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世界はフラグであふれてる!  作者: 紗倉
16歳、隣国篇
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閑話 .君が手を伸ばす先にあるものは 1

 



 隣国に嫁ぐ事になった姉上の代わりに彼女が来ると親父に聞かされたのは、俺が11歳の頃だった。

 

 当時懐いていた姉が居なくなる事や、王太子としての自覚を促される事が多くなっていた事もあり少し不貞腐れた気分で過ごしていた俺は、正直彼女が来た事で姉が居なくなる様な、そんな言われのない不満を彼女に抱いていたのだと思う。


 その日も急に謁見の間に呼び出され、挙句理由が彼女が到着の挨拶をするので立ち会うようにと聞かされて不満だったし、一介の行儀見習いの為に王太子である俺がわざわざ呼び出された意味が分からなくて、不貞腐れた表情のまま彼女を出迎えた。


「国王陛下、王太子殿下におかれましては御機嫌麗しゅう。私、本日より行儀見習いを努めさせて頂きますフィルリア=アルフリア=リンドノートと申します。至らない点も多いかと存じますが、どうぞ宜しく御願い致します。」


 俺や親父の前で雰囲気に飲まれる事も無くすらすらと口上を述べた少女の、その聡明さの宿る水色の瞳に一瞬で引き込まれた事を覚えている。


 それと同時に俺の事などまるで意識する事も無く凛と立つその姿と可愛らしい声からは想像も付かない程落ち着いた所作と発言に、不貞腐れてこの場に立っている自分が急に恥ずかしくなった。



「……クロージアの第2王子の婚約者だとは聞いていたが…王家と関係のある人間が殊更聡明であると言う噂は本当の様だな。」


 彼女が退席して直ぐに親父が呟いた言葉に、正直驚きを隠せなかった。確かクロージア王家の第2王子は16歳じゃなかっただろうか。正確な年齢は間違っているかも知れないが、少なくとも彼女とは大分歳が離れている筈だ。


「…エドよ。彼女は急に我が国に来る事になったそうだ。良ければ面倒を見てやってくれ。」

「急に?何故。姉上の代わりに来たんだろう?予め決まっていた訳じゃないのか?」


 姉上がクロージアの王太子と婚姻を結ぶと決まったのは、半年以上前だ。その後姉上の代わりに行儀見習いが1人城に滞在する事となったと聞いたのは、3ヶ月以上前だった筈だ。


「彼女が此処に来る事が決まったのは、ほんの10日程前に過ぎない。噂では今回行儀見習いに送る為に急遽宰相の娘を第2王子の婚約者に据えたと言う話だったが、あの様子を見るとあながち間違ってないのかも知れんな。」

「そんなの…!」


 そんなの、ただの生贄じゃないか。そう口から出掛かって慌てて飲み込む。当初国内で政略結婚をする筈だった姉上を隣国に嫁がせるに辺り、カラント側から交換条件で人を寄越す様に要請した、と何となく俺の耳にも入っていた。俺には代わりに誰かを寄越せと言う理屈がよく分からなかったが、国家間の決め事なのだから政略的に何か色々あるのだろう。


「我が国が要請した事とは言え、この様に年端も行かぬ少女を婚約者の名目で送って来るなど…クロージアの第2王子は他に思う人が居ると言う噂も耳に届いておる。せめて我が国の中だけでも、心穏やかに過ごさせてやりたいと思うのだ。」


 思慮深げに呟く親父の言葉に、先程の、表情ひとつ変えずに凛と立っていた彼女に一気に庇護欲が湧いた。



 今思えばこの時点で既に親父に踊らされていたのだと思う。それでも当時1番年下で庇護される事ばかりだった俺は、人身御供とも言える立場で現れた年下の彼女を、俺が守らなければと言う妙な使命感でいっぱいになっていた。


 そんな彼女とまともに話す機会が訪れたのは、謁見の数日後の事だった。いつもの日課、と言えば聞こえが良いが要するに城の中をウロウロと徘徊するのが常だった俺は、いつも休憩に使っている人が余り来ない書庫に足を踏み入れた。


 いつもは埃が充満する閉塞感のある、言ってしまえば秘密基地の様なそんな空間だった筈の書庫の空気が入れ替えられ、窓が開けられているのかそよそよとした心地よい風が吹き込む明るい場所へと様変わりしていた。


 思わず別の部屋に入ってしまったのかと焦る俺の目に飛び込んで来たのは、先日謁見の間で挨拶をしていた彼女が出窓に腰をかけ、壁にもたれかかりながら居眠りをする姿だった。


 綺麗に整えられた薄い金髪が僅かに風に靡いて、はらりと胸元で揺れる。


 謁見の間で見た彼女は年齢よりも落ち着いて見えたが、眠っている姿を見ると年相応の少女にしか見えない。この間感じた庇護欲を更に煽られている様で、どうにも落ち着かない気分になる。


(…でも、このままじゃ危ないんじゃないか?)


 開いているのは反対側の窓とは言え、もたれ掛かった壁からズレてしまえば窓の下に落ちてしまうかもしれない。そう思って、起こさない様にそっと、眠る彼女に近付く。近くで見ると殊更整った、人形の様な顔の上にある長い睫毛が、浅く上下する呼吸と共に僅かに揺れていた。


「…こいつの部屋まで連れていけば良いか。」


 誰に聞かせる訳でもない独り言を口に出し、そっと彼女を抱き上げようと顔を近付けた瞬間。


 ぱっ、と突然開いた綺麗な空色の瞳と、目が合った。


 思わず吃驚して、そこから後ずさる。そんな俺の様子を寝惚け眼で見つめた彼女が、寝起きの僅かに舌っ足らずな声で俺の事を呼んだ。


「おうたいし、でんか?」


 その声の響きが僅かに甘くて、どきどきと心臓が音を立てる。

目の前の少女が酷く可愛らしい存在に思えて、自分でも頬が染まっていくのを感じた。


 そんな俺の心情など露とも知らず、少女は欠伸を噛み殺しながら俺の方を見詰めた。先日の凛とした姿とは似ても似つかない様子だが、恐らくまだ寝惚けているのだろう。僅かに焦点のズレた瞳が、酷く覚束無い。


 結局口を開いたのは、俺の方が先だった。


「…落ちてしまうと悪いと思ったんだ、急に近づいて悪かったな。」


 そう言った俺の言葉に、少女はきょとんした顔を向けてくる。


「…私、寝ておりましたか…?」


 寝ていた自覚も無かったのかそう言いながら小首を傾げる姿に、思わず笑いが漏れる。あれだけ寝ていて、今だってきっとまだ寝惚けているのだろうに、自覚が無いとはどういう事なんだろう。


「思いっきり、寝てたな。いつも閉まってる窓が開いてるし何事かと思ったが、どうやら休憩所としてはかなり優秀らしい。まあ、俺が普段から身を持って知っている事ではあるんだけどな。」


 自信を持ってそう言ってやると、一瞬俺の言葉を飲み込んだ後、不意に彼女が笑った。


「…っ…ふふ…申し訳ございません、殿下…でもそんな自信満々に言われてしまうと…ふふっ……」


 謁見の間で見た無表情な彼女が、俺の一言で楽しそうに笑っている。その顔がとても綺麗で、一気に自分の頬が染まった。


 それと同時に、先程以上に心臓がドキドキと音を立てて煩いくらい鳴る。初めて感じる感覚に首を傾げながら、それでも目の前で笑う彼女にどうしようもないくらいの執着を感じた。


 今ならその感覚が何だったのか良くわかる。


 自覚してしまえばなんて事は無い。

 その時俺は、生まれて初めて恋に落ちたのだった。




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