メイビーストアの制服
『メイビーストア』シリーズの第4弾です。
バックヤードから店内へ至る扉を開けて押さえている天橋店長は、俺が扉をくぐるのを待っている。
その視線を受け、いざ、店内へ足を踏み出そうとしたその時、まだ自分が私服のままであることに気づいた。
普通コンビニでバイトをしているスタッフは、その店独自の制服を着ているものじゃないだろうか。
しかし、先ほど仕事中だと言っていた水沢さんも、天橋店長も私服を着ているようにしか見えない。
「あの、制服ってないんですか?」
おずおずと質問をした俺に天橋店長はさらりと答えた。
「あるよ」
◆◆◆
やっぱり、コンビニで働くのに制服がないなんて、そんな訳は無かった。そもそも接客業なら、お客と従業員を一目で見分ける為の制服なりエプロンなりを身に着けてしかるべきだ。思えば、私服で働いている店員なんて、服屋以外では見たことがない。当たり前であるべき返事に、ほっと肩の力が抜け、安堵したのも束の間だった。
「どんなのが良いんだい?」
垂れ眉釣り目の天橋店長の、思いもかけない衝撃の一言に俺は混乱に陥る。
――『どんなのが良い?』ってどういうことだ!?
◆◆◆
今は5月。半そででも過ごせるくらい暖かい日が続いているが、紫外線対策に長袖を着ている人もいる。半そでか、長袖かを選べるということだろうか?いやしかし、半袖か長袖かを選べるというだけなら『どんなの』とは表現しないだろう。何種類かあるのであれば、一通り見せてからどれがいいか選ばせるだろうし。
まさかの、オーダーメイド!?
店長も水沢さんも一見私服に見えるけど、実はオーダーメイドの制服を着ていたと言うのだろうか!?
それはもはや制服と呼べるのか!?
◆◆◆
思考を巡らし、黙ったままの俺を気遣うように天橋店長が言った。
「悩んでるようなら、実際見ながら選んでみる?」
オーダーメイドかと思いきや、すでに実物があるらしい。デザインセンスに自信なんて欠片もない俺は、オーダーメイドでないことで気が楽になった。
「付いて来て」と言った店長は店内からバックヤードに戻り、俺の前を通り過ぎる。L字型のバックヤードの角の部分で立ち止まった店長は、机を動かし、先ほど畑中さん(猫)が入ってきた猫ドアを露わにすると、屈んで猫ドアを開けて潜り始めた。
◆◆◆
えええええええええ!?
猫ドアにしてはちょっと大きめなそれを難なく潜った小柄な天橋店長は、向こう側からこちらを覗き、ちょいちょいと手招きする。勝手に使ってはいけないと言われた扉だが、店長の許可があればいいのだろう。
俺は扉につっかえる覚悟を決めて、扉を潜った。
しかし、予想に反して肩や腰がつっかえることもなく、匍匐前進の要領で扉を潜った俺は六畳ほどの広さのこじんまりとした部屋に出た。見回すと、左側にはエレベーターのような扉があり、右側の壁にはもうひとつの猫ドア(?)が付いている。その他には何もない殺風景な部屋だった。
◆◆◆
天橋店長がエレベーターの扉脇にあるボタンを押すと、すぐに扉が開いた。店長に続いてエレベーターの中へと入る。中に入って程なくして、扉は自動で閉まった。
普通のエレベーターなら行きたい階のボタンを押すが、このエレベーターにはそんなボタンは無い。
その代わり、エレベーターの隅に腰ほどの高さの台があり、何故か今時珍しい黒電話が鎮座している。
そして何故か黒電話には、ファミコンのコントローラーがひとつ繋がっていた。
店長は何気なく黒電話のダイヤルを回し、ファミコンのコントローラーを操作する。すると、チリリリリンと電話が鳴って、再び扉が開いた。
◆◆◆
上の階に行ったのか、下の階に行ったのかは分からない。
エレベーターが動く時のあの感覚がまったく無かったから、扉の向こうを見るまで1階から移動していたとは思わなかった。目を疑う光景が、目前に広がっている。
「好きなのを選ぶといいよ」
店長の声が、耳を素通りした。
エレベーターの扉が開いたその先は、見渡す限りの衣裳部屋だった。
――絶対に、ここは普通のコンビニじゃない。
エレベーターの中の黒電話を見たときに……、いや、バックヤードに普通に畑中さん(猫)が出入りしているのを見たときから薄々感づいてはいたけれど、ここは、絶対に、普通のコンビニじゃない。
◆◆◆
気が遠くなりそうな程の衣服の数に気を失いたくなったのは、こんなとこで働くことになった自分の未来を思ってだった。
「各学校の学生服とか、各国の警察官の制服とか、時代別・サイズ別に色々取り揃えてるけど、どんなのがいいんだい?」
先ほどの、『どんなのが良い?』の謎がここで判明した。ありとあらゆる制服を用意しているからこその、『どんなのが良い?』だったのだ。
違う。違うんです、店長。俺が聞きたかったのはこの店独自の制服があるかどうかで、こんなにたくさんの制服を見せられても、正直どうしていいか分からない。
胸中の思いが伝わる訳も無く、若干浮き浮きした店長が衣裳部屋の案内を始めた。
◆◆◆
「君くらいの背丈だと、あっちの列が丁度良い筈だよ」
体育館何個分あるのかも分からない広大な部屋を案内しようと歩き出した店長を呼び止める。
「あの!メイビーストアの制服は無いんですか!?」
動揺は未だに続いており、若干どころでなく大きな声が出てしまった。しかし店長はそれを気に留めることも無く、一瞬だけきょとんとした顔を向けると、質問に答えた。
「ウチの制服か~。いやぁ、気付かなかったよ。そういえば無いね」
無いのか。最初から、そう聞けばよかった。
◆◆◆
「ウチの制服が着たいなら作ろうか?」
そう提案してくれた天橋店長は、スタッフの希望を叶えてくれる良い店長なのだろう。
しかし、常識の枠を超えているこの店で、果たして俺はやっていけるのだろうか。正直不安しかない。
それでも、ここで働くことを決めたのは自分だ。ここで働きたいと思ったからこそ面接を受けたのだ。
人間関係や仕事の不出来など、どこで働くにしても不安に思うことはあるだろう。不安を感じただけで辞めてしまうのでは、きっと先には進めない。不安はあっても不満は無いのだ。住めば都と言うように、働いてみれば天職かも知れない。一度バイト先が決まれば長く勤めるつもりであったし、ここで何とかがんばってみよう。
あらすじに、「続きを書くかは未定です」って書いてるけど、ネタはいっぱいあるんですよ。
思いつく限り、書いていけたらいいなって思ってます。
読んでくれた方に感謝!!