五
気温が上昇し、外に出るだけで汗ばむような前世で言う夏に相当する季節になった頃、俺とロイドが王都へ旅立つのを明日に控えた今日、孤児院にて質素ではあるがパーティのような催しが行われていた。
財政の厳しい孤児院では珍しい、年に一度目にする機会があるかないかといったケーキが用意されていた。
味としては前世の物と比べるまでもないが、甘味というもの事態珍しい孤児院では子供たちは大騒ぎであった。
一応俺とロイドのために用意されていた物だったが、俺は特に甘い物に興味は無いからミーシャにやり、ロイドはロイドでお人好しな奴なので自分の分を他の子に分けてやっていた。
ケーキを食べ終えると皆少し寂しそうな顔で「いってらっしゃい」や「がんばって」などといった言葉を送る。
その殆どはロイドに向けて送られており、ここでの俺とロイドの過ごし方の違いがとても顕著に現れていた。
今生の別れとまではいかないが、一度学院に通ってしまうとそう簡単には帰ってこれなくなるのは事実だった。
俺とロイドが入学する魔法士養成学院は王国の王都に存在する唯一無二の魔法士専用の学院。
各地から才能のある子供たちが集められるため、その敷地内にある学生寮で日々生活することになるらしい。
衣食住は全て学院が用意してくれるらしく、王国が、世界が、どれ程魔法士という存在を重要視しているかが鑑みられる。
学院に入学後、まず二年間は読み書き計算から国の歴史、魔法、精霊などの基本的な知識を学びつつ、戦うための基礎的な体力、技術も同時に習得することを目的としたカリキュラム、通称初等科が予定されている。
その後十二歳となるといよいよ魔法士として最も重要な精霊召喚が行われ、精霊と契約することで見習い魔法士として認められる。
そこから三年間は中等科と呼ばれるカリキュラムが始まり、実戦的な戦闘訓練が主に行われる。
中等科を終えると学生は丁度十五歳の成人を迎えており、学院の卒業と共に進路が決定する。
基本的には魔法士として各地に配属され、その近隣の魔物の駆除が主な仕事となる。
優秀な成績を納めた者などはそのまま王都に残り、王都を守護する精鋭部隊に配属されたり、王室お抱えの近衛部隊に配属されたり、学院の高等科と呼ばれる戦闘ではなく魔法の研究を主に行う部門に進んだりと色々ある。
恐らくロイドのように精霊王との契約が確定しているようなヤバい奴は精鋭部隊なり近衛部隊になるだろうし、俺のような普通の奴はどっかの街に飛ばされて日々魔物とのデートを楽しむ羽目になるだろう。
つまり俺たちがこの街に再び帰って来るには仕事に就き、まとまった休暇が取れた時くらいだろう。
学院では前世のような長い休暇は無さそうだし、何よりここから王都って結構遠いし。
だからなのだろう、皆が寂しそうにしているのは。
小さいながら、ここにいる子供達は孤児であるが故に理解していることがある。
今日と同じ日が、明日も確約されているわけではないと。
もう会えないかもしれないと考えてしまうのだろう。
夜も更け、子供たちが眠りに就き始めて喧騒が去っていった頃、俺とロイド、そしてシスターリーファの三人がリビングのソファーに座っていた。
「ロイド、アル、貴方達は私の自慢の息子です」
神妙な面持ちでシスターリーファが静かに語った。
この孤児院にいる子供達は皆シスターリーファを母親だと思っているし、シスターリーファも子供達を自分の子のように思っている。
そんなことは十分理解しているが、まさか自慢の息子などと言われようとは。
「うん!」
「シスターリーファ、頭でも打ちまし──アガッ!?」
ロイドが元気よく返事をした横で、俺はちょっとこの静かな空気に居心地の悪さを感じたため、少しおちゃらけてみたら即座にシスターリーファからの鉄拳を頭に食らった。
結構痛い。
「はぁ……二人共、全く別の意味で私が心配する必要はないのかもしれませんね」
額に手を当てながら溜息を吐くシスターリーファ。
その顔、その手に刻まれた深いシワを見ていると、前世の自分と少し重なって見える。
俺はその姿を見る度、凄い人だと感心する。
前世の世界では介護を受けていてもおかしくない年齢だというのに、小さな子供達を何人も世話している彼女は今世において俺が最も尊敬出来る人だと感じている。
だからこそ、自分の気持ちを紛らわすために少しふざけ過ぎてしまう。
「大丈夫だよ!アルは賢いもん!」
「そうです、俺はこう見えて賢いん──ウグッ!?」
ロイドのフォローに被せるように俺も自分の賢さをアピールしてみたが、やはり言葉の途中で鉄拳を食らってしまった。
老いぼれのくせに何故ここまでの腕力が維持出来ているのか不思議でならない。
「ロイド、アル、貴方達はこれから多くのことを学び、経験し、成長していくことでしょう。嬉しいこと、楽しいことだけでなく、時には辛いこと、悲しいことがあると思います。ですが、これだけは忘れないでください」
そこまで言ってシスターリーファは一度間を置いた。
隣に座るロイドはシスターリーファの言葉を真剣に聞き入っている。
真面目な奴だとつくづく思う。
十歳の少年など真面目な話をちゃんと聞けるような奴の方が少ないというのに、ロイドはこういう時しっかり黙って聞く奴だった。
俺も黙って聞いてはいるが、真剣には聞いていない。
どうしても真剣になれない。
何故なら俺は、一度人生というものを経験してしまっているから。
だから次に続くシスターリーファの言葉も、ある程度予想出来てしまう。
「人としての道を、真っ直ぐ歩んでください」
「はい!」
「分かりました」
二人に向けた言葉というよりは、将来の二人に向けた言葉。
もしくは俺に向けた言葉だろうか。
何より十歳の子供に話す内容ではないだろう。
しかしロイドはきっとこの言葉を胸に刻んで真っ直ぐ成長していくのだろう。
幼少期に聞いた印象深い言葉というのは意外と大人になっても覚えているものだ。
今は分からなくても、その言葉の意味が分かるようになった頃に思い出せればそれで良い。
そのほんの少しの差が、思わぬ所でそいつを救うことがある。
立派な人だよホント。
俺の前世とは全く違う。
俺もそんな意味のある人生を送ってみたかったもんだ。
話を終え、もう遅いから寝なさいといつものように寝室へ促された時、リビングから先にロイドが出た所で俺は一度立ち止まった。
「シスターリーファ」
「ん?」
振り返り、少し離れて立っているシスターリーファを見上げるようにして俺は真っ直ぐ彼女を見据えた。
シスターリーファは振り返った俺を不思議そうな面持ちで見つめる。
「一つだけ、聞いてもいい?」
「えぇ」
今これを聞く必要は無い。
これを知った所で俺の考えは何も変わらないし、もしかするともう手遅れなくらい変わってしまっているだろう。
それでも何故か今聞いておかなければいけないような気がした。
それがあの精霊王アリスと邂逅したからかは分からないが、もしかしたらそれも繋がっているのかもしれない。
凡人である俺に精霊王アリスが見えたのには、何か意味があるような気がするから。
だから俺は意を決してシスターリーファに問いかける。
「ロイドって、何者?」
「……」
俺の問いに対し、シスターリーファは表情を変えることなく沈黙した。
言えない。
それだけでもう俺としては十分な答えだった。
ロイドは捨てられたわけでもなく、親を失って路頭に迷っていたわけでもなく、この孤児院に預けられた子だ。
それについては前に聞いたことがあったが、誰が預けたかは教えてくれなかった。
それ自体は個人の問題であるし、無闇にそういった話をするべきではないことは理解出来たため、特に疑問には思わなかった。
しかしロイドは側から見て異常過ぎた。
まず見た目が整い過ぎていること。
街にいる人々は基本的に茶髪だったり黒髪だったりと特徴のない髪色なのに対し、金色の髪などロイドくらいしかいないこと。
測定時に発覚した、異常な魔力量を保持していること。
そして極め付けに、精霊王アリスのお気に入りであること。
ただ親が生活に困って孤児院に預けた子供とは考えられないスペックを持つロイド。
物語の主人公のようなロイド。
そんな奴が、普通の子供であるはずがない。
普通の子供でないならば、この世界で価値ある子供など容易に想像が付いてしまう。
親元にいては狙われる危険がある。
その息子だと知られれば危険がある。
故にこのような田舎街の孤児院に一時的に避難させていた。
十歳になれば学院入りし、ロイドの才能が世間に公表されることで周囲から注目され、見えない危険から守り易くなるだろう。
そう考えるのがとてもしっくりくる。
そしてそれは今、シスターリーファの沈黙という答えによって証明されたと言っていい。
「そっか、やっぱり」
「アル……?」
納得したような俺の言葉に、シスターリーファは心配気な表情で俺を見る。
そんな気にしなくても良いよシスターリーファ。
それを知った所で、俺は何も変わらない。
俺はロイドと腐れ縁の仲。
ただそれだけの関係性。
これまでも、これからも。
「アルー?どうしたの?」
「今行く!」
先にリビングから出て行ったロイドは俺が付いて来ないことに疑問を持ち、遠くから呼びかけてきたため俺は振り返って返事をした。
そしてそのまま踵を返してシスターリーファに背を向け、呟くように言う。
「ロイドのことは任せてください。きっと、それが脇役の役目だから」
振り返ることなく俺はそのままリビングから出て行った。
主人公がいるなら、その周りには多くの登場人物が存在する。
ヒロイン、信頼出来る仲間、好敵手、恩師と様々だろう。
しかしそんなキャラの濃い者達だけでは物語としては成り立たない。
全ての物語には脇役が存在する。
脇役がいることで、主要人物達はより光り輝ける。
ロイドという主人公を見つけた俺は薄々気が付いていた。
俺がここにいる理由に。
主人公の腐れ縁の友人など、打って付けではないか。
大した夢も希望もない、俺のような面白味のない奴には丁度いい配役だ。
「何話してたの?」
「俺の賢さについて」
「あははっ!流石だね!」
「だろ?」
ロイドと合流して皆のいる寝室へと向かう。
いつも通りの他愛のない会話。
何かについて真剣にロイドと言葉を交わしたことは一度としてない。
まだ幼いというのもあるが、そういったことはもっと別の、恐らく今後出会うだろう親友と呼べるような奴とするべきだろう。
同じくらいの精神年齢で、同じように喜び、同じように悲しみ、同じように悩めるような存在。
それは俺には荷が重過ぎる。
だから俺は、いつの間にか登場しなくなる程度の脇役が、丁度いい。