二
黒髪青眼の十歳児、両親は不明、森の中に捨てられていた所を孤児院のシスターに拾われた少年、アル。
それが俺を言い表すことの出来る情報だ。
それ以外には特に何も無い。
そんな平凡とは少し違う人生を歩む俺は今孤児院の広間で正座をして反省中だ。
「良いですかアル。夜は危険が沢山あるのです。だから夜は孤児院から出てはいけない。これは先週も言いましたね?」
「はい、シスターリーファ」
正座した状態から修道服を着た老齢の女性、シスターリーファを見上げるようにして返事をする。
シスターリーファはこの孤児院の院長であり、孤児院の隣にある教会のシスターでもある。
俺が今このような状況にあるのはシスターリーファの言った通り、夜に勝手に出歩いていたことを叱られているためだ。
結局俺は精霊王アリスとの邂逅後、森を何とか抜け出して孤児院に戻って来ることが出来たわけなのだが、部屋に戻る頃には日が昇り始めており、朝の早いシスターリーファと遭遇。
そこから今に至る。
つまりまだ早朝、他の子供たちも起きていないような時間だ。
「では何故夜に出歩いたりなどしたのですか?」
正直に言えば何となくなのだが、そう言ってしまえばまたシスターリーファの怒りを買うことになるだろう。
しかもシスターリーファは俺が森まで行っていたことまでは知らない。
単に街中をうろついていただけだと思っている。
ここで下手なことを言って墓穴を掘れば飯抜きもあり得る。
俺はどうしたものかと思案し、それっぽい言い訳をすることにした。
「精霊さんに呼ばれた気がして」
「そうですか、ではそのまま今日は正座です」
「ごめんなさい、シスターリーファ」
流石にこれは無理があったようだ。
実際精霊には会っているが、シスターリーファはそれを真に受けるような人ではない。
そもそも精霊は人には見えないのが普通だ。
契約精霊であれば自ら契約者以外に姿を見せることがあるらしいが、野良精霊であれば普通見ることは出来ない。
もし見ることが出来たとしたら、つまりその人はその精霊と親和性が高いということ。
まぁざっくり言えば相性が良いということになる。
だからあの時精霊王アリスは少し驚いていたのだ。
目当てであったロイド以外に、自分の姿を見ることが出来る者がいたことに対して。
「はぁ……アル、貴方はもうすぐ学院に通うのです。もっとロイドのように素直な良い子になれませんか?」
「場を弁える程度には良い子だと自負しております、シスターリーファ」
溜め息を吐いて問いかけて来たシスターリーファを安心させるために、俺は正直な思いを告げた。
子供の感性など既に忘れてしまっている俺としては割と努力して普段から奔放な行動を心掛けているのだが、それが逆に悪かったようだ。
同い年の中では聡明で、落ち着いた印象を持つロイド。
しかし普段は子供らしく元気に遊んでいる姿をよく見かける。
このバランスがきっと大事なんだな、難しい。
「アル……何故頭が良いのにこのように捻くれた子に育ってしまったの……私がいけないの……?」
「こればかりは性格なので仕方ないかと」
シスターリーファが落ち込むのは筋違いというものだ。
俺を育てたと言っても数年程度。
既に前世で何十年と生きてきた俺の価値観や性格を矯正するなんて至難の業だ。
故に俺はシスターリーファをフォローするための言葉を選んだつもりだが、シスターリーファは目頭を手で押さえてまた溜め息を吐く。
「はぁ……もう良いです、そろそろ他の子を起こして来てください」
「分かりました、シスターリーファ」
漸くお許しが出たことに内心喜びながら俺はその場で立ち上がる。
痺れる足が治るまで暫く耐えた後、俺は寝不足によるあくびを噛み殺しながら逃げるように寝室の方へと向かった。