八
書き溜めが少ないと言ったな、あれは本当だ。
ということで更新頻度落ちます。
週一とかであげれたらいいな。
ロイドと共に王都へ出発した俺は、特にこれと言った出来事もなく、一ヶ月前に王都まで辿り着いた。
正直な感想を言おう。
滅茶苦茶暇だった。
隣にいたロイドなんかは初めて見る街の外の景色を飽きもせず毎日眺めて楽しそうにしていた。
俺としても他の街に行ったとこはなかったため、最初に立ち寄った街などでは少し観光気分を味わうことが出来たりもした。
しかし経由した街は何の変哲も無いただの街で、慣れてしまえば今まで住んでいた街と大して変わらない。
結局初日以降俺は暇を持て余し続けた。
逆にロイドのテンションが高過ぎて疲れた。
そんなこんなで王都に辿り着いた時の感想はまあ、うん、ロイド曰く「でっかーい!すごーい!」だ。
確かに他の街と比べて大きく、外壁も高く分厚い頑強な物だった。
道幅も広く、馬車が同時に二台横並びでも走れるくらいだ。
そして何より目を引くのが王城だろう。
王都の中心に聳え立つ巨大建造物。
確かに凄い。
でもそれだけだ。
「すごいすごーい!凄いねアル!」
「早く学院に行くぞ」
「あ、待ってよ!」
テンションが上がりっぱなしのロイドに呆れつつ、俺は一声かけてから先に歩き出した。
ロイドも置いていかれるのは嫌なのか駆け足気味に俺の後ろをついてきた。
王都に着いてすべき事はまず学院に向かい、入学手続きを完了する事。
もしこれを期限内に完了していなければ保護者宛に連絡がいき、事情を聞かれることになっているらしい。
俺らの場合はシスターリーファが保護者扱いなので孤児院に連絡がいくことになる。
そうなればシスターリーファはとても心配することだろう。
こんな世の中だ。
旅路の途中で魔物に襲われない可能性など高くはない。
故に、まず観光などしている暇があるなら学院に行けと出発前にシスターリーファから口を酸っぱくして言われている。
あのテンションの上がりようを見る限り、ロイドはそのことを忘れていそうだが。
学院は王都の四方ある門の中で、南門の近くと聞いている。
今俺たちは一般的に使われている西門から入ったので、結構距離がある。
まだ太陽は真上にあるとはいえ、モタモタしていたら日が暮れてしまうかもしれない。
俺はロイドが付いて来ていることを確認しながら早足で南の方へと向かった。
「ねぇアル!これ見てよ!」
無視。
「すげぇ!王都やばい!」
無視。
「……」
無……ん?
先程まで前を通る店のショーウィンドウ全てにオーバーリアクションを取っていたロイドが急に黙り込んだのを感じ、俺は気になって振り返った。
するとロイドはショーウィンドウのガラスに穴が開くのではないかという程ジッと何かを見つめていた。
また変なものでも見つけたのかと俺が少し空いてしまった距離を詰め寄ると、ロイドは小さく呟いた。
「あの子に似合いそうだな……」
ロイドが目を奪われていた物。
その視線の先には一着のドレスが飾ってあった。
純白のドレス。
この世界にそういった風習があるのかは知らないが、前世の記憶と照らし合わせるとそれはまるでウェディングドレスのようなものだった。
しかしそのサイズは小さく、人形に着せるようなもの。
王都では人形遊びでも流行っているのかと疑問に思っていた所に、店内から出てくる女性を見て俺は理解した。
正しくは女性の肩にちょこんと物静かに座っている存在を見て。
その存在を忘れていたわけではないが、未だ俺は過去の常識に囚われているようで、そんな発想に思い至らなかった。
だが先程の言葉を聞く限りロイドは最初から分かっていたようだ。
「精霊専門の洋服屋か……」
「すごいね……」
「そうだな。俺らの服とは桁違いな値段だ」
「そうじゃなくて……いや、そうだけど……」
ショーウィンドウに飾られている純白のドレスの値札にはゼロがいくつも並んでいて、俺は目が悪くなったかと錯覚してしまうほどだった。
この店の目玉商品としてこうして表に飾っているだけで中にある他の服はもう少し良心的な値段だとは思うが、ここは何と言っても王都、王国の中心である。
基本的な物価が高くなっていることは必然であり、恐らく俺らの手持ちの小遣いでは到底手の届かない物ばかりであることは明白であった。
手に入らない物を物欲しげに眺める気にもならなかった俺は再び学院へと向かおうとするが、ロイドがその場から全く動こうとしなかった。
「行くぞ」
「……」
俺が声をかけてもロイドは無言でドレスを見つめ続けるだけ。
別にこのまま放って置いて俺だけ一人学院に行ってしまっても構わないのではないかと思ってしまう。
しかし俺はシスターリーファに宣言してしまった。
一度宣言してしまったからには曲げたくない。
俺は学院の方へと向きかけた足を戻してロイドに話しかける。
「そんなに見たって買えないんだから諦めろ」
「アル」
「ん?」
俺の言葉に反応したロイドの声は、何処かいつもと違う雰囲気だった。
いつも明るいことが取り柄と言えるロイドの声色が、何処か静かで、厳かな印象を受けた。
一体どうしたというのか。
俺はどう返事をするべきか迷い、相槌を打つしか出来ずにいると、ロイドは漸くこちらに振り返った。
「どうしたら買えるのかな?」
振り返ったロイドの表情は真剣なものだった。
何がこいつをそこまで突き動かそうとしているのか俺には理解出来なかったが、取り敢えず俺は当然の解答を告げる。
「金を稼ぐ」
「どうしたら稼げるの?」
そんなこと、ロイドであっても知っている筈だ。
仕事をして、その報酬として給料を貰う。
今更そんなことをロイドが聞いているとは思わない。
だが俺がここで折れるわけにはいかない。
「学院で勉強して、良い成績を残して、良いとこに就職して、真面目に仕事すりゃいつかは手が届く」
「それじゃあ遅いよ」
「……」
遅い。
その言葉を聞いて、俺はロイドが何をしたいのか察しがついた。
始めにこの店の前を通りかかった時に言ったロイドの言葉。
それが全てなのだろう。
沈黙する俺に対し、ロイドは自分の正直な気持ちを俺に向かって打つける。
「あの子に会ったら、渡したい」
「無理だ」
不可能と言って良い。
一人の平民のガキが金を稼ぐ方法なんて高が知れている。
その少ない方法を用いて二年間頑張ったとしても到底届く金額ではない。
ただ一つを除いては。
「俺知ってるよ……魔物を倒せば──」
──パシンッ!
それ以上言わせるつもりのなかった俺は気付けばロイドの左頬を思いっきり右の平手で叩いていた。
叩かれたロイドは言葉が途切れ、何が起こったのか理解出来ていないのか呆然としている。
そんなロイドに対し、俺は更に言葉によって畳み掛けた。
「魔法もロクに使えない!精霊とも契約してない奴が魔物の討伐報酬を目当てに魔物に挑もうなんてするんじゃねぇ!!!」
もし二年後、精霊王と契約したロイドであれば俺が言うことは何も無い。
その頃になれば俺はきっとこいつの側にいないだろうし、きっと精霊王が何とかしてくれるだろう。
だが今ロイドの隣にいるのは俺しかいない。
だから俺はキツくこいつを叱らなければならない。
もしそのせいで憎まれたとしても、恨まれたとしても、俺は気にしない。
ロイドが正しく英雄となるべき道を進むためならば、俺は憎まれ役だって買ってやる。
「……ゴメン……ゴメ……ひっく……」
物理的ダメージと、精神的ダメージの両方を一度に食らい、ロイドの涙腺は決壊してしまったようだ。
もしこんな路上で大泣きでもされていたらと思うと今更ながらに恐ろしいが、そこは流石孤児院の年長組。
しっかりと声を殺して静かに泣いていた。
俺はそんなロイドの頭を抱えるようにして胸に抱き寄せた。
「ロイド、お前はこの二年でやるべきことがある」
「え……?」
子供の二年というのは短いながら途轍もなく重要な年月だ。
英雄アルベルトも丁度十歳から魔法の訓練を始め、日を追うごとに強くなったという。
ならばきっと、ロイドだってこれからどんどん伸びる筈だ。
「二年後、契約する精霊に恥ずかしくないくらい、強くなれ。そしたらこんなドレスの一着や二着、すぐに買えるようになる」
「……うん、うんっ!分かった!俺強くなるよ!」
俺の叱咤激励に対し、ロイドは力強く首を縦に振った。
取り敢えずこれで大丈夫だろう。
学院まで行けばもう俺の仕事は殆ど終わったと言ってもいい。
きっと、学院に行けば嫌でも俺とロイドは引き離されるだろうから。
俺は再び学院の方へと足を向け直す。
「よし、じゃあ早く学院に行こうぜ。時間は待っちゃくれないからな」
「おー!」
意気揚々と俺の後についてくるロイド。
今後、自分の人生が二転三転することを未だ知らない無知なロイド。
自分の才能を自覚した時、お前は一体どうなってしまうんだろうな。
その時俺はお前の側にはいないから、ちゃんと真っ直ぐ歩けよ。
こうして俺とロイドは学院へと無事に到着した。