5話
ある朝のこと。
この街での暮らしにもだいぶ慣れてきた頃に、嫌な噂が耳に滑り込んだ。
「最近悪魔族が街の周辺に出没するらしい」
この噂が示すのは、そう。
私を探しにきたんだ。
間違いない。
そしてその噂がある程度広まりはじめたところで、ルーさんから提案があった。
その内容は、そろそろ旅にでよう、今度は少し遠くまで行きたい。
というものだった。
私への配慮なのか、ほんとに行きたいのかはわからないけれど。
私も行きたいです、と答え、私達は旅にでた。
「この季節は風が気持ちいいね」
「そうですね」
「ほら、あの花は前調合に使った葉っぱをつける植物の花だよ」
「そうなんですね! 綺麗……!」
「ただ、腐敗臭を放つから近づかない方がいいんだ」
「腐敗臭、こんな綺麗な花なのに」
「綺麗なものには、なんらかの裏があるのさ」
それは、あなたもですか。
なんて聞けなかったけれど、いつかルーさんの裏を見たとしても、きっと大丈夫。
完璧な人間なんて、いないのだから。
「ん、ちょっと止まって」
「えっ、あっはい」
ルーさんは殺すように息をして、姿勢を低くする。
私もそれをみて、真似をする。
なにがあるんだろう、と思った瞬間。
「ちっ、めんどくせぇなぁ」
「しかし十五番殿、私達の目的はここで果たされますよ」
「あ? どういうことだ」
「そこをご覧なさい」
声の主は、短髪で、額に赤い目のような刻印をいれた青年と、白髪の老人のようだった。
老人が杖で示した先は――
――私達だ。
ルーさんはゆっくり背筋を伸ばし、獲物を捕らえる鷹のような目で二人を睨む。
知り合い……にしては謎の緊張感がある。
誰なんだろう。
「おい、そこの金髪の男、後ろの女をこっちによこせ」
「私は男ではない、そして彼女を渡すつもりもない」
「ちっ、なんで連れがいんだよ……ったく」
ゆっくりと、短髪の男は剣を抜く。
えっ、なんで?
まさか……!
「サキ、私に任せて今は逃げて」
小声で、なにかを覚悟したかのような声で私に指示するルーさん。
庇うように広げた右手は、僅かに震えているように見えた。
明らかに、この目の前の人達は私、もしくはルーさんを殺す気でいる。
それを知った上で逃げることは、できなかった。
「ルーさん、私の魔法は治癒、洗脳、炎です」
「……逃げて」
「ルーさん言ったでしょ、関係が途切れるまで一緒にいたい、って」
「……やれやれだよ」
呆れたように返してみせたが、ルーさんはぴくりとも表情を変えない。
一触即発、まさにそんな状況だ。
「じじい、俺がやる」
「ふむ、その方がいいでしょうな、では任せるとしましょう」
一歩、短髪の男が前進した。
瞬間。
ルーさんは魔力を左手の平に込め、魔法を放つ準備をする。
私も両手で包み込むように魔力を溜め、戦闘に備える。
一人だったら、きっと怖くて立ち向かえない。
でも、大事な人と一緒なら。
怖いけど、きっとそれはあなたも同じだから。
私も、一緒に戦うよ。
「おいおい二人してマジなんかよ、俺が誰か知ってんのか?」
「額の刻印、文献で見たことがあるから知っているよ」
「だとしたら敵わないのもわかるだろう、なあ?」
「元々勝つ気はない……!」
調合の時に言っていた感じだと、ルーさんの適応魔法は探索と自然の二つで確定だ。
あと一つは、なんだろうか。
というのも、全種族魔法は三種類しか使えないと決まっているのだ。
その三種類を、組み合わせたり応用して様々な魔法を放つ。
私は治癒、洗脳、炎。
だが洗脳は使ったことないので、いまいち勝手がわからない。
だから実質炎と治癒しか使えないのだ。
しかも炎も使う機会はそうないので、不安が残る。
「離れて」
ルーさんの声にとっさの反応で何歩か下がる。
すると、地面に張り巡らされた木の根が絡み合いながら地上に隆起し、壁をつくった。
そしてルーさんは私の方、つまりは後ろを向き、手を掴んで走り出した。
「木の根……自然魔法と見受けます」
「言われなくてもわーってんだよじじい」
「念のため、ですよ」
「あーあ、だりぃなぁっ、と!」
再び私達は足を止める。
今度は、急ブレーキだ。
目の前の空間が渦をつくるように歪み、短髪の男が姿をだす。
「空間魔法……!」
ルーさんはすかさず正面にもう一度木の根で壁をつくりだす。
しかし、一瞬のうちにして、灰のようにぼろぼろと崩れ落ちた。
「俺に会ったのが運の尽きだ、諦めな」
私は逃げようと後ろを向くが、先程ルーさんがつくった壁はなく、老人が立っていた。
しまった、挟まれた……!
「我々も手荒な真似はしたくない、さぁそのお嬢さんをこちらへ」
「どーしたもんかね」
ルーさんは余裕を見せる、いや演じる。
私にはわかる、足も小刻みに震えているから。
きっと私と同じ、怖いんだ。
それでも私に不安が伝染しないよう、強気に振る舞ってるんだ。
「さっさと終わらせてーし、あんたに恨みはないけど終わりにさせてもらうわ」
剣を振る男。
一振り目をルーさんは華麗にかわす。
しかし、続けて振られた刀身が向いたのは、私だった。
反応、できなかった。
だがすかさずルーさんが庇うように私の前に立ち塞がった。
ばっと、血が飛び散る。
同時に、ルーさんは膝をついた。
「えっ……」
恐怖で、声もでない。
大事な人を失う、恐怖で。
最初から狙いは私だったんだ、渡せと言われたときに素直に相手側についていけばこんなことには。
「うっ、うぅ……っ!!」
私の中で、まるで別の生命体が叫ぶようになにかが震えた。