閑話.君が手を伸ばす先にあるものは 3
彼女をリアと呼ぶ様になって数年。
当初長くても3年程だと思っていたリアの滞在は、結局デビュタントを迎えた14歳の今でも続く事となっていた。
その頃には俺も大分成長して、授業をサボったり稽古をすっぽかしたりする事も無くなっていた。正直な所、それは噂に聞こえる『武の英雄』に内心対抗していた所為もあったからだ。
何年経とうが一切連絡を寄越して来ないリアの婚約者がどんな奴なのか調べて見た所、噂ではかなり立派な人物の様だった。
クロージアへの侵略を若干14歳で食い止めたと言う話といい、その際に使った通常では有り得ない程の威力の魔法の話といい、勉強や剣術をサボって居ては対抗出来ない、と思った事は事実だ。
そしてそれに加えて聞こえて来るのは、リア以外の女性と懇意にしていると言う噂。
他の話では非の打ち所の無い人物の様なのに、どうしてリアに関する事だけこうなのか。正直腹が立って仕方なかったがそれをリアに問い詰める訳にも行かず、1人苛立ちを隠しながらリアに接する日々が続いた。
そんなある日、急に親父に呼び出されて執務室に向かった。執務室と言う事は公では無い、個人的な要件での呼び出しと言う事だ。内心珍しいな、なんて思いながら執務室の扉を潜ると、既に人払いを済ませてあるのか、そこにはゆっくりと紅茶を飲む親父の姿があった。
「来たか。まあ、座れ。」
思った以上に機嫌の良さそうな親父に、どうやら叱られる様な案件では無かったらしいと胸をなで下ろしながら対面側に座る。
「で、何の要件なんだ?」
「そう急くな。……お前に聞きたい事があってな。」
「聞きたい事?」
聞きたい事、なんて言われて首を傾げる。最近は特に目立った悪さもしてない筈だし、王太子としての勉強も滞り無く行っている筈だ。呼び出される程の案件は無いと思うのだが。
「……フィルリア嬢の事を、どう思う。」
「リア?」
突然親父の口からリアの名前がでてきた事に驚きを隠せなかった。何故、今そんな事を聞くのか。そう思いながらも、親父の質問に答える。
「……健気で真面目な奴だと思ってるよ。ウチに来てから泣き言もほとんど言わずに過ごしてる。あいつの年齢なら親元から離れて心細くて仕方なかっただろうけど、最初からずっと毅然としてた。……だから、俺はそんなあいつを見ていたからこそ、自分のやる事から目を背けてはいけないと思ったんだ。」
今まで親父に言った事は無かったが、それは嘘偽りの無い事実だった。
実際、あの当時姉上が居なくなって不貞腐れていた俺は、あのまま行けば碌でもない奴になっていただろう。そんな俺に、それじゃダメだと思わせてくれたのは他でも無いリアだ。
幼い頃から1人、どんな場でも凛と立っているリアは、俺にとって誰よりも大切な、そして指針となる存在だった。
「……彼女をお前の正妃に据えることが出来るかも知れないとしたら、どうする。」
「…え…?」
俺の話を聞きながら様子を伺っていた親父が、唐突に言った言葉が一瞬理解出来なくて固まった。正妃と言うと、あの正妃だろうか。俺としては願ったり叶ったりではあるが、彼女には隣国の王子と言う婚約者が居る。嫁にしたいです、とすんなり言える様な立場では無い筈だ。そうでなけれぱ、こんなに悩んでいない。
「……クロージアの第2王子はフィルリア嬢に連絡も寄越さないのだろう?そこまで彼女を重要視してないのであれば、正式に彼女をこの国に留めるべく書簡を送る事は可能だ。彼女の能力、お前に対する影響力、総てを見てもお前の正妃に据えるに相応しい。」
それは、国として婚約解消を要請すると言う事なのだろうか。
確かに噂通り第2王子に意中の人物が居るのであれば、リアの存在は邪魔な筈だ。そう考えれば正式に要請を送ればそれに乗ってくる可能性が高いだろう。しかし、それによってリアが泣く事は目に見えていて、その状況を想像するだけで胸が痛くなる。
リアを悲しませた上で、俺と幸せになろうなんて、言えるのだろうか。
「……少し、考えさせてくれないか。」
暫く考え込んだ上で絞り出した答えに、親父が意外そうな顔を向けてくる。
きっと俺がリアの事が好きな事はバレバレで、即決で婚約を望むのだと思われて居たのだろう。確かにリアと婚約出来るのならしたい。でもそれは、彼女の感情が伴っていた場合だ。
わざわざ此方から婚約を解消させて、その上で俺と婚約なんてしたらそれだけでリアに嫌われるんじゃないだろうか。
そう考えてしまったらもう、即答なんて出来なかった。
「…お前がそう言うのなら、待つとしよう。ただ、この件に関しては私を含め周りの人間総てが賛成している。彼の国で居場所があるのかどうかも分からん彼女が満場一致で受け入れられる場が用意出来る状況にある、という事は覚えておいてくれ。」
真剣な顔でそう言って俺を見た親父に、1つ頷くとそのまま執務室を後にした。それと同時に、親父の言った言葉が俺に突き刺さる。
『彼の国で居場所があるのかどうかも分からない』
確かにその通りで、婚約者からは一切連絡が無く、最近では今まで様子伺いに届いていた王太子からの手紙も届かなくなった事を俺は知っていた。そしてそれによって、リアがかなり凹んで居ることも。
相当辛いのか、最近では食事もあまり取らず部屋に篭もりがちになっている彼女に何と声を掛けて良いのかも分からず、どう慰めて良いのかも分からず日々を過ごしていた。
そんな彼女があの国に帰って幸せになれるのだろうか。
幾ら俺が考えても、答えは出ない。かと言ってストレートに婚約を解消したいか、なんて聞いた所でリアの返事は決まっている。
7歳の頃から、ずっと。
彼女の心にはあの第2王子しか居ないのだから。
「どうしたもんかな……。」
廊下の隅に立ち止まりながら、ぽつりと言葉を漏らす。
彼女の幸せと、彼女自身の意思。それと、俺の気持ち。
どうやったって総てが交わる事は無くて、だからと言って幸せになれない事が目に見えているのにこのまま帰したくは無い。
せめて、すぐ結婚出来る歳だったら。
そしたら、弱っているリアをぐちゃぐちゃに甘やかして、なし崩しにそのまま結婚まで持ち込むのに。
「……あと2年、か。」
俺が成人するまで後2年。あの様子だと親父達はリアをこの国に留めて俺の面倒を見続けさせたいのだろう。
成人までに婚約者を決めるつもりではあったが、今この状態で他に候補を作る訳にも行かないし作りたくも無い。
「どっち付かずなのは、俺も一緒だな…。」
相手の事と、自分の事。色々考えると、身動きが取れない。
2年後に成人する頃には、どちらか決められて居るのだろうか。
自分でも想像付かないが、その頃には何か変わっていると良いのに。
そう考えながら、自室に篭っているリアの所に向かうべく、僅かに重く感じる足を動かしながら廊下を進んだ。




