強制力とは、ヒロインの行動と共にやってくる。
今まで、何度となく強制力とは何なのかと思った事があった。
乙女ゲームに沿った形で進んでいた現実は、しかしながら攻略キャラ事にその影響力の強さが違っていた。恐らく攻略対象として選ばれたロセ様と、2周目以降の隠しキャラだと言う兄様とでは、リリーシアの行動から受ける影響が誰が見ても分かる程に明らかに違っているのだ。
全ての行動に対してゲームの『ロセフィン』の行動の影響が色濃く出ているロセ様と、ほぼ不干渉と言っていい程影響を感じない兄様。
イベントだと思われる行動に対する結果だったり、9年も経っているのに払拭されないたった1度のダンスの話だったり。
本来であればここまで悩まなくて良い筈の問題が、彼女が関わることで全て覆され、私達にとって悪い方向に変わる。
そんな、今まで『強制力』と呼んでいたそれら全てが、女神の加護によるリリーシアの能力から来るものなのだとしたら。
「…………そんなの、お手上げじゃない……。」
ぽつりと零された言葉に兄様が眉を顰める。然しそんな兄様にどう返して良いか分からず、何か言おうと開いた口からは何も言葉が出て来ない。心に広がった不安が、口に出す事でより現実味を増した気がした。
「そうだな。確かに女神の力を使ってリリーシアが何か操っているのだとしたら、お手上げかも知れない。」
「ええ……。」
兄様の肯定の言葉に、更に気分が沈む。
一緒に幸せになるとロセ様に約束したのに、『女神の加護』とか言う私ではどうにも出来ない理由で足掻く事すら無意味になってしまうと言うのだろうか。これ以上何と言って良いのかも分からず、無言のまま時間だけが過ぎて行く。
「…………だがな、雛。」
そんな私の様子を見ていた兄様が、徐に口を開いた。
「何らかの能力がある、とは言っても常時使える力では無いんじゃないかと、俺は思っているんだ。」
「……え……?」
悲観し始めた私を諭すかのように、しっかりとした口調で兄様が話し始める。
「考えてもみろ。もし、なんの制限も無く常時使える能力なのであれば、リリーシアはもっと積極的に動いているだろう。その位あの女は短絡的だ。父上は……まあ、慎重ではあるが、もし常時未来視が出来るのであればカラントに対してこんな回りくどいやり方をする理由が無い。もっと、簡単に出来た筈なんだ。それこそお前を9年間もあちらにやるリスクを抱える必要なんて、無かった。」
「陛下にとって私の事はリスクとも何とも思われて居なかっただけなんじゃないの?」
「いや、あの段階で父上はお前が転生者だと言う事を知っていた。それだけでもこんな風に国外に何年も置く事を良しとする筈はねぇんだよ。」
きっぱりと断言した兄様の言葉に、それでも素直に納得できない自分が居る。当時9歳の小娘だった私を他国に送る事が、それ程重大なリスクだと判断されるだろうか。例えうっかり何か話したとしても子供の戯言だと判断されて終わりだと思われていたのではないだろうか。
「お前がどう捉えてるかは知らねぇがな、子供だろうと何だろうとこの国の王族からしたら転生者は保護対象なんだ。勿論本人を守る為でもあるが、転生者という時点で何を抱えてるかは分からない。実際、危険思想を持つ奴だって過去には居たんだ。国を守る意味合いでも、こちらが把握した以上他国に転生者を簡単に渡す訳には行かねぇんだよ。」
「それは……まあ、確かにそうね……。」
確かに私達は同じ時代の日本から転生しているが、それが皆同じだとは限らない。時代が同じでも紛争地域で自ら争っていた人間や武器開発をしていた人間が転生して来ないとも限らないのだ。そう言う意味でも他国に安易に渡せない、と言うのは理解出来る。
「でも……だとしたらその能力を使う為には何らかの条件が必要……という事?」
「もしくは回数制限があるか、だな。何にせよ本人もそう気軽に使えるモンでも無いんだろう。」
「利用条件か回数制限……ね……。それが本当だとしたら、そこが何か反撃の糸口になるかも知れないわね……。」
「ああ。……俺はな、雛。人知を超えた力があるから諦める、なんて展開は認めねぇぞ。どうにもならなくたって足掻いてこそが人間だろ?それを『女神の加護』なんて言う曖昧な物の為に諦めるなんて、ナンセンスだ。」
私の目を見ながら兄様がしっかりとした口調で言い切る。
昔からそうだ。兄様は何でも出来る。
他から見たら兄様こそチートに見えるが、それは兄様の努力から来ている物だ。確かに元の能力も高い。でも、それに胡座をかく事を良しとしない兄様の性格だからこそ、ここまでの成果が出るのだ。それは、前世だろうと今世だろうと、変わらない。
この世界が乙女ゲームに基づくと気付いてからずっと、情報収集も行動も全て、この世界を覆そうとして動く、兄様の努力から来るものだ。
その過程で私が私だと判明して協力しているが、例え『フィルリア』が私では無かったとしても、兄様の取る行動は変わらないのだろう。
そして、そんな味方がいる限りは、私は諦めるべきでは無いのだ。
「……そうね。足掻きもしないで諦めるなんて、間違ってるわね。諦めるのは、足掻いた後でも出来るもの。大体、元々私は悪役令嬢なんだし、本来なら追放なり処刑なりされる筈なんだもの。それに比べたら現状は最悪でも何でも無いわ。」
「まあ、お前が『悪役令嬢』だった事なんて1度だってねぇけどな。」
私の言葉に、そう言いながら兄様が笑う。
確かに私は記憶が戻ってから――いや、戻る以前でさえも、『悪役令嬢』としての行動などした事がない。我が公爵家だって、何一つ悪い事なんてしていないのだ。そこに責められるべき理由なんて、無い。
「……そう言えば、俺は昔から疑問に思ってたんだが。」
ふと、思い至ったかのような口調で兄様がぽつりと言葉を零す。
「何でお前だけ、そこまで違うんだろうな。」
「どう言う意味……?」
「年齢、環境、立場、全てにおいてお前だけがゲーム上の『フィルリア=アルフリア=リンドノート』と齟齬が多すぎるんだ。いや、寧ろ名前と容姿以外はほぼ別人と言っても良い。」
「ゲーム上の私……。」
そう言えば昔、リリーシアに絡まれた時にもそんな事を言われた気がする。とは言え私自身はそのゲームを知らないので、何がどう違うのかは分からない。
「そもそも……私はそのゲームを知らないのよね。ゲーム上の私は、どんな人物なの?」
「まあ……一言で言うなら真面目なヤツだな。」
「真面目?」
思っても見ない言葉に、思わず首を捻る。『悪役』と言うからにはそれなりに悪い事もしていたのでは無いだろうか。だからこそ、追放やら処刑やらされるのだと思うのだが。
「ああ……そうか。雛はゲームなんて出来る環境じゃ無かったから、知らなくて当然だな。分かった、じゃあまずそのゲームから説明して行くか。何かヒントになるかも知れねぇしな。」
疑問がありありと顔に出ていたのだろう。
そんな私の顔を見て苦笑を浮かべると、兄様はそう言いながらゲームについての説明を始めた。




