三
「アル!聞いて!俺精霊と会った!」
朝からめちゃくちゃテンションが高く、正直うざったい隣人、ロイド。
金髪の髪は短めに切り揃えられており、緑の瞳はキラキラと輝きを放っている。
活発そうな見た目な上に目鼻立ちの整ったイケメン予備軍。
この上で精霊王の唾付きとは、神様ってのも理不尽だな。
今は孤児院の食堂で朝食の時間。
俺は朝食を静かに食べたい派だというのに隣に座るロイドが朝食などそっちのけで昨夜起きたことを興奮気味に話していた。
俺としては特に驚くべきことでもない、というかその精霊に俺も会っているから今更驚く必要もない。
故に適当に受け答える。
「夢でも見たんじゃないか?」
「ホントだって!めちゃくちゃ可愛い子だった!白い髪で、羽が六枚あって!二年後にまた会おうだって!」
あーやっぱりそれ精霊王アリスとかいう奴で確定だわー。
にしても話を聞く限り会ったのは一瞬のことだったようで、言うことだけ言ったら何処かに消えてしまったらしい。
そうなると逆に俺の方が長い時間精霊王と会っていたことになるのだが、まぁそんな細かいことは置いておこう。
「ご馳走さま」
「はやっ!?ねぇもっと聞いてよ!」
パンの最後の一口を口の中に放り込んで朝食を終わらせた俺は食器をトレーごと持ち上げて立ち上がった。
するとロイドは全く話し足りないのか俺の腕を掴んで引き止めようとする。
しかし話を聞く限りこれ以上何か新しい情報があるとは思えないのだが……。
何か良い断る理由は無いものかと思案するが特に思い浮かばず、俺は正直な気持ちをそのままぶつける。
「学院に行けば嫌という程精霊と過ごすんだ。別に今更どうでも良い」
「そんなぁ……」
立ち去ろうとする俺に対して落ち込んだような声を出すロイドだったが、そんなロイドに俺と同じように朝食を早くに終えた年少組達が群がり始めた。
「ロイドにいちゃん!さっきのもっかいきかせて!」
「ねぇねぇ!きかせてきかせて!」
数人の幼児達に囲まれ、満更でもない様子のロイドを見て俺はもう良いだろうと食器を片付けて孤児院の外に出た。
この孤児院、及び教会は街の外れにあり、孤児院の外は子供が遊ぶには十分な庭のような広場がある。
俺はよくその広場の隅に生えている大きな木の木陰で昼寝をするのが好きだった。
他の子達とあまり遊ばず、その場で寝続けているといつの間にかこの場所は俺専用スペースのように認識されていて、あまり近付いて来る者はいない。
シスターリーファとロイド、そして後一人を除いて。
少しずつ肌寒さが無くなり、木陰で丁度いい気温となりつつあるこの季節は目を閉じればすぐに夢の世界へと旅立てる。
そうして今日も日がな一日惰眠を貪ろうとしたところで、草を踏む小さな足音が近付いて来るのが聞こえた。
……またか。
俺はどうせもう今日は寝れないと諦めて横になっていた体を起こす。
そして周囲を見渡すと小さな女の子がトテトテとこちらへ歩み寄っていた。
「お兄ちゃん、これ……」
「ミーシャ……お前これ一昨日も読んでやっただろ?」
薄紫の紫苑色の長い髪を靡かせ、座っている俺をジッと見つめて来るアメジストの瞳はキラキラと輝いている。
この将来を約束されたような美幼女は俺の一つ年下のミーシャ。
こんな可愛い子を捨てるなんて馬鹿な親もいたものだと言いたくなる奴もいるかもしれないが、この世界では捨てられる以外にも孤児になる理由などいくらでもある。
魔物なんて脅威が世界中に蔓延っている世界で、絶対安全な場所など存在しないのだから。
しかし今問題なのはミーシャの身の上話などではなく、この子が手に持っている本だ。
経年劣化と雑に子供が扱った結果ボロボロになった本。
元は綺麗に装丁された本だったのだろうが、幼子の手にかかれば芸術の類などその程度のものだ。
そんな本のタイトルは『英雄アルベルトと精霊王』。
児童向けの本であるにも関わらず、割と言葉や内容が難しい話の本だ。
実際に過去に存在した英雄と精霊の話を元に書かれた本らしく、この世界では結構有名な作品らしい。
ノンフィクションであり、児童向けということもあって、これを読むことでこの世界において知っておくべき魔法や精霊、魔物の常識やある程度の知識を得ることが出来る優れ物。
俺が精霊なんて信じていないのに知識として知っていた理由はこの本、というよりミーシャが原因だったりする。
「ダメ……?」
少し潤んだ瞳を俺に向け、自らの愛らしさを存分に発揮したお願いを断れるような奴がいたらその極意を是非とも俺に教えてほしい。
というよりさっきも言ったが一昨日も最初から最後まで読んでやっているのだ。
二日に一回くらいのペースで読んで欲しいとせがんでくるのだ。
てかこれ普通にページ数も多くて最初から最後まで読んでると半日程かかるのだ。
正直疲れる。
今日は朝っぱらから正座させられ、シスターリーファから有り難いお説教を受けて体力的にも精神的にも辛く、俺は寝て過ごしたいために何とか良い回避方法がないか思考する。
そして俺は丁度いい話題を思い出した。
「そう言えば今日はロイドが精霊に会ったらしいぞ?そっち聞いた方が面白いんじゃないか?」
「ダメ……?」
首を傾げ、今にも泣いてしまいそうな悲しげな表情でお願いしてくるミーシャがとても可愛い。
なんなのこの子、ホント可愛い。
そんなに俺の方が良いの?俺のこと恋愛的な意味で好きだったりするの?え?結婚する?もう後六年くらいその気持ちを忘れないでね?
この世界では十五歳で成人とされている。
そして成人すれば結婚も出来る。
未来の嫁候補がこんなに可愛い子なら俺ロリコン扱いされても文句言わね。
結局俺はミーシャによるこれぞホントの「ダメ押し」に折れることにした。
「はいはい、分かった分かった」
「うん!」
俺が了承するとミーシャは嬉しそうに笑い、俺が胡座をかいているところにスポッと収まるようにこちらに背を向けて座った。
ここが彼女の特等席らしい。
ミーシャはこの状態で本は自分で持ち、俺が読み進めるのに合わせてページを捲っていく。
俺はほぼ暗記している内容をゆっくりと声に出して読み上げながら昔のことを思い出していた。