四
「今日から新しく皆の家族になるミーシャちゃんです。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
今から五年程前、シスターリーファが新しい孤児を連れて来た。
よくもまぁそんなに見つけて来るものだと感心するが、こうした孤児院自体珍しいらしくシスターリーファは孤児を見つけてはこうして連れて来る。
俺もそうだったらしい。
ロイドは誰かがシスターリーファに預けて行ったって聞いたな。
まぁ赤ん坊の頃の記憶など流石に俺もよく覚えていないし、物心ついた頃に前世の記憶を認識出来た俺としては出生がどうであれ特に興味はなかった。
今生きている、それで十分だ。
そして俺やロイドのように赤ん坊の頃、つまり物心つく前に孤児院に来た者は自分の親のことなど気にしないし、ここが自分の家だと思っている。
しかしミーシャのように物心ついてから孤児院に来た子供達はそう簡単に割り切れるものではないらしい。
当時のミーシャは四歳。
好奇心旺盛で遊び盛りな頃だ。
そんな時期に両親を亡くすというのは、中々想像出来るものではない。
前世でも、今世でも俺にそういった経験はなく、孤児院に連れて来られて間もない頃のミーシャの気持ちなど俺には到底理解出来なかった。
だから俺はミーシャと極力関わらないことにした。
俺以外にも子供は沢山いるし、何よりイケメンなロイドがいた。
孤児院内の女子人気トップの奴がいれば何も問題ないだろう。
絶対あいつは漫画やラノベでいう生まれながらの主人公気質だ。
そんな奴がいる孤児院に御誂え向きに現れた美幼女。
幼馴染ポジは確定したといっても良い。
故に俺は主人公の悪友ポジ辺りにいれば収まりが良いだろう。
皆がミーシャに群がり騒がしくする中、俺は手早く昼食を済ませて食器を片付けに行く。
「アル早いってー」
「本の続きが気になるんだ」
俺が立ち上がったのと同時に隣に座っていたロイドが話しかけて来た。
俺が早いのではなくお前らが食事に集中していないだけなんだがな。
その気持ちを口に出すことなく、俺は適当な理由を告げてトレーを持ち上げた。
「ミーシャちゃんとお話しないの?」
「俺は別に良い。お前が構ってやれ」
「そう……」
何やら残念そうに顔を伏せるロイドであるが、ここはお前が頑張るところなんだぞ。
俺は平和に暮らせていればそれで良いんだ。
魔物だ何だと物騒な世の中ではあるが、街中にいればその危険に晒されるような状況にも出くわしにくい。
辺境の街の一つであるこの街であってもそれは変わらない。
俺の人生設計としてはこのまま孤児院で世話になりつつシスターリーファの教えを請うて神父にでもなるのが安牌だろう。
しかし、魔力測定によってそれを真正面から打ち砕かれて泣きそうになったのは苦い思い出だ。
食器を片付け終えた俺はリビングの方に向かい、そこにある本棚から本を選んで椅子に腰掛ける。
物心ついてからというもの俺は本の虫になりつつあった。
何故なら俺にとって子供の遊びは流石に辛いからだ。
最初の頃はロイドに付き合って外で走り回ったりして遊んでいたものだが、精神年齢の違いが顕著に現れた。
テンションについていけないのだ。
何故走り回っているだけでそこまで大笑い出来るのか。
何故走り回っていても息の一つ切らさずに全力で走り続けれるのか。
その全ては子供特有のあのテンションの高さに由来しているのだろう。
だって俺、滅茶苦茶疲れるもん……。
精神年齢が肉体年齢についていけてない。
そのギャップからか俺はロイド達と同じように無尽蔵な体力を生み出せなかった。
そんな俺がこんな娯楽の少ない世界、しかも孤児院でやれることなどこうして本を読むことくらいだった。
初めは前世との言葉の違いに戸惑いもしたが、新しい俺の若い脳の知識の吸収力は半端なく、一年足らずで大分難しい本を読めるようになった。
未だ辞書は手放せないが、普通の物語的な本であれば無くても読み進めることが出来る。
今から俺が読もうとしていたのは『英雄アルベルトと精霊王』という本。
児童向けにしては読み応えがあり、この世界についてよく理解していない俺にとっては良い勉強材料であったためそこそこ気に入っていた。
精霊などと馬鹿馬鹿しい話が多く出て来たが、ぼんやりと異世界なんだなと感じ始めたのもこの本のおかげというべきなのだろう。
そしてこの本を読んでいたがために、俺はミーシャと関わりを持ってしまったとも言えた。
外から子供の遊び声が聞こえてくる中、本のページをパラパラと捲っていた俺は少し休憩しようと本から目を離し、椅子に座ったまま背伸びをして体をほぐした。
「んーっ……ん?」
背伸びをした後、凝った肩を回そうとした時にふと視界の端に見覚えのある薄紫の髪が映った。
もしやと思い横を向くと、そこにはミーシャがちょこんと椅子に座って俺が読んでいた本をジッと見つめていた。
外から遊び声が聞こえるということは殆どの子供は外で走り回っているのだろう。
しかし今日ここに来たばかりのミーシャが何故ここにいる?
他の子達と遊べば良いものを。
俺はそう思いながらも、子供とはいえここに来てすぐ馴染めというのが土台無理な話かと納得した。
もしかしたら外遊びが好きじゃないのかもしれないしな。
「この本が気になるのか?」
「……ん」
そこにいると気付いてしまっては何も話さないというのも落ち着かない。
取り敢えず無難な会話で様子を伺ってみたら言葉少なくコクンとミーシャは首を縦に振った。
四歳児が読むには難し過ぎるんだが……まぁいいか。
俺は読んでいた途中だが本を閉じてミーシャに差し出す。
「気になるならやるよ。ここにある本は皆の本だからな」
「……よめない」
差し出された本をジッと見つめながら、少し悲しそうに消え入りそうな声で呟いたミーシャ。
逆にここでスラスラ読み始めたらこの子天才だけどな。
この世界は識字率が前世と比べてそこまで高くない。
四歳の孤児が読み書き計算出来たら神童扱いされるくらいだ。
実際俺はシスターリーファを大分驚かせてしまったらしい。
そんなことを思い出しながら俺はミーシャをどうするか考えた。
正直俺は子供の扱いが苦手だ。
前世でも子や孫にそこまで気に入られた覚えがない。
何を考えているのか理解出来ないから距離を置いていたせいというのもある。
しかし気になる本があるのに読めないというのは悲しいことだ。
仕方ない。
俺は本を手に取って立ち上がり、ソファーのある方へ向かった。
するとミーシャも俺に付いて来るようにトテトテと歩き出した。
「どうせ俺も読んでた所だ。読んでやるよ」
「……うん」
読み聞かせるにはあの椅子と机ではミーシャには辛いだろうと思い、俺はソファーに座って膝の上に本を広げる。
ミーシャはそれを見て遠慮がちに俺の隣にちょこんと座った。
微妙に距離を置かれてるのはまぁ仕方ないだろう。
読み聞かせなどいつ振りだろうか。
自分の子供が小さい頃に何度か絵本を読んでやった以来か。
実に数十年振りの読み聞かせと思うと少しばかり緊張してしまうが、俺は気を取り直して小さく咳払いをした。
「昔、ある国の田舎町に一人の男の子がいました」
この本の導入はよくあるお伽話のように始まる。
田舎町に一人の少年がいて、日々貧しいながらも家族と平穏な生活を送っていた。
そんな日々がずっと続くと思っていたある日、町の近くに大きな魔物が現れる。
町が魔物によって蹂躙される間際、一人の男が現れ、魔物をいとも容易く葬り去る。
少年はその強さに惹かれ、そして思った。
もしまた同じようなことが起きた時、今のままじゃ誰も守れないと。
そこから少年の特訓の日々が始まるのだが……。
「……っ、うっ……あぅ……」
いつの間にか隣から啜り泣くような声が聞こえて来た。
声の主は考えるまでもない。
何故泣いているのか、俺には分からない。
俺はこの子ではないし、この子に何が起きてここに辿り着いたのかも知らない。
この本が気になっていたのは単純に俺が読んでいたからかとも思ったが、もしかするとこの本を前から知っていたのかもしれない。
もしかすると両親が読み聞かせてくれていたのかもしれない。
もしかするとこの本のように住んでいた場所に魔物が現れたのかもしれない。
そして彼のような、強い人が現れなかったのかもしれない。
全ては推測の域を出ないし、わざわざそれを知ろうとは思わない。
他人の人生に踏み込むほど、俺は度胸のある方じゃない。
もし何かがあった時、責任を取る覚悟だってない。
平穏無事に人生を程々に謳歌する。
今も昔も、俺にとってそれが一番楽なのだ。
求め過ぎず、求めなさ過ぎず。
今の俺は丁度いい。
幸福とも不幸とも言えないこのくらいの生活が一番居心地が良い。
でも、女の子が泣いていたら、手を差し伸べなきゃ男が廃るってもんだろう。
俺は本を読むのを中断し、ミーシャの頭にそっと手を乗せる。
この子を救うなんてことは俺には出来ない。
何も知らない俺には、今このひと時だけ、彼女を安心させてやることしか出来ないだろう。
「泣きたいなら泣けばいい。ここには俺しかいない。もう、我慢しなくていい」
「ふぇ……えぅ、ぁ、ふぇえええええん!!!」
うるさっ!?
堰き止められていた感情が一気に流れ出したのか、今までの大人しそうな雰囲気とは打って変わって大音量で泣き出したミーシャ。
流石にここまで思いっきり泣くとは考えていなかった俺は思わず耳を塞ぎたくなった。
どんなに大人しそうな子でもやはり子供は子供ということか。
甲高く、耳に響く泣き声が止むことはなく、その声を聞いてかリビングにシスターリーファが現れた。
「一体何事ですか!?」
「あ、シスターリーファ、ちょっと助けて……」
「ふえぇえええええん!!!」
事態を把握し切れていないシスターリーファに取り敢えず助けを求めようとしたが、俺の声はミーシャの泣き声によって掻き消された。
ちゃんと説明しないとこれはまた俺が説教を食らうパターンだと思い至るが、こんな状況で落ち着いて説明などしていられない。
「アル!?一体ミーシャに何を!?」
「誤解ですシスターリーファ!」
「ふぇえええええん!!!」
慌てるシスターリーファに弁解を求めるがやはりミーシャの泣き声が邪魔で全く収拾がつかない。
結局その後、俺とシスターリーファでミーシャを宥め、泣き疲れて眠ってしまったミーシャを寝室で寝かせると、俺は今朝のように正座させられて事情を一から説明する羽目となり、シスターリーファは一応納得してくれたようでそれ以上のお咎めはなく終了した。
「あれからもう五年か……」
太陽が真上に登った頃。
木陰で丁度いい気温の中、いつの間にか俺に背を預けて寝てしまっているミーシャの頭を撫でながら呟いた。
あれからというもの、ミーシャはよく俺の近くにいるようになった。
外で皆と遊べば良いものを、何が楽しいのか本を読む俺の横で大人しく座っていた。
昔はたまに本を読んでくれと頼まれる程度だったというのに、何故今ではこんなに頻繁になってしまったのか。
可愛い子に好かれて嬉しいという気持ちはあるが、流石にこう何度もせがまれては惰眠を貪る暇もない。
「まあでも、後少しだもんな……」
もうすぐ俺とロイドは王都にある学院へ通うことになる。
それはつまりこの孤児院から離れるということであり、ミーシャともお別れなのだ。
そのことは既に孤児院の皆が知っている。
きっとミーシャがこんな頻繁に本を読んで欲しがるのも、それが原因だったりするのだろう。
それが分からない俺ではない。
だからこそ、今くらいほんの少しの我儘を聞いてやるくらいは別に問題ないだろう。
俺は小さく欠伸をしてからミーシャの柔らかい頰を指で突いた。
「ミーシャ、そろそろ起きろ。昼飯の時間だぞ」
「あぅ……ん……起きた」
頰を突かれて小さく声を漏らした後、目を軽く擦りながらミーシャが起きた。
それを確認した俺は本を持って立ち上がる。
「ほら立って、行くぞ」
「……だっこ」
「はいはい」
両手を広げて俺を見上げるミーシャ。
その姿は何とも愛らしく、庇護欲を擽られる。
経験上ここで何を言ってもミーシャが折れることがないのを理解している俺は素直にミーシャのお願いを聞き入れた。
本はミーシャに持たせ、俺は両手でミーシャを抱え上げる。
形としては殆どお姫様抱っこだ。
十歳が九歳をお姫様抱っこするというのは中々腕力的に厳しいものがあるのだが、こうしないとまたミーシャが拗ねて面倒臭い。
俺は重さでフラつきそうになるのを我慢しながらミーシャを丁重に孤児院まで送り届けることに成功した。