6話
「あーあ、めんどくせぇことになった」
私は、まるで外から自分を見ている感覚だった。
いや、あれは本当に自分なんだろうか。
ふわふわとした意識の中で動くことができず、ただただ見つめている。
ぎらぎらとした赤い目、血のように紅く黒く変色した額の角。
それは私であり、私ではないなにかだった。
「流石にやべぇか?」
「十五番殿、ここは一旦……」
と、撤退しようとしていた二人の胸を、内側から棘が貫く。
「ごっ、ぐ、ぐっ」
短髪の男は口から血を吹き出した。
遅れて老人も血を吐き出す。
「絶対に、許さない」
今のは、私の声、なのか?
本当に私は、あんな地獄の奥底から叫ぶ亡者のような声をだしたのか?
わからない、わからない。
「……っ!」
目を開けると、視界の上半分を山のようななにかが覆い、青と緑が広がっていた。
少しして、自分の額を走る鋭い痛みと、その山が女性の胸であることに気づく。
「……大丈夫?」
あぁ、ルーさんの声だ。
ということは、私はルーさんの膝に頭を置いているんだな。
まだはっきりとしない意識のなかで、記憶を辿る。
確か、ルーさんが――
そうだ、傷は。
「傷、ルーさん、傷は……!」
ばっと起き上がると、額を手のひらで押し込められ、再び膝の上に頭を置く。
「私、少しなら治癒魔法使えるから、大丈夫だよ」
なるほど、そうだったんだ。
つまりルーさんは治癒、自然、探索の三つが適応魔法なんだな。
今度はゆっくりと頭をあげる。
確かにルーさんのお腹の傷口は傷痕は残っているものの、血は完全に止まっていた。
見渡すと、先程の額に刻印のある男と老人が血を流して倒れていた。
いや、ほんとうにあの二人なんだろうか。
身体中から、まるで内側から引き裂かれたように棘が生え、まるで針山のようになっていた。
「記憶、ある?」
「……少しだけ」
そっか、とルーさんは頭を撫でてくれた。
「私は、なにをしていましたか」
「本当に、聞きたい? 知らぬが仏ってこともあるけど……」
「聞きたい……です」
すると神妙な面持ちで、ルーさんは話しはじめた。
大きな叫び声をあげながら、真っ赤な目をぎらつかせ、角を紅黒く尖らせていたらしい。
そして棘は胸だけでなく四肢、顔の順に内側から彼らを切り裂いた、とのことだった。
「私に、そんな力が」
「私が旅をする理由はね」
「……? はい」
「悪魔族の研究のためなんだ、だからあの森にいたの」
「……!」
「私の研究では、悪魔族は覚醒できる」
「かく……せい?」
「そう、一時的に血液中の魔血球の巡りを加速させて、魔力を高めることができるの」
「……?」
「ふふっ、わかんないよね、つまりは一時的に強くなれるってこと」
「そんな力が、私に」
「そして、普通三種類しか持てない魔法の種類を超過して、もう一つ魔法を使えるようになるの、覚醒中はね」
「つまり、棘が内側から飛び出したのも」
「恐らくは、ね」
「でも、なんの魔法なんだろう……」
「それはわからないけど、多分状態変化魔法だと思うよ」
「状態変化……魔法」
「うん、身体を気化させたり、液状化、固形化させる魔法」
「なんで、その魔法だと思ったんですか」
「内側から貫く棘、ってことは気化なり液状化なりさせた自身の身体を呼吸で取り込ませて、体内で鋭く固形化させたんじゃないかなって」
「なるほど……確かに納得できますけど、よくそんなに考えがめぐりましたね」
「まぁね、過去にも同じケースを見たことあるから」
「……そうなんですね」
「でも」
「でも?」
「覚醒してるときのサキはとても苦しそうだった、だからもう、しないで」
「わかりました」
「まぁ故意にできるものでもないとは思うんだけどね」
「はい」
彼女は、不安そうに、そして悲しそうに目を伏せて、しばらくこちらを見なかった。