転生令嬢、創世の女神の話に倉皇を抱く。
「創世記の話と言うと……この国に転生者が多いのは女神の加護が、って言う話……?」
10年近く前の記憶を引っ張り出しながら兄様に問うと、至極真面目な顔で頷いた。
「そうだ。まあ俺も眉唾物だと思ってたんだがな……歴史書を調べて見るとそうでも無いらしい。そもそも、この国の史実について雛は詳しく知っているか?」
「いいえ。私がこの国の知識を得られたのは、9年前までだもの。子供の絵本に出てくる様な、お伽噺の様な知識しか無いわ。」
そう答えた私の言葉に、そりゃそうだな、と一言漏らした兄様は胸元から小さな本を取り出し、私の前に差し出した。
この国の物にしては小さい、丁度文庫本サイズと言える位のそれは、大分古い物らしい。元々の装丁が簡素なのか、それとも装丁自体が剥がれてしまったのかは分からないが、辛うじて表紙と分かる少し厚めの紙に覆われたその本には、薄い文字で『創世記』と書かれていた。
「……これは?」
「過去に恐らく転生者……であったこの国の王が書き残したと言われている本だ。まあ、禁書と言われている奴でな、普段は宝物庫の奥底に厳重に管理されてる代物だ。」
さらりと告げられた言葉に、思わず本に向かって伸ばし掛けていた手が止まる。
……何故この人は毎回毎回こうも簡単に、国の機密事項を私に漏らそうとするのだろうか。教えられるこちらの身にもなって欲しい。
そんな私の恨みがましい視線に気付いたのか、兄様が可笑しそうに笑う。
「禁書ではあるけどな、実際この国の人間にはどうしようもねぇんだよ、その本。まあ良いから読んでみろよ。」
そう言って本を手に取った兄様が、強引に私の手の中に本を押し付けた。
受け取ってしまった以上その言葉に従うしかない。不満を顔に出しながらも開いたその本のページに書かれていた言葉に、思わず兄様の顔を見遣る。当の兄様はそんな私の反応は予想済みだったのだろう。悪戯が成功した子供の様な顔で、笑う。
「だから言っただろう?この国……いや、この世界の人間にとって、なんの意味もねぇんだよ。まあ、古文書としての価値はあるだろうが、その本の言葉に従うなら何世代先になったとしても解読の出来ない本だと言えるだろうな。」
「……成程。確かにその通りね……。」
最初のページの文章を指でなぞりながら、言葉を追う。少し高めの筆圧で綴られたそのページには、こう書かれていた。
『俺は英語が出来ないから、日本語で書く。もし将来この国に来るはずの転生者が日本人じゃなかったら、ゴメン。』
それは、かつてこの国の王であった男性が紛れも無く日本人だと言う証明で、そしてその経緯を日本語で書き記した、日記だった。
*************
「転生者と転移者……。」
兄様に促されながらその本を読み切った私の口から、思わずそんな声が漏れた。私の様子をじっと伺って居た兄様が、その言葉に反応して頷く。
「そうだ。まあ、この国の数代目の王……この本の作者だが、コイツは転生者では無く転移者だったらしい。創世の女神と呼ばれる存在に召喚され、何らかの理由でこの国に残り、王となった。この国の王族にのみ稀に先祖返りで黒髪の王子が産まれるのも、意味があった訳だ。」
確かに、陛下も兄様も金髪なのにロセ様だけが黒髪だ。王妃様も薄い茶髪なのにと思っては居たが、元々この世界の髪色は色鮮やかな人が多いので気にもして居なかった。王族にも稀にしか現れない黒髪は、日本人の名残、という事か。
「でも……にわかには信じ難い話ね……。この王様が女神によって召喚されて最終的にこの国を納める事になったなんて……」
「まあな。だが、実際他ならぬ俺達は前世の記憶を持ったままこの世界に転生している。それだけでも、根拠としては十分だろう。」
それは確かにそうなのだろう。私や兄様、陛下がこの世界に転生している以上、何らかの力が働いている事は間違いない。図らずとも自分自身がその証人となってしまっている訳だ。
「でも……そうは言っても、私は女神様になんて会って無いわ。兄様もそうでしょう?」
「ああ。俺自身がその女神とやらに会ってれば話は早かったんだがな……。……ただ、1点気になる点があってな。」
「気になる点?」
「この転移者である王は、創世の女神にある能力を授かったと書いてある。まあ、転生物で良くあるヤツだな。チート能力を授かってこの世界に来た、とか言うベタなヤツだ。」
「チート能力……」
その言葉にふと、引っ掛かりを覚える。先程別の話で同じ単語が出て来なかっただろうか。
訝しげな表情で固まった私の顔を、兄様がじっと見詰めて来た。まるで正解が出てくるのを待っているかの様な視線に急かされながら、記憶を探る。
そして、思い至った先―――――。
「…………陛下は、創世の女神に会っている……?」
口に出せば余計に荒唐無稽な考えの様に思える。然し兄様も同じ考えなのだろう。私の訝しげな視線に、頷く。
「俺も最初は馬鹿馬鹿しいと思った。ただな、そう考えると辻褄が合うんだ。父上は何らかの理由で創世の女神に導かれた存在であり、その際何らかの能力を授かっている。それはまあ……恐らく先読みとか未来視とか言われる部類の物なんだろう。」
「辻褄は合うのかも知れないけど……それにしたって、創世の女神がどうとか言われても……」
「ああ。だから言っただろう、俺も半信半疑だって。大体創世の女神の力で、なんて言われたら何でもアリになっちまう。打つ手が相当厳しくなるのは確かなんだ。出来ればそんな人知を超えた力を理由にしたくはない。」
苦々しい表情でそう口にした兄様が、溜息を吐く。
確かに創世の女神とやらの力が何らかの形でこの世界に干渉しているのであれば、それはどうやっても私達の力では太刀打ち出来ないと言う事だ。陛下にもし先読みの力があった上で今回のカラントとのやり取りがあったのだとしたら、どうやったって結末は決まっているのだ。そこに私や兄様が干渉出来る筈もない。
そこまで考えて、ふと気付く。
どう足掻いても抜け出せない、何かの力が働いているとしか思えない展開。私はこの力を、身を持って知っている――――。
慌てて兄様を見れば、恐らく同じ事を考えているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をした兄様と目が合った。
「…………そうだ。創世の女神が居て、転生者に2種類の人種が存在するのだとしたら。」
そこで溜息を吐いた兄様は、一呼吸置いた後、はっきりとした口調で口にした。
「恐らく、リリーシア=ノエルは女神との繋がりがある転生者だ。そして、何らかの能力を有している可能性が、高い。」




