのコミュニケーション能力、みたいなものがあると思っています――」


「志望動機は、SEをしている際に、仕事仲間を助ける場面が結構ありまして、人から感謝されるのがスゴく嬉しくてですね、それが忘れられなくて現場の人間を支えるような――」


「御社は未経験で挑戦できるので、大変魅力を感じました――」


「はい。それは、ちょっと、言い訳になってしまうんですが、毎月残業がかなりありまして、自分の時間があまりなくて――」


「それは、がんばります。今の会社でも覚えるのが結構早いと言われて、毎日メモしたことを復習して身につける――」


 ギャグ漫画みたいに目一杯声を張り上げたら、世界が丸い深淵に飲みこまれて終末を迎えてほしい。


 厚みのある封筒を中身を確認しないで破り捨てた。

「28で若くないって何だ……。江戸時代かよ!!」

 地球の資源を無駄にしているのは割り箸でもコンビニ袋でもガソリンでもない。

 人の気持を全部読み取れると勘違いしている臆病者の童貞企業から送り返される履歴書と職務経歴書だ。


 100から先は数えてない。この世は力と運とはよくいったものだ。ボクはブラック企業にいいように使われ、大した力もなければ運もない。

 スマホがなければ転職活動なんてできなかったから現代に生まれただけありがたい。未経験求人なんてあふれるほどある。


 20~34とはいっているが、箸にも棒にもかからないとはこのことだ。

 そりゃあ、学生時代に現代文化研究サークルにかまけて、全然勉強も就活もちゃんとしなかったけどさ……全く後悔してないけど。


「そんな簡単なこともできないの?」


 いや、報連相ができない理由をボクのミスにするのに躍起な上司の相手をし続けると、少しだけ気持ちが揺らぐ時ぐらいはある。


 なにはともあれ、ボクは転職活動をかれこれ1年続けて限界を感じていた。


 もともと転職が難しいのはわかっていたんだ。

 それに拍車をかけているのが2年前に現れた新興宗教団体の躍進のおかげであった。


 10月6日。YouTubeチャンネル「メイヘム」に投稿された「世界の人類へ」の動画は、数多のYouTuber動画に埋もれて当然相手にされなかった。

 メイヘムと名乗る覆面のヤツラによる破壊・殺傷・拉致などの犯罪の満漢全席が二週間あまりで

150件以上発生して、やっと世間は「非常事態」を感知し、検挙にあたった。


 反社会的勢力として認知されたメイヘム、彼らは瞬く間に全国へフランチャイズを作った。

 後手に回った政府はメイヘムの抑制および検挙専門機関「防衛軍」を急いで設置。

 日本中を巻きこんだ追いかけっこが先の見えない情勢を作り出し、企業は守りに入り、晴れて転職市場はガタガタになったわけだ。


「身から出た錆だけじゃないのさ……」

『だからずっと勉強しろっていってたのに、遊んでばっかいたからこうなるんだよ。大学卒業してればもっと楽だったのに』

「ありがと、防衛軍エリートさん」

『ま、まあ別にヤマデラはあんたがそうでも、ずっと、そばに居てやっても』

 スマホを切ったかわりにイヤホンをつけ、同人ASMR音声を子守唄に床についた。


 ボクはほんとに先に進んでいるのか。

 もう、朝起きたら街中がジュースの海に溺れて、長年蓄積してきた会社の事実が全て流出していてほしい。


「もっと頑張れよ、メイヘム」


 土曜日の匂いをさせている浮かれた世間の間を、蠱毒的に社内のスーパーマンになったボクが往く。

 遠くで爆発音と煙。

 ホームの電光掲示板に「防衛軍交戦のため一時停止」が横切っていく。

 じじいがキレている。みんな普通になっているからじじいはかなり浮いていた。ボクも慣れているからタクシーを拾って会社へいく。


 気分を逃がすためにGmailを開いた。自動的に送りつけられてくるスパムめいた毎日の求人を梱包材のプチプチ感覚で消していった。


 誤って一つ、開封してしまう。

 エージェントからのスカウトメール。


「シン・JP企画」

 明らかにヤバい名前だ。こういうところは社員のメンタルを整えるのに社長が作成したありがたいポエムを朝礼で読み上げている。

 あと、やたらとみんな声がでかくてポジティブ。

 あと、未経験歓迎を!で囲んでいる。


 こんな見えている地雷を踏むヤツは、どうしようもない浮かれポンチか、なりふりかまっていられない、よほど追い詰められた後がないヤツだけだ。


『フィールドエンジニアのお仕事になりますぅ。複数人でお客様がいる区画に行きまして、御社の商品を提案していただきますね』

「それって、営業ではないんですか?」

『うーん、両方ですね』

 怪しい、怪しすぎる。ボクのスパイダーセンスがビンビンにキテる。絶対の絶対の大絶対だ!


 シンJP企画の求人メールを開いてるとスマホの画面が点いたり消えたりするし確実にやばい。

 返事を保留して辞退をしようとした次の日、ボクは会社に泊まりこんだ。

 どんな時間になっても家で休むのがボクの信条だったが、やばかった。本当に。


 締め切りを越えてしまい抜身の刀を携えた社長にドンドン同僚が斬られていく悪夢を見てしまいトイレに立った。

 死屍累々と唸っている戦士たちの間を抜けていくと、いるはずの上司がいなかった。


 一旦家に帰ったんだろ。

 社員ボード。有給。


 それから150時間(申請は30時間)の残業をおえて納品し終わるまで上司の姿はなかった。

 ツヤツヤの顔でやつは、家族旅行でいったディズニーランドのスプラッシュマウンテンで、カメラ目線で撮れた写真を嬉々として見せて回っていた。


 面接官は眠たげな男。

 後藤。エージェントから受け取ったであろうボクの履歴書と職務経歴書にうなずいている。

「うちの仕事何かきいてる?」

「はい」年間休日130日で残業ほぼ無しで年収500万なのはよくわかっている。

「人間に迷惑かけるし、家族や親族にいうのは憚られる。恨まれることだってあるよ。それでも、やりたい?」

「やりたいです。こういうのは、よくやってきたので得意です」

「嬉しいけど、あなた人としてどうなんだそれ~~」

 ハハハと笑う後藤。


 何か噛み合ってない気がするが……ウケたからいいか。残業のしすぎで頭が全然回っていない。考えるのも億劫だ。


 これを逃すわけにはいかない。あのブラック企業を抜け出す希望が目の前に転がっているんだ。しかも条件がやけによくて未経験。人生を変えるには十分だ。

 それなら何だってする。2億円で片腕を切り落とせるかと問われれば喜んでそうする。

 いいすぎた。切り落とす以外なら大体やってやる。


「じゃあ採用」

「やります! は?」


 面接帰りの電車で退職サービスに申しこみ、1ヶ月の有給消化期間を経て入社日に相成った。


「こんにちは、今日から働かせていただきます、平田智之です。よろしくお願いします」

 向かい合わせのデスクが四つあるだけの寒々しいフロアにはボクしかいなかった。

 立て付けの悪い窓の外から後藤さんが呼ぶ声がしている。


「ごめんね、突発の活動がはいっちゃって誰もいないんだよ。うちは少ないから、何かあったらみんないっちゃうんだよ。でもちゃんと外まで挨拶聞こえてたから、元気いいねーやっぱり、若いっていいなあー」


 ハイエースの運転席で笑う後藤さんにカラ笑いを返した。

 入社早々現場仕事に駆り出されるようだ。

 緊張してきた。ずっと同じ壁紙と客と顔と画面しか見てこなかったから、いろんな人たちと仕事するのはフリーター時代のコンビニのレジ打ち以来だ。なんで接客なんてやってたんだろう。


「なにか必要なものってあるんですか」

「そうだそうだ。後ろ(荷室)にチョッキがあるんだよ」

「あ、取ってきますよ」


 席の間を抜けて後部座席と天井の間に挟まった瞬間、キキキキーッ! ダンゴムシのように転がって、ガドンッ! 頭が荷室のドアに叩きつけられた。


「おっと、ここまで来てた。ちゃんと着てよー」

 ダンボール箱が一つひっくり返されて中身がでていた。

「あらっぽいな……、工事現場の人が着てるやつってこんなんだったっけ?」

 黒くて中に硬い芯が入ってるベストだ。なんか、銃弾から身を守ってくれそうな。


「あそこ、見える?」

 街中だ。ビルの屋上に登り、手持ち望遠鏡を渡された。言われるがまま覗きこむ。人が悲鳴をあげて道路を走っていく。その後ろから恐怖の対象が追いかけていた。


「あれはメイヘムの……!」

 全身黒タイツが2人、バットと鉄パイプをブンブン振っている。

 ここはまさしく世間を賑わせている新興宗教団体の破壊工作現場そのものだ。

 防弾チョッキに、工作員。

 もしかして、これって防衛軍とかそういう仕事なのか……? 後方支援みたいな。


「警察、防衛軍呼びます!」

「平田くん。君はあの2人が、追いつくとおもうかな」

「追いつかれるに決まってますよ、だってあんなに全力疾走して」

 友達同士らしきお姉さんたちがヒールでなんとか逃げている。つっかえつっかえで今にも転んでしまいそうだ。


 それを追いかけるガタイのいい戦闘員の足がなんと遅いこと。

 遠くなのにぜえぜえいってるのが聴こえてくるくらいに鈍足がさらに鈍足になり、気力で走ってるだけのランナーよろしく必死に身体を揺らしている。


「あーあ。やっぱり54才に前線は無理かぁ。やる気はあるんだけどなあ」

「ま、まあ普通54才だと確かに走り回るのはキツイっていうか終わってるというか……どうしてそれを知ってるんですか」

「あーノーティーちゃん。やっぱダメそうだわ。いける?」

『了解』


 向かいのビルで人影がぬるりと体を起こす。屋上を蹴って、5mはある防護柵を簡単に飛び越えた。

 明らかに人間離れした動き。落下したら簡単にデスる高さなのに、コンクリートにヒビを割っただけで着地を決めていた。


 ボクは渡された望遠鏡を覗きこむ。

『ノーティー』と呼ばれた怪人は、ピチピチの黒いラバースーツで女性の形をしていた。

 その”シャープな髑髏の仮面”をした女怪人は、市民の前で長身を起こしムチを打ち鳴らした。


「これって、防衛軍の、仕事じゃ」

「やっぱりわかってなかったかー。じゃあよく知ってね」


 悲鳴をあげて踵を返した女2人、伸びたムチに巻きつけられて身動きが取れなくなった。

 ノーティーはツカツカ歩みより、ピンク色の拳銃を胸元から取り出して、雑に銃口をお姉さんの頭蓋に突き立てた。

 トリガーが引かれる。ビリビリ痙攣。青い閃光。

 拳銃がささったお姉さんがぐったりとしてしまった。


 腰を抜かしてしまったボクに後藤は笑いかけてくる。

「一人や二人ぐったりしたところで、なんにも変わらないよ」

『任務完了』


 ボクは天井のコンクリートを必死でクロールした。コツンと指がなにかにあたる。

 その黒いブーツを見上げる。

 髑髏越しの眼光がボクを捉えて離そうとしなかった。迫力で全身を押さえつけられているみたいだ。


「彼女が君の上司のノーティーちゃん。そうか、平田くんもコードネームないとねー。まあ良いの考えとくよ、とりあえず今日は撤収ー。ボブさんも早く逃げてくださいねー、防衛軍きたらホントにまずいですからねー」


 後藤が無線に呼びかけているがボクは頭が真っ白になっていて、今にも漏らしそうだった。

 ヤバいぞ。完全にヤバい。確かに条件だけで受けたけども、ブラック企業でしたーとか、最悪ヤーさんの所でしたとかならまだ受け入れられる。


 世間を賑わす日本に仇なす頭のオカシイ連中の一員になったっていっても誰も信じないだろう?

 これが職歴になったら本気で社会的にデスる。

 よーし、こうなったら自己啓発本で培った最大の必殺技「明日から来ない」を発揮するぞ~~。


「逃げるのは考えないほうがいい」

 混乱に混乱を極めているボクに低音とラバーの黒い手が差しのべられた。

 考えを読まれている。脅しだ。一度入ったらエンコ詰めたり、袋叩きにされないと抜けられないに決まってる。


「よろしく」

 握らなかったら逆なでして絞め殺されるであろう手を、できるだけガンバった引きつった笑顔で取った。

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