3-10 君の罠
混濁する意識がぼんやりと開けてくる。
電話ボックスのような縦長の空間にいるのがすぐにわかった。
【目が覚めたね、平田くん】
縦長のガラス窓ごしにヤマデラが綺麗な笑顔をしている。思わずフチに両手を打ちつけた。
「後藤さんがやったのか。どこにいるんだ、説明しないと」
【その必要はないよ。平田くん、ここは僕が……いや僕らが探していた場所だったんだ】
「な、なに? いいから呼んでこい、絶対になんかヤバいからココ。なんかされるから!」
「なるほどねえ。一つの肉体に2つの意識が混在するとこうなるんだねえ。こんなことあるんだ」
興味深げに後藤が覗きこんでくる。防衛軍の軍服で、頬に血だ。
「あの、なにでんな、格好」
「いまどこにいるの?」
「は?」
「ヤマデラ隊長」
「今は……後藤さんと重なってますけど……」
「あらそう。隊長ー、すぐに出しますからねー」
「出す?」
そ。ヤマデラの顔が重なった後藤がうなずく。
「他人のそら似かと思ってたけどやっぱりそうだったんだなあ。いやあ、香月くんが居なかったら、おじさん一生気がつかなかったよ、アハハ」
「なにを言っているんですか。なんなんですかこれ、訳がわかりませんよ、教えてくださいよ、後藤さん!!」
「あ~~びっくりした。気持ちはわかるけどあんまり叫ばないでよ、応援が来ちゃったら全て終わりなんだから。あーあ、娘がいるってのになんでこんなこと参加しちゃったんだろ……あ、そうか。隊長ー、平田くんに教えてくださーい。もうはじめないとならないんでー」
虚空に呼びかけて視界から消えると、ヤマデラの笑顔が残った。
【僕はここにこれて、後藤に接触して何もかも思い出した。お礼を言わせてくれ、ありがとう平田くん】
「なにが」
【ここが、人格強制プログラムだ】
ヤマデラの後ろを防衛軍隊員を引きずっている後藤が横切った。防衛軍隊員はぐったりして白い床に血の轍を描くばかりだ。
奥には観音開きの扉がある。小さく壁に張りついていた。かなり広い部屋みたいだ。
「狂ってんのか……ここはメイヘムの施設だろ? メイヘムの施設に防衛軍の施設があるわけない」
隊員があくせく働いてたじゃないか。
【確かにそう思うのは普通だ。でもね、違うのだよ平田くん。ここは防衛軍の施設だ。メイヘムで集めた生命エネルギーを貯蔵、使用し、作戦実行を円滑に進めるのに役立つ物品を製造する場所なんだ。ここで作られたモノは、防衛軍とメイヘムに運ばれる】
コイツは頭のおかしい変態だと思ってはいたが、本当にそうだったらしい。
そんな言い方したら、まるでメイヘムと防衛軍は、
【メイヘムは防衛軍が作り出した反社会的勢力なんだ。ある一つの新興宗教団体に対応するために結成された防衛軍の前身が、存続するためだけに作り出された組織だよ。吐き気がする。利権あらそいの道具だったんだ。そして新興宗教団体が発見し、崇めていた新たなエネルギー……生命エネルギーを確保するための大義名分、隠れ蓑だった】
ビーッ。頭上の電球が乱暴に点いた。
【僕はその前身のメンバーでね。メイヘム発足時に感づいたんだ。拡大を止めるべく動いたレジスタンスの隊長だったんだよ。だが、上手くはいかず、メイヘム運用のために作られた”これ”の実験台にされ、君に上書きされた……だが、僕の正義の心が君に作用して、ここへ導いたんだ】
「何だよ。何の話をしてるんだ……もっと要点で話せよ!!!」
なにをいってるんだボクは他にあんだろ。
【いままでありがとう平田くん。僕は、”またこの身体で”、成し遂げられなかった正義を果たす】
ブウウウン……ィイイイイイイインン……重々しい駆動音。
【君が作り上げたモノは、責任をもって使わせてもらう。平田くんは本当に優秀だった。君じゃなかったら、もう一度トライするチャンスはできなかった】
遠くで小さい爆発音がした。
何かいる。あの後ろ姿は、ボクを襲った怪人だ。のしのしバックで入ってきた。
「まてよ、どういう」
糸がほつれるように足下からヤマデラがなくなっていく。
【君との毎日はとても楽しかったよ。悪事を働いていたとしても、この感情にはウソはつけない。もう少しこの身体で君と一緒にいたかったが……】
顔だけになったヤマデラは、あいかわらずの端正な笑顔をボクに向けた。
【あとは任せてくれ、相棒。日本は僕が守る】
「まッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――て」
意識は繋がっていた。
理由のない違和感を感じる。
この長方形の空間が少し大きく感じた。
俯いて手を視界にいれる。細い。指だけでなくサイズが小さい。
「あ」
その高い声のトーン。手越しにある謎の二つのふくらみ。
もんだ。
「あっ」
痛い。強くもみすぎた。
「痛い……? これが、痛い」
前を向いてわずかに写る自分の全体像を、心なしか広がった視界で捉えた。
よく引き締まったありのままの女性の肉体が映りこんでいる。
ガラスの頬をさわる。
その手をゆっくり自分の頬に持って行くと、ガラスの中の端正な顔が頬をさわった。
ボクだ。
アイドルの山崎によく似た女性は、このボクだ。
「う…………うううまああああああああああああああああん」
ガラスを突き破って太く硬質な角のようなモノがボクの腹を挟んで引っこ抜く。
長方形の空間からだされた。ハシビロコウの怪人だ。くわえられてる。
天井が遙か先にある無機質で清潔で広大な部屋。
コバルトブルーに包まれている丸く平たい巨大な建造物が回転を緩慢に止めていく最中だった。
「ありがとうーー!」
遠くからボクの声がする。
扉へ向かっていく視界。角度がついて、建造物の反対側にボクが入ったボックスがある。
ボクが手を振っている。
ボクはここだ。
ボクじゃないボクだ。
「逃がすつもりじゃなかったがーー! 部下に感謝しなーー! あとその身体は僕のプレゼントだーーーー!!」
あんなに精悍で白い歯で気力の満ちている好青年はボクじゃない。
「楽しかったありがとう!! 野菜食べろーーーー!!」
世界が逆さになって、なくなった。
・次回第4章 Bravehearted 開始