お片付け戦争1
※『このタイトルにすることでこの日にお片付けを強制する習慣の有効利用方法』
『お片付けはしましたが終わりませんでした』
自分が書く内容がなくなったときに日記風のレポートを書くことが逃げ道になってきています、私です。今日は自室に散乱していた書籍であったりとか、CD類を整理しながら、自分の部屋でいつまでも積みあがっていた段ボールを片付けに行きました。そのことについて物一つ一つに関して思うところがあったので、そんなところから特に思ったところを一点か二点ほど書いていこうかと思います。
一つ目は自分が今まで使っていた学習のための教材の本であったり、資料集が一番思い出としては思いだしやすいところでしょうか、自分が苦手としていた「学習」という行為に必要不可欠であり、手放すことができない反面、自分が踏み込むことのなかった分野の知識を私に与えてくれる存在でもありました。
特に私は社会と理科という二科目がそれ以外の科目にとっての癒しというか一息つくことができる教科だったので、他の教科の勉強で疲れるたびにその教科の資料集を見ていました。それのおかげで、日本史や物理に興味を持つきっかけを与えてくれるものになってくれました。私はそういう物を整理している時にただそのまま受け流すように整理していくという人間ではないので、ちょくちょくとノートや教科書を見てはその当時に学んだ事とか、こんなこと当時は理解できなかったなとか、もっとこの時に学習しとけばよかったな、とかいろいろと考えてしまいますね。ですが、その当時の経験や今振り返って後悔したとしても、その経験の一つ一つすべてが今の自分を構成している要素になっていると思います。それなので、この時にもう少ししっかりと学習していたとしたらこういう趣味を持つこともなかったんだろうなと思うと今のままでもよかったと思いますね。
ちなみにこんなことを振り返ってしまっているせいで時間がかかってしまって、今日中に片付けが終わりませんでした。しっかりと時間を決めることが時間効率を上げることに繋がるらしいですが、ついつい見てしまうと思い出が膨らんでしまいますね。
二つ目は高校のころから少しづつ集めてきたCD類についてですね。今の時代レンタルで済むようなCDを買い続けてコレクションしてきました。コレクションという言い方をしているのが、自分がCDに求めているものが、歌や曲も確かに聞いて買っていることがほとんどなのですが、CDのジャケットを見て「一目ぼれ」して買ってしまうことがあります。CDのジャケットは大体がそのCDに入っている曲をテーマ、ベースとして描かれています。そして、自分が知らないアーティストの曲だとしても、絵を見て一目ぼれして買って聞いてみると何故だか自分の好みの曲であることが多いです。もちろん外れた曲もあったのですがそれでもほとんど好みの曲なのは驚きですね。
良かったら、試してみてくださいね。続きは明日。明日には終わらせたいなぁ。