悪役令嬢は、周囲の環境によって完成される。
「まず、だ。現実のリンドノート家に一切の問題が無いのは言わずもがなだ。お前がカラントに行ってる間も、王太子として言うが全く問題が無かった。忠義も税も領地経営も、9年間、一切の不正や問題は見られなかった。」
暫く黙り込んで居た兄様がだったが、意を決したかのように顔を上げると、そんな前置きを口にした。その前置きだけでも、これから話す内容に対して言葉を選んでいる事が分かる。
そんな、兄様にしては珍しい気遣いに、思わず苦笑が漏れた。
「兄様。私はゲームのフィルリアがどうであろうと、変わらないわ。だから言葉を選ぶ必要は無いの。」
私の言葉に一瞬固まった兄様だったが、ゆるりと頭を振ると迷いの消えた顔で頷いた。
「…………分かった。まあ、確かに要らない気遣いだったな。」
「ええ。だから、教えて頂戴。『悪役令嬢 フィルリア=アルフリアリ=リンドノート』について。」
そう言って真っ直ぐに兄様の瞳を見詰める。私の視線を正面から受けた兄様は無言で頷くと、『フィルリア』についての話を続けた。
「……フィルリアは幼い頃、両親が離婚している。確か父親の不義が原因だ。その為、基本的に男性を苦手に思っていたんだ。そしてそんな父親が権力の為に決めた婚約者が、ロセフィンだ。」
「不義と言うと……浮気をしたって事?」
「まあ……実際の所は定かじゃないけどな。要するに浮気を疑われてリンドノート夫人から三行半を叩き付けられたって訳だ。」
「実際のお父様もモテる方だものね……1歩間違えばそうなっている可能性は否めないわ。」
少し考えながらそう口にすると、兄様がそうだな、と声を漏らした。お父様がお母様を大好きな事は周囲に知れ渡っているので現状で誤解される事は無いが、それでも本人の預かり知らぬ所で勝手に浮名が流れて居るのは事実だ。下手したら他人事では無い。
「リンドノート公としては、自分の今後を考えるとフィルリアに不自由なく安定した生活を送らせたいと考えた上での婚約だったらしいんだがな。如何せんそれはフィルリアには伝わらなかった。幼い頃から追い立てられる様に王宮で婚約者としての勉強をさせられて、父親にも、家を出て行った母親にも見捨てられたと思って過ごしていたらしい。だからこそ、認められる事に必要以上の意味を感じていたフィルリアは、ロセフィン第2王子の婚約者として完璧に振る舞う必要があったんだ。」
「成程……。」
幼い頃に母親が出て行き、苦手意識のある父親に王族の婚約者に仕立て上げられ。毎日毎日王宮に勉強に訪れながらも教師以外には殆ど合う事も無い。それは果たして、どんな気分だろう。
私だったらきっと、辛い。
…………そして、悲しい。
「まあ……完璧な婚約者だったが、その分接しにくい部分も多かったんだろう。ロセフィンとの大した交流も無く、学園への入学を迎える。傍目から見たら見目麗しく、冷静沈着で完璧な婚約者。だが、あまり感情を見せる事が無かったからか、ロセフィンから見てもどんな人物なのか分かり辛かった訳だ。そこにはやはり壁が生まれていた……。」
「壁……ね。」
「ああ。そこでその隙間に入り込むのが、ヒロインであるリリーシアだ。天真爛漫、明るくめげないリリーシアを、例に漏れずロセフィンも護りたいと感じた。それは、婚約者には感じた事の無い感情だった。」
「それはそうでしょうね……。隙のない、冷静沈着な婚約者より隙だらけで明るく天真爛漫な女性に魅力を感じるのは当然だわ。」
私の言葉に兄様が苦笑を浮かべたが、それは私の本心だ。可愛げのない女よりは可愛げのある多少あざといくらいの女の方が好かれるのは世の常だろう。
「まあ、心理学的に言うなら認知的不協和理論ってヤツだな。よく聞くお前は1人でも大丈夫だけど彼女は俺がいなきゃダメなんだ……ってヤツ。実際は逆の場合が殆どなんだけどな。」
「そうね……。」
笑いながらそう言った兄様の言葉に、思わず苦笑を返す。
確か兄様の好みは普段強がって冷静なのに二人でいると可愛い女性だと前世で聞いた事があった。寧ろあざといのは嫌いだ、とまで言っていたから、まあ……転生してもその辺の好みは変わらないのだろう。
「少し話が逸れたが……そんな感じでどんどん近付いていくリリーシアに、フィルリアは内心焦りを感じていた。でも、自分の感情を表に出せないから、文句を言うとしても割と常識的な事が多かったんだ。例えばまあ……例のダンス2回の話だったり、公共の場でくっ付いてたりする事について、とかだな。まあ、今の俺から見たら至極当たり前の事しか言ってなかった、って感じだな。」
「……それがどうやって、国外追放?までの状況に追い込まれるの?」
「…………まあ、最終的には卒業記念の夜会で婚約破棄されるって言う分かり易い展開なんだがな。その時にリンドノート公の不正も発覚するんだ。」
「不正……?」
「分かりやすく言えば横領だな。税の着服や国庫の財産で私腹を肥やしていた。…………現実のリンドノート公からは想像付かないがな。」
そう言って難しい顔で溜息を吐いた兄様は、宰相としてのお父様に全幅の信頼を寄せているのだろう。本気で想像付かないと言った顔だ。……勿論、私の知るお父様とも結びつかない。
「夜会の会場でリリーシアに注意していた事を誇張して虐めていたと騙られ、その上ダメ押しに父親の不正を暴かれた。……全てロセフィンの策略で、だ。フィルリアとしては信頼していた筈の婚約者に裏切られて陥れられ、その上完璧に拘っていた婚約者としても不適合だと烙印を押された状況だ。」
「…………酷い。」
「まあな。リリーシアの立場からしたら幸せなシンデレラストーリーなのかも知れない。ただ、視点が変われば果たしてそれは正しい事なのか、と俺は思う。正直、ロセフィンがゲームと同じ性格なのだとしたら俺は信用しようとは思えねぇけどな。」
そう言ってちらりと窓の外を見遣った兄様が、話が長くなっちまったな、と一言漏らした。予定より長くなってしまっていたのだろうか。視線の先の空は、もううっすらと白んできていた。




