閑話.君が手を伸ばす先にあるものは 5
そこからまた変化の無い1半年が過ぎて、何も状況が変わらないまま気づけば俺は今年成人する歳となっていた。
成人するまでに婚約者を決める、なんて言いながら、未だ俺には婚約者は居ない。
先日これ以上の引き伸ばしは出来ないから腹を括れと言外に親父に告げられ、それに加えて日毎美しくなって行くリアに婚約者じゃなくても他に余計な虫が付くんじゃないかとひやひやしながら、それでも何も決断出来ずにずるずるとここまで来てしまった。
リア自身も未だに連絡の来ない婚約者を待ち続けて居て、俺の状況も変更が無く、いつまで経ってもどっち付かずの状況は変わらない。
正直、これ以上待った所で何も変わらないのだと思う。
そうは思っても、7歳の頃から変わらないリアの気持ちは何故これ程までに相手を想えるのか俺には理解出来ない程で、その心の奥底に俺の知り得ない理由が存在するのでは無いかと考えてしまう。そしてそんな彼女を説得出来るような材料が俺に有るようには思えなくて、その結果何年もずるずると答えを引き伸ばしてしまうに至っていた。
それでも、答えを先延ばしにするのはもう限界だろう。
そう考えて俺は1つ溜息を吐くと、重い足取りで歩きながら親父の執務室を目指した。
「親父、今いいか?」
そう口にしながら執務室の中を覗き込むと、珍しく親父と文官が1人だけしか居なかった。今日は忙しくないんだな、と内心思いながら視線を送ると、親父は俺の言葉にひとつ頷いた後そのまま文官を下がらせる。そして人払いが済んだ後、徐ろに口を開いた。
「珍しいな、何か用事か?」
「……リアの事だ。」
親父の問い掛けに僅かに言い淀みながら口を開くと、視線で言葉の先を促された。恐らく話の予想が付いていたのだろうな、と思うがその表情からはどう考えているのか読み取れない。重くなった口を開き、言葉を続ける。
「……俺は、彼女を俺の妃にしたい。」
言い淀んでいた言葉は、意識して声を出すと意外とすんなり口から出ていった。本当に、たったこれだけの言葉を口にするのに一体何年掛かったのだろう。然しそう思ったのは親父も一緒の様で、俺の言葉に僅かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「それは、向こうの国にお前が望んでいると知らせて構わないと言う事だな?」
「ああ。何年も掛けてしまったけど、俺は決めた。だから決めた以上は責任を持つ。他でもない俺が彼女を望んでいるんだがら、向こうに言ってくれて構わない。」
迷わず真っ直ぐ親父を見据えてそう言うと、俺の答えに満足したのか、親父は笑みのまま俺の言葉に頷いた。正直親父から提案を受けて大分経ってしまっていた為何か苦言を呈されるかと思っていたが、実際の所そんな事は無いようだ。
「決めたのなら早い方が良かろう。もしかしたらお前の成人の儀までに事が済むやも知れん。」
そう口にした親父が、徐ろに執務机の中から一通の新書を取り出す。もう既に親書が用意してあった事に驚きを隠せなかったが、今回の提案されてからの年月を考えると親父達だって今か今かと待っていたんだろうから、先に新書を用意してあってもおかしくないかも知れない、と思い直す。
「後は向こうから断られない事を祈るのみ、だな…。」
「断られる事は、無いだろう。」
親書を送っても相手がリアの事を欲していれば断られるのだろう、と不安に思いながら言った言葉は、親父の薄い笑いに一蹴された。自信を持って告げられた言葉に、何となく違和感を感じて首を捻る。
「何故?そんなの分からないだろう。」
「…現状クロージアよりカラントの方が、立場が上だからな。それでなくても10年近くも放置している姫の事だ、政略の駒位しか思われて無いだろう。そう言う意味ではお前は将来の王だ。婚姻を結ばせて損になる事はあるまい。」
親父から発せられる言葉に、内心眉を顰める。
俺の知るクロージアはカラントに比べれば大国で、国力からみても政治力から見てもカラントが上と言う事は無いだろう。だからこそリアが来た当時賓客として扱われたのだし、どちらかと言えば此方は伺いを立てる様な立場の筈だ。
それなのに、今の親父の話ではカラントの方が優位に立っているとはっきり口にしていた。
機嫌良く話す親父は全く何も思わない様で、その事にどうにもすっきりとしない、何とも言えない違和感が胸に広がる。
そしてその違和感の正体は、俺自身が思ってもみない形で知らされる事となった。
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「よう、リア。好きだ結婚してくれ。」
「謹んで御遠慮申し上げます。」
結局その後クロージアから親書に対しての返答は来ないまま、気づけば俺の成人の儀は1週間後と言う所まで迫っていた。
あの日俺は覚悟を決めた筈なのに、最初彼女に求婚した時に何故、と聞かれて内心慌てて適当な理由をでっち上げてしまった為一切本気にして貰えず、結果毎日冗談とも本気とも取れないような求婚を繰り返す羽目になっていた。
お陰で未だリアには冗談だと思われている始末だ。
やり方が不味いのはよく分かっているが、いざ本気で求婚しようと思うとリアが俺から距離を取ろうとするのが目に見えていて、中々強気に出れないで居る。
正直俺はこんなに不甲斐なかったのか、と溜息を漏らす日々だった。
それに加えて、今朝親父から聞いた話が俺の心を沈みこませる原因となっていた。
元々俺の成人の儀には姉上とその旦那であるクロージアの王太子が招待してあったのだが、それが今朝、王太子の名代として第2王子が来ると通達があったのだと、親父から話を聞かされた。親父は婚約解消を行う為に来るのだろう、と言っていたが、親書の返答も無いのに果たして本当にその為に来るのだろうかと疑問が浮かぶ。
そして第2王子がこの城に来るとなれば、必然的にリアと顔を会わせる事となる。
いつもの書庫で俺の言葉に呆れた顔を見せているリアに、内心どう切り出そうか迷いながら会話を進めていった。
然し会話運びがまずかったのか、それとも何か思う所があったのか。
普段なら軽口で返して来る筈のリアが泣き出してしまい、慌ててそれを慰める。彼に逢いたいと泣く彼女が余りにも可哀想で、結局大してタイミングを掴めないままその事を口にしてしまった。
「多分来るぞ。」
「…?誰が?」
俺の要領を得ない言葉に、リアが訝しげな顔で首を傾げる。
その顔に、ここで誤魔化してしまえば彼女は婚約者の事を知らないままで居られるだろうか、と邪な考えが頭を掠める。然し1度出してしまった言葉は止められない。少し逡巡した結果、それでも上手い言い方が思い浮かばずにそのまま彼女が9年間大事にしていた名前を、吐き出した。
「ロセフィン=ブルト=クロージア」
「え?」
一瞬意味が分からない、といった顔を向けられるが、そのまま言葉を続ける。
「お前の婚約者だよ。」
そう口にした瞬間、時が止まったかのようにその綺麗な空色の瞳が、限界まで見開いた。




