3話
「きっと、怒られるね」
夜遅く、まだ家には帰らずルークスと話し込む私に、彼……いや、彼女が言う。
「怒られるどころの騒ぎじゃないと思う」
「そうだろうね」
「みんな私が拐われたって思うかも」
「ほんとに拐っちゃおうか?」
えっ、と思い彼女に目を向ける。
コップをじっと見つめたあと、こちらに向ける彼女の目は、本気のようにもみえた。
「……ほんとに……いいんですか」
「もちろん」
「きっと本当にみんなが私を探しますよ」
「わかってるよ」
「もしかしたら、ルークスさん殺されちゃうかも」
「それでもいいよ」
「……なんで、ですか」
「きっとこの関係がばれたら、私達は会えなくなる」
「そうですね」
「それならいっそ、関係が途切れるまで一緒にいたいじゃない」
私、この人を好きになってよかった。
冗談のようで、本気を感じさせる声に私は、甘えたくなってしまった。
どうせ家に戻っても部屋にこもるだけ。
そんな退屈な日々ならば、いっそ。
「さて、準備はいいかな」
「えっ?」
一瞬なんのことかわからなかったけど、すぐに察した。
私を、拐う気なんだな。
彼女は大きなリュックサックを背負って、焚き火を消す。
「直にここはばれるから、いこう」
「……はいっ」
差し伸べられた手を握り、暗がりの中へと進んでいく。
ざく、ざくと小枝や落ち葉を踏んで、時に隆起した木の根につまずきながら、彼女の温かい手から流れる安心感を頼りに進んでいく。
「大丈夫? ここらで休もう」
「また火を起こすんですか」
「ううん、それじゃばれちゃうから、ほら」
彼女が指差す先には、小さな洞穴があった。
「私、探知魔法が得意なの、だからあの穴の中にはなにもいないのがわかる」
「道に迷わなかったのも、そのお陰ですか?」
「そのとーりだよ、さぁ、こっち」
くっと引っ張られた腕。
足音はざくざく、からこつこつへと変わる。
「見張りは任せて、サキは休んでいいよ」
「それじゃあルーさんが倒れちゃうよ」
「ルー……さん?」
「あっ、あのすみません、馴れ馴れしかったですか」
「ううん、嬉しい」
「……よかったです」
ぽっと芽生えた恋の芽が、少し育ったような。
あなたとの幸せを浴びて、さ。
「あ、おはよう」
気づいたら、私は寝てしまっていたみたいだった。
「ご、ごめんなさい、私……」
「いいのいいの、私寝ないのに慣れっこだから」
それでも罪悪感は拭えなかった。
洞穴をでて、また歩きだす。
青く晴れた空が綺麗で、木々の隙間から漏れる光が気持ちいい。
「これから行くところだけどさ、私のお家に招待しようと思うんだ」
「は、はい」
「その角、ばれたら困っちゃうだろうからこれ」
そういって渡されたのは手編みっぽいバンダナ。
幸い私の角は小さいからこれで隠せるな。
「このバンダナ、ルーさんが編んだんですか?」
「うん、君が寝てる間にね」
「……えっ!?」
「びっくりした? 私器用なんだ」
「器用どころの話ではなくないですか……!」
「そうかな?」
今までとは違う、少年のようなにししっと笑う笑顔。
こんな表情ももってるんだ。
素敵だ。
それでもって好きだ。
この人に、出会えてよかった。